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コラム

マーケティング・ジャーニー ~ビジネスの成長のためにマーケターにイノベーションを~

マーケターが知るべき人間の判断にまつわる「ノイズ」と「無知」

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バイアスとノイズの原因は人間のシステム1による「因果論的思考」

カーネマンがこれらのバイアスとノイズという言葉で示唆するのは、プロフェッショナルな人間が普段、当たり前のようにしている「臨床的判断」と呼ばれるものには、基本的にバイアスとノイズが入り込みやすいという点です。これは、カーネマンがかつてシステム1とシステム2という言葉で説明していた通り、人間の判断は基本的に直観的で速いシステム1の思考に頼りがちということです。そして臨床的判断は基本的にシステム1であり、バイアスが入り込みやすいため、ノイズを生みやすいわけです。

また、カーネマンはこのシステム1の思考を「因果論的思考」とも呼んでいます。因果関係とは実際は非常に証明が難しいものですが、カーネマンはこれを「先に結果の正しさを判断したうえで理由を探す考え」といい、特に結果が異常でない場合には、納得しやすい理由をすぐに見つけてしまい、それ以上に頭を使う努力をしないという悪い意味で使っています。

マーケターもプロフェッショナルな職業の人間と同じように、このような因果論的思考は多くの判断に見られるのではないでしょうか。おそらくマーケティングキャンペーン施策の報告会において、結果の説明をする場合、これまでの過去の経験に照らし合わせた理由の説明がされると思いますが、それは「異常な結果」でないかぎりは、正しいかどうかではなく、論理的に納得しやすい説明がされる筈です。その説明にはもしかするとバイアスやノイズが混じりこんでいる可能性もゼロではないのですが、正常な範囲であればそれ以上正確性を追及することは滅多にないわけです。

デジタルマーケティングは、先ほどの例の通り、テレビやプリント媒体、屋外広告などの他のメディアに比べて目的(コンバージョンなど)に結びつきやすいデータ収集と検証が可能なので、他の広告に比べるとバイアスやノイズを発見しやすいと言えます。しかし因果論的思考は、人間が関わる判断にはつきものであり、デジタルマーケティングにおいても無縁というわけではありません。たとえばデジタルマーケティングを一定の投下予算でシミュレーションされた予測効果を保守的に低めに設定して、結果が必ずそれ以上になることで「効果的」だったことをアピールするようなケースです。カーネマンの言い方では、もしこれが上振れしていたとしても予測にはバイアスが人為的にかかわっているということになります。このように人間が判断している現場ではバイアスとノイズはつきものです。

機械のほうが人間より優れている理由

カーネマンの提示した内容の結論として言えるのは、予測判断の精度においては、人間は正確性が低いということです。実際、マーケティングにおいては人間に代わって「機械」がだんだんとその役割を担うようになってきました。デジタルマーケティングとともに、AIを使った機械学習によるアルゴリズムの導入や、マーケティングオートメーションのようなツールがこの10年にかなり発達して導入されてきたのもその理由の一端です。

現在Facebookなどのソーシャルメディアにおいては、広告の効果を上げるために機械学習のアルゴリズムが用いられています。では、そのアルゴリズムは実際に人間の判断より予測精度の面で優れているのでしょうか?

実は、こちらの問いに対してもカーネマンは答えを示しています。先の人間の臨床的判断に比べると、アルゴリズムに限らず統計的な予測を使った機械的な判断のほうが予測精度は高いことは、1954年にすでに心理学者のポール・ミールが実証しているというのです。その理由は機械的な判断には、ノイズが入らないからです。したがって、ソーシャルメディアで用いられている機械学習のアルゴリズムにおいては、人間がマニュアルで対応するよりノイズが入らないため、それだけ再現性と正確性が高くなるわけです。

実は、この予測の正確性という点だけを見れば、高度なアルゴリズムを用いなくても、単純な統計的線形モデルにも人間の判断は劣ることをカーネマンは示しています。その理由も同じく、一定のルールで測定する機械的判断にはノイズが入る余地がないからです。マーケティングオートメーションのような機械的な自動化ツールが効果を発揮するのもこれで理由は明らかです。「ノイズの除去」という面において、機械は人間より優れているからです。

機械に学んだ方法で人間がノイズを除去しようとする場合には、共通のガイドラインなど厳格にルールを、つまりは誰もが同じように判断できるような明確な基準値をつくる方法があります。特に医療現場で患者の状態を判断する人間のルールはこのようなものが使われます。「機械的に判断する」ということは、悪い意味に聞こえますが、ノイズを除去するという意味では逆に良いことというわけです。一方、AIに対する批判論者が言う通り、アルゴリズムはノイズフリーであっても、バイアスフリーではありません。学習データにもし人間のバイアスが混じったデータが入っていた場合、そのバイアスごとAIは学習してしまうからです。

こう考えると、バイアスという課題はあるにしろ、人間が判断するより、対象となる消費者の情報を限りなく多くビッグデータとして収集しそれをもとに学習させたアルゴリズムをAIで機械的に判断するほうがより優れたマーケティングが出来るのではないかと期待してしまいますが、その未来はどうなのでしょうか。

次ページ 「ビッグデータで人間を理解しても予測ができるとは限らない」へ続く