人と人との距離感を縮める「ニックネーム」の効果
小藥 ヤッホーブルーイングさんの製品は売り場で拝見して、ユニークな製品名やパッケージに注目していましたが、社内ではニックネームで呼び合う習慣があったり、チーム名にこだわっているという話を聞いて、ますます興味を持ちました。
長岡 ありがとうございます。私も書籍を拝見して、お話できるのを楽しみにしていました。最初に簡単に自己紹介をさせていただいてもいいですか。
小藥 はい。
長岡 僕はもともとヤッホーブルーイングの親会社である星野リゾートに新卒で入りましたが、ヤッホーに行きたくてずっと異動希望を出していました。そして6年目の社内公募で手を挙げた結果、異動が決まり、ヤッホーに来て14年目になります。
ヤッホーに移った当時は社員がまだ30人くらいの規模で、受注業務を担当していましたが、すでにファンイベント「宴」も開催していて、その企画も担当しました。その後、物流を経て、いまは人事総務の部門にいます。
小藥 ヤッホーさんの組織における一番の特徴は何ですか。
長岡 やはりコミュニケーションの質と量を大事にしたチームビルディングだと思います。創業以来の当時で言う地ビールのブームが去って経営的に苦しい時代になり、会社として生き残っていくために、さらに成果を出し続ける仕組みとして代表の井手直行が見出したのがチームビルディングでした。
当時、楽天市場に出店していたことから、楽天大学でチームビルディングの研修を受けた井手が「これだ!」と衝撃を受け、会社に持ち帰りました。そして自らファシリテーターとなり、社内で研修を始め、いまに至っています。僕はその1期生です。
小藥 そうしたチームビルディングの活動の中で、ニックネームで呼ぶ習慣が生まれたんですか。
長岡 はい。そもそものきっかけは研修で、役職や立場に関係なく、フラットに自由な議論ができるようにニックネームで呼び合ったことから始まりました。でも、もう一つ理由があって、ファンの方とのコミュニケーションにおいても、ニックネームが有効だったんです。
弊社で行っている「宴」をはじめとするリアルイベントでは、ファンの皆さんと密にコミュニケーションを取ってきました。私のニックネームは「ちょーさん」なのですが、こうした場で「長岡さん」と呼ばれるのと「ちょーさん」と呼ばれるのでは、距離感が変わります。社内だけではなく、ファンの方にもそう呼んでいただいくことで、初めて会った感じがせず、一気に距離が縮まります。
「新たなビール文化を創出したい」「クラフトビールを通してささやかな幸せをお届けしたい」、それがヤッホーブルーイングのミッションであり、ファンの皆さんとも一つのチームになってそれを実現していきたい。こうしたチームプレイを実現していく上でも、弊社においてニックネームの文化はとても大事なものなんです。
小藥 ニックネームはどうやってつけているんですか。
長岡 人につけてもらうと「あだ名」になってしまうので、自分で考えます。最近は、入社前に自分で考えてもらうようにしています。そして、ニックネームなので「さん」付けでは呼ばないことがルールです。
小藥 なるほど。自分でデザインするんですね。
長岡 そうなんです。井手は楽天市場の店長をやっていたから「てんちょ」というニックネームですが、上司だからといって「さん」付けにはしない。ちなみに僕は「ちょーさん」の「さん」までがニックネームなんです(笑)。始めた当初は「ニックネームで今日から呼び合いましょう」と言っても抵抗感がありましたが、半年もやっていると当たり前の文化になりました。今では入社時からニックネームで呼んでいるため、逆に本名がわからなくなってしまうこともあります(笑)。
小藥 確かにニックネームには、人と人の距離を変える力がありますよね。本にも書きましたが、ある仕事でお会いしたデザイナーの方を、みんなが「ゆいゆい」と呼んでいたんです。みんながそう呼んでいたので、仕事が進むにつれ僕も自然にそう呼ぶようになりました。名刺交換したときは「〇〇社の〇〇さん」というタグが付いていたけれど、実はライバルがたくさんいるんですよね。その人を認知や想起するまでに時間がかかる。 ニックネームで呼び始めたら、友達のような感覚になり、距離感が一気に近くなってしまうことを僕も体験しました。
「ファンから支持されている価値」をブラさずに活動していく
小藥 ちなみにヤッホーさんではユーザーの皆さんを、「生活者」「お客様」「ターゲット」ではなく「ファン」と呼んでいるんですね。自然と発してらっしゃいますが、そのようなところこそブランドの価値観の表れ、個性だと感じます。
長岡 「宴」を始めた頃からですね。もちろんマーケティング的な活動上、「お客様」と表現することもありますが、通常は「ファン」と呼ばせていただいています。
当初はビールをいかに売るかということばかりに注力していましたが、ヤッホーのミッションは「画一的な味しかなかった日本のビール市場にバラエティを提供し、新たなビール文化を創出する。そしてビールファンにささやかな幸せをお届けする」こと。それをチームビルディングとセットで進めていくと、そこにいるのは「ユーザー」ではなく「ファン」なんですね。ビールファンを増やし、皆さんにささやかな幸せをお届けして、一緒に新たなビール文化をつくっていく。社内でそのことが日常的に語られ、ファンイベントも開催するようになり、「ファン」という言葉を当たり前のこととして使うようになりました。
小藥 ヤッホーのファンとビールそのもののファン、どちらを意識していたのでしょうか。
長岡 大手メーカーとはまず市場規模が違いますし、クラフトビールメーカーがたくさんある中で製品も埋もれてしまいやすい。そのため、まず手に取ってもらう、名前を覚えてもらうための工夫が必要でした。そこで、パッケージデザインもネーミングもこだわりを持って、見た瞬間に「おやっ」と思ってもらえるものを考えてきました。ヤッホーの製品はおそらく万人には受けないと思いますが、そういうのが好きだという方が100人に一人くらいいて、その方たちが熱量高く好きになってくださって、さらにはリピート購入して、さらにはヤッホーという会社そのものも好きになってくださって……と、そういうかたちでファンが増えてきたという感触があります。
小藥 ヤッホーさんのお話を聞いていて、まず会社としての理念やビジョンが最初にあり、それを実現するためのプライスがあり、ネーミングがある。そこが一つにつながっている。ちゃんと立ち戻れるんですよね。そこが重要だと感じます。目先のことだけを追ってしまうブランドが多い中で、それが実現できているのは素晴らしいことだと思います。
長岡 ありがとうございます。製品の開発秘話やネーミングについては、社員みんながきちんと語れるように研修なども行っています。
小藥 ちなみにネーミングは、社員皆さんで決めているんですか。
長岡 製品ごとにプロジェクトが立ち上がり、実際にターゲットとなる人たちのペルソナなどを判断基準に、それらに照らして一番いいものを最終的にコアなメンバーが決めていきます。ただ最終決定に至る過程では社員にネーミング案のアンケートを取ったり、外部のデザイナーやパートナーにも相談しています。ですので、ヤッホーの社員はどの製品にも広く薄くですが関わっていますね。
小藥 多くの企業では事業部や宣伝部がその部分を担うわけですが、ヤッホーさんのカルチャーでは「どう思う?」と気軽に聞くことができる環境があるからこそ、社員も関わっていけるのかなと思いました。ファンの皆さんにも聞いたりするのでしょうか。
長岡 市場調査のアンケートなどで、ファンの方にいただいたご意見を反映していくこともあります。例えば最近で言えば「酔いたくないけど、アルコールを飲みたい」「酔いたくないけど、お酒を飲む時間を共有したい」というニーズがあることが、ファンや市場調査の中でわかってきて、それをもとに昨年「正気のサタン」というアルコール度数 0.7%のIPAを発売しました。
小藥 おそらくファンの方にとってヤッホーの新製品は、自分の好きなアーティストの新譜を楽しみにする感覚に近いんでしょうね。「あ、こんな曲できたのか」のような。コアなファンはすでにたくさんいらっしゃいますが、今後そこからどう広げていこうと考えていますか。
長岡 ビール市場において、クラフトビールは1.5%程度の市場規模。とてもニッチな市場で、そこでいかに支持をされて広げていくか、ということになります。音楽で言えば、「インディーズの頃好きだったのに、メジャーに行ったらちょっと……」みたいな話ってあると思うんです。
そこで大事なのは「ファンの方から支持されている価値」をブラさずに活動していくことだと考えています。私たちはそれを「ヤッホーバリュー」と呼んで経営理念の1つに据えています。そこを大事にやっていけば、マスを狙わずとも段々と広がっていき、大手メーカーのビールを飲んでいた人でも週に1回くらいは飲んでみたいよね、という選択肢の一つにはいっていくのではないか、と。
つまりマスを狙うというより、こだわりや生活の一部としてヤッホーのクラフトビールを選択してくれる人を増やしていきたいと考えています。コンビニでも普通に買えるようになって、手にとっていただく機会が増えてきたので、最近はSNSや口コミで広がってきています。そういうところにポテンシャルがあると思っています。
小藥 ファンが次のファンを連れてくる、という感じですね。お話を伺っていて、ある意味、文化祭的なカルチャーを感じてしまいます。そして、それは今の時代な感じがします。
長岡 今年は4年ぶりに「よなよなエール 大人の醸造所見学ツアー」を実施するのですが、これはその最たるもの。社員約200人のうち半分以上が自主的に手を挙げて、このツアーにガイドやスタッフとして参加するんです。特にコロナ下に入社した新入社員たちが手を挙げてくれて。本当に文化祭的なノリなんですよね。
弊社では、自分が担当する通常の仕事以外に2割くらい、そういう仕事を担当することも大事にしているんです。見学ツアーやファンイベントでファンと直接触れ合って喜んでくれるのを目のあたりにすると、みんな自分の仕事をもっとがんばるようになり、その熱量がまたファンにも還元されていくという好循環が生まれています。そこがすごく大事な活動だなと、リアルに感じています。
小藥 愛社精神というか、会社に愛着を持つ社員の方が多いと、離職率が下がるのではないですか。
長岡 確かに離職率は低いですね。退職する人が増えると、人員補充や教育にコストがかかってしまいますが、今はその分を新規採用や育成に集中できています。弊社の場合、もともと理念や働き方に共感した上で、ビールという自分が好きな商材を扱えるということで入社している人が多いんです。それが好循環になり、維持できているからこそ、そういう結果につながっているのだと思います。
小藥 いろいろなつながりを感じますね。社員同士はもちろん、ビールとファンのつながり、ファンとヤッホーの社員の皆さんのつながり、ビールを飲む人たちとのつながり……というように、いろんなつながりが生まれて、そこに強いカルチャーもできあがっているんですね。仲間になる社員として採用基準で決めていることは何でしょうか。
長岡 絶対に欠かせないのがカルチャーフィット。具体的には経営理念に共感できるかどうか、ですね。そこがコアな部分なので、そこがずれてしまうと、お互いに不幸になるということを、売り上げが下がった過去の体験から学びました。
長岡 以前は「地元だから」という理由で就職する人も多く、こういうカルチャーがなかなか理解されず、その結果、離職してしまう人もいました。それはお互いに不幸だなと思い、現在はカルチャーフィットを重視し、この図にあるように経営理念、ミッション、ビジョン、そしてとくに働き方においてはガッホー文化を入社前に理解してもらうことを徹底しています。ちなみに「ガッホー文化」は「がんばれヤッホー」の略で、「スタッフ一人ひとりの力と自発的な努力を原動力に、一人では成し遂げられないことをチームとして目指し、ファンにささやかな幸せをお届けすることで「ビールを中心としたエンターテイメント事業」の醍醐味を味わうはたらき方」です。
小藥 私も仕事でミッション、ビジョン、バリューに携わる機会も多いのですが、ここまで個性を纏いながらもシンプルに強くまとまっている企業はあまり見たことがないかもしれません。ミッションやビジョンは一歩間違えると棚の上に上がっている、腑に落ちない言葉になってしまったり、ともすれば他の会社でも言えるものになってしまいがち。だから、ヤッホーさんのように社員一人ひとりにここまで落とし込まれているのは、素晴らしいことだと思います。
長岡 これもチームビルディングを進めていく中で、経営理念の大切さを再確認したことが大きいですね。経営理念は、いわば社員みんなの共通の判断基準。どちらに進むか迷ったときに経営理念に照らし合わせれば、おのずと進む道が決まっていきます。
小藥 この3階層すべてが経営理念ということなんですね。
長岡 そうです。全部が経営理念です。
小藥 ここまでカルチャーが確立されていると、外部とのパートナーシップはどうなんでしょうか。逆に、すべてを内製化できてしまうのではと思うのですが。
長岡 とはいえ、すべて自社でやるのは限界があります。受注のチームで言えば、かつて父の日には全社で出荷準備するのが風物詩になっていましたが、さすがに限界になり、いまは物流や注文処理など外部パートナーにお任せするところはしています。ただ外部パートナーの方々にも、僕たちの文化や経営理念を含めた大事にしているところをインストールしてもらった上で協力してもらうこともあります。
小藥 パッケージは、特定のデザイナーの方が常に並走されているんですか。
長岡 パッケージの案は社内で出して、具体化は外部のデザイナーにお願いしています。全国展開の製品に関しては同じデザイナーの方ですが、それ以外にもいろいろな方にお願いしていますね。
小藥 私がとても素晴らしいと思っている経営理念の一つは、虎屋さんの「おいしい和菓子を喜んで召し上がっていただく」です。これだけ平易な言葉に落としこめる、だけど「喜んで」という部分に虎屋さんの想い全てが込められていて素敵だなと思うんです。虎屋さんのデザインや建築のトーン&マナーなどブランディングを拝見すると、特定のパートナーがいらっしゃるのを感じます。ぶれない理念と、統一された美意識がブランドの隅々にまで行きわたっていると思うのです。そして、それはヤッホーさんにも感じるところがあります。
「知的な変わり者」という立ち位置から生まれる活動
小藥 ヤッホーさんは部署名もユニークですね。
長岡 小藥さんの本にも部署名のお話が出ていて共感しましたが、私のいる人事総務部門は「ヤッホー盛り上げ隊」と言います。井手が社長兼人事部門の管理職を兼務していたときに、新たな人事総務部の名前として考えたのが「ヤッホー盛り上げ隊」です。
そもそものきっかけは、物流の部署を私が立ち上げたときに、井手から「ニックネームを使っているのに、物流部とか物流なんとか部だと面白くないので、新しい部署名を考えたら」と言われたこと。ただ名前を付けるのではなく、そこに何か想いを乗せたいなと考えた結果、「ハッピーお届け隊」という名前をつけました。物流部門って一番下流にあり、受け身になりやすい。でも受け身じゃなくて、リレーのアンカーとしての機能もあり、その自覚と誇りをもって、消費者に商品を届ける役割がある。仕事のとらえ方を変えていくためには、チーム名を変える必要をそのときに感じました。
そのときにひらめいたのが、「ハッピーお届け隊」の頭文字をとった「HOT」。ドラマ「踊る大走査線」に出てくる「SAT(Special Assault Team)」みたいな感じで、三文字くらいに落とし込めたらさらにいいなと思って。響きと共に、熱いチームみたいな意味も掛け合わせて、「ハッピーお届け隊」の通称を「HOT」としました。そこから、他の部署も自分たちの想い入れを部署名にしようということで広がっていったんです。どの部署も一般的な会社の部署名は使っておらず、初見ではわかりにくいため、チーム名のあとに機能名をかっこで入れています。
小藥 会社の組織図って、各部署が横一列に並列に並んでいるという印象ですが、長岡さんのチームはインフラのようにそのすべてに関わり、会社や社員を盛り上げるために存在 しているわけですね。コミットする面積の大きさ、やりがいの大きさが伝わるネーミング だと感じます。
長岡 そうです。会社全体をお祭り騒ぎのごとくやっているので、みんなが盛り上がるように団扇を仰ぐとか、気分としては、一人ひとりがお神輿をかついでいる感じ。それが盛り上がるように、一緒になってやるという感じですね。何かをしてあげるだけではなく、ただ支えるだけでもなくて、人事総務もふくめて、みんなが自分たちの機能を果たしながら一つの目標に向かって進んでいるわけで、その中で人事総務はただ人を管理するのではなく、盛り上げる役割だよね、という想いを部署名に込めました。
小藥 この名前は、そこにかかわる人たちが考えるんですか。
長岡 そうですね。ユニット内で決めます。戦略を決めるための合宿をしたりするときに名前をどうしようかという話をすることもあります。
小藥 経営企画部などが勝手に決めたり、勝手に変えましたと通告されるのではなく、現場の人たちがやるべきことがクリアになる名前を決めるから、何よりも愛着が湧きますよね。
長岡 まさに自分たちが考えた、ということが大事で、それが自分ごとになる。逆に言えば自分ごと化されないと他人ごとになり、「勝手につけられた名前だし」という感じになる。自分たちが愛着を持てる名前が大事で、それがないと納得感をもって仕事ができない。納得感があれば実行力にもつながると思います。そのためにもコミュニケーションの質と量、そしてフラットな議論がしやすい環境整備を大事にしています。
小藥 納得感が実行力につながる。それが組織の力につながっていく、ということですね。
長岡 納得感とともに、健全な議論をしないと、いい打ち手が出てこない。フラットに議論して、いい打ち手をみんなで選んで、選んだら納得感をもってやるためにみんなで合意形成をしていようというのが、チームビルディングで大事にしていることですね。
小藥 それから横文字を使っていないのがいいですね。例えば広告会社の営業の肩書が、アカウントエグゼクティブになり、ビジネスプロデューサーになりと、価値を上げるために横文字を使うこともありますが、格好つけたはいいものの…という場合もあると思うんですね。ヤッホーブルーイングという社名だからこそこの言葉たちが生かされている。
長岡 かっこいい役職や肩書に憧れる時もありますが(笑)、弊社の場合、「それだと普通だよね」となってしまう。ヤッホーブルーイングらしさとして「知的な変わり者」という言葉を使っているのですが、一見変なことやっているように見えるかもしれないけれど、そこには意図や設計がある。出る杭は打たれるではなく、出すぎる杭は伸ばしていこうよと、自分たちの得意や強みを出すぎるくらいに伸ばしていく。それぞれの強みを生かしながら、弱みはそこを強みとして持っている他の人たちにおぎなってもらう。パズルのピースみたいにうまくはまると、すごく強いチームになるのだと考えています。それが会社全体のカルチャーとしてあり、その先の独自の活動にもつながっています。
小藥 「知的な変わり者」という言葉、いいですね。いつ頃から使われているのですか。
長岡 経営理念を共有し始めた頃からですね。私が最初にいた星野リゾートにもこれと似たような言葉があったんです。ヤッホーは星野リゾートグループの中でベンチャー的な勢いや立ち位置。ヤッホーブルーイング流につくりあげてきて、「知的な変わり者」という言葉に結実しました。新しいことを活発に切り開いていく精神が、企業カルチャーとしてもともとあったのだと思います。
ただし、これをどういうレベル感でやっていくのかはまだ課題がありますし、できているところとそうでないところがある。その中でも目指していくところ、理想像をみんなで共有していくことが大事ではないかなと思います。
小藥 お話を聞いていると、うまく進んだことばかりのように思うのですが、逆にうまくいかなかったところや課題はありますか。
長岡 うまくいかなかったところはありますが、アイデアがうまれてもうまいくいかないなら、そのときは潔くそれ以上やらない。それが別のかたちに進化していくこともあります。ヤッホーではさまざまなコミュニケーション施策があって、このようにマップにまとめています。
長岡 大人数でやるもの、コミュニケーションの量を増やすもの、質を高めるものなどで分けているのですが。ニックネームもコミュニケーション施策の一つです。弊社の活動の一つが、「YOY(ヨイネ! オブ ヤッホー)」。すごくいい活動をしているなと思った人を、お互いに紹介し合うんです。
当初は投稿でやっていたのですが、ハードルが高くて続かなかった。それをあらたまってではなく、「雑談朝礼」という仕組みの中でできるように設計しました。これを実施した意図は、仕事を円滑に進めるためにコミュニケーションの量を増やすこと。仕事が円滑にいくためには、コミュニケーションの貯金があったほうがいい。その人の人となりがわかったほうがフラットな議論もしやすい。
最近では雑談朝礼が進化して、毎週水曜日は仕事でお世話になった人に「ありがとう」を伝える日にし、朝礼で共有。それを本人に届けるために投稿できる導線をつくりました。うまく続けれないときはやり方を変えていきます。さまざまな改廃をしながら、どんどん進化しています。
小藥 大玉がひとつあって大きく変わりますではなく、日々の活動やカルチャーが積み重なって、どんどん変化をしていく。
長岡 これは人事部だけでやっていると絶対にだめですね。組織をいいものにしていくためには、当事者である一人ひとりの自分ごと化が大切。誰かがやってくれるのものではなく、自分でやっていくという当事者意識を一人ひとりが持つこと。さらに、よりよくするために「こういうのをやってみないか」という提案が還元される社風や文化があることが、いまのヤッホーブルーイングの大きな特徴かもしれません。
小藥 すべての会社が真似した方がいい、けれどこれは中々真似できるレベルではない ところに来ていますね。
長岡 真似するのは難しいでしょうね。何年も積み重ねてやってきたからこその強さだと思います。
小藥 本にも書いたのですが、「人事」という言葉が仕事や担当する人や社員を規定してしまい、視野を狭くしてしまっているところがあるのではないかと。そうでなくて「会社を盛り上げる」という側面に立てば、やるべきこと、やった方がいいと思うことは増え る。つまり未来が全然変わってくる。他の会社がヤッホーさんのようになれないのはなぜだと思いますか。「いや現業忙しいんで…」という社員が現れるのがすぐ目に浮かぶ のですが、おそらくそれも理念や文化が突破しているのだと勝手に思っています。
長岡 おそらく一つや二つは真似できると思います。だけど、やっていることが一個や二個じゃないんですね。それをやるのか、やらないのかの選択を何十もやらないと同じようにはできないと思います。トレードオフを伴う選択をしている、という話をよく社内でしますが、右をとったら左をとれないという覚悟をもって、それくらいぶっとんだことをやっていこうというのが会社として考えること。それが力でもある。一般化されない、独自の企業カルチャーもそうですが、何かを捨て、何かを取っているからこそのヤッホーらしさではないかと。
小藥 らしさがあるからファンもつくし、目にも留まるところなんでしょうね。それくらいの覚悟があると、他の会社とは明らかに違いが出て、模倣困難なんでしょう。
長岡 ヤッホーがいまのようなカルチャーになれたのは、もともとの独自性に加えて、何を捨て、何を残すのかを明確に続けてきた結果なのかなと思っています。
長岡知之 ちょーさん(ヤッホー盛り上げ隊 人事総務)
長野県出身。日本大学生物資源科学部卒業後、2003年株式会社星野リゾートにUターン就職。ホテルサービス業務を経て人事総務部門で3年間、評価報酬制度、社内研修などの運営を担当。2009年よりヤッホーブルーイングへ希望転籍。ファンイベント開発、受注事務、物流部門を経て、2015年より現職。採用、育成、組織開発、労務、総務といった人事系領域を広く担当。キャリアコンサルタント有資格。2児の父で趣味はゴルフ。
小藥元 クリエイティブディレクター/コピーライター
1983年1月1日生まれ。早稲田大学卒業後、2005年博報堂入社。2014年meet &meet設立。ブランドコンセプト及びコピー開発をコアに、様々な企業の事業定義、CI策定、ブランディングプロジェクトをリードする。主な仕事に、FIBA バスケットボール・ワールドカップ2023 テレビ朝日「1 歩、1本、日本。」、TikTok「もっと世界を好きになる。」、KAGOME「よろこびを、一から土から。」、NHK 連続テレビ小説『おかえりモネ』「晴れ、雨、進め。」、川崎市「Colors,Future!いろいろって、未来。」、岡山県「暮らしJUICY!」、ダイハツROCKY「新自由SUV」、アンパンマンこどもミュージアム「いっしょにわらうと、いっぱいたのしい。」、池袋PARCO「変わってねえし、変わったよ。」、マイケル・ジャクソン遺品展「星になっても、月を歩くだろう。」などのブランドコピー開発に加え、大ヒット商品「まるでこたつソックス」、人気サウナ宿泊施設「かるまる」、PARCO「パルコヤ」、コメダ珈琲店「ジェリコ」「小豆小町」「コメ黒」、モスバーガー×ミスタードーナツ「MOSDO!」、DAISO「THREEPPY」、Panasonic Homes「artim」、Google「肯定度」、YAHOO!「Yell Market」、clear「SAKE HUNDRED」などのブランドネーミング多数。
- 小藥元著『なまえデザイン』
- 定価:2200円(税込)




