「ダイバーシティ&インクルージョンの世界で輝く、交通・OOHの真の価値」という非常に難しいコラムテーマをいただいたのですが、僕には到底考えが及びませんでした。とはいえ、「Metro Ad Creative Award」のリレーコラムなので。コロナ禍を経て、僕が今、OOHについて感じている/考えていることについて書かせていただこうと思います。
コロナによりあらゆるものの価値観が変わったと思いますが、OOHもまさにその一つではないかと、僕は感じています。コロナによる外出自粛で街から人の姿が消え、街の中の広告媒体であるOOHもその価値を大きく毀損しました。事実、その場に人がいない(直接接触が見込めない)OOHはその機能を失い、当時の電車車内は中吊りや窓上広告が歯抜けだったり、街中の大型看板にも空き枠が目立ったりと広告出稿が激減していた気がします。
しかし、私たちの生活・行動様式同様、OOHも”今”が制限されることで”新たな一面”に光が当たり、その中で新しい価値が見出されました(以前からもその価値はありましたが一層重視されるようになりました)。それが、従来のリーチ補完発想ではない、「カンバセーション・ソース=話題拡散の起点」としての価値/活用方法です。
その代表格が渋谷駅ハチ公広場に設置されている「渋谷憲章シート広告」です。僕自身も何度か活用させていただいておりますが、駅前のグランドレベルに設置された大型看板で非常にシェアされやすく(目につきやすく・写真に撮りやすい)、かつニュース番組の天気カメラに映り込むなどして、その場にいない人の目にも触れることの多いOOHです。そのため、コロナ禍においても、さまざまなプロモーションで重用されていました。
上記は、僕がコロナ禍に活用した事例です。①は2020年12月に実施したNetflixのブランドキャンペーン『再生のはじまり』の広告、②は2021年2月に実施した明治プロビオヨーグルトR-1の受験生応援キャンペーン『受験生に聞きました』の広告です。

