歴史ある海運3社の“不振部門”から生まれた会社
ONE(Ocean Network Express)は現在、約200隻のコンテナ船を運航し、170万本のコンテナを使って世界規模で輸送サービスを展開する。従業員は全世界で1万1000人。本社はシンガポールにあり、多国籍の若手スタッフが働くオフィスの雰囲気は、外資系のIT企業さながらだ。伝統的な日本企業が母体の会社というイメージとは大きくかけ離れている。
ここでONE誕生のいきさつを説明しておきたい。同社の親会社となる川崎汽船、商船三井、日本郵船の3社は、いずれも100年を超える歴史を持ち、世界でも屈指の運航規模を誇る大手海運会社だ。その中で、現在ONEに集約されているコンテナ輸送部門は、3社共にかつての中核部門だった。歴代の経営陣も多く輩出するほどの伝統部門だが、2008年のリーマンショック以降、コンテナ輸送業は業績が低迷。各社とも赤字脱却の必死の試みを続けたものの、最終的にそれぞれのコンテナ輸送部門を本体からスピンオフし、2017年に合弁で新会社を立ち上げることになった。それがONEだ。
立ち上げ初年度こそ混乱が見られたが、2年目には黒字化を実現。コロナ禍で迎えた3年目は荷動き需要に大きな打撃が予想されたが、やがてロックダウンによる巣ごもり需要の急拡大を追い風に、予想を大きく上回る2兆円の利益を2年連続で計上するほどに成長した。不振事業を本体から切り離し、複数社で事業統合する事例は、これまで半導体や液晶パネルでもあった。しかし、これら政府の後押しを受けて誕生した「日の丸事業統合会社」でうまく行った例はない。その意味でも異色だ。
短期間で成功を収めた理由は、敢えて長い歴史を持つ東京から遠く離れたシンガポールに本社機能を置いたこと。それによって、グローバル市場を相手にスタートアップ企業のように振る舞うことができた。白いキャンバスに絵を描くように、新しい会社をゼロから作っていくことができたのだ(この辺りの経緯は、書籍『日の丸コンテナ会社 ONEはなぜ成功したのか?』(日経BP社)に詳しい)。
だが、これまで知られることのなかった成功の秘訣がもう一つある。それが、企業スローガン「As ONE, we can.」だ。会社の設立準備と並行して考案され、この5年間社員と歩みを共にしながら、会社の成長を支えてきた。本記事では、シンガポールで生まれ世界中で人知れず働いてきた、この言葉にスポットライトを当てる。このスローガンがどう生まれ、成長に寄与してきたのかを、ONEマネージング・ダイレクター岩井泰樹氏とコピーライターの中村直史氏との対談を通じて明らかにしたい。
「なぜ我々は一つになるのか」社員に強いメッセージを発したかった
岩井:ONE設立の発表は2016年10月で、2018年4月には開業することが決まっていました。準備期間が1年強しかない中で、各国の独禁法当局に届け出を出したり、3社の持つ膨大な数の組織や契約を再編したりと…まあ、とてつもなく大変なプロジェクトでした。
競合3社の統合ということで、つい昨日までライバル同士だった人たちが突然一緒に働くわけです。オフィスは世界60カ国以上にあり、社員は1万人以上います。だから「我々はなぜ一つになるのか」「一つになって何をするのか」「新しい会社はどんな会社なのか」を伝えるために、相当インパクトの強いメッセージが必要だと考えていました。社名やこのカラー(マゼンダカラー)もそういう狙いで作ったんですが、なかなかメッセージを伝える“言葉”ができなかった。
中村:僕は、最初は講演の仕事でシンガポールに呼ばれたんです。
岩井:その頃、私は提案された大量のスローガン案をボツにしていて。岩井さん、だったらどんな言葉がいいんですか?と現場は相当ピリついていました。とにかく人の心を動かす強い言葉が必要だ、と確信していましたが、私自身が具体的な答えを持っているわけではない。そんな中で、中村さんの講演を東京で聞く機会があり、こういう心を動かす言葉を考えられる人がいるのかと驚いて。そこで、シンガポールにお呼びして、「まずはこの人の話を聞いてください」と(笑)。その流れで、ONEのスローガンを考えてほしいとお願いしたんです。
中村:講演で呼ばれて、岩井さんたちが設立しようとしている新しい会社がどういうものなのか、初めてわかりました。とにかく皆さんが大変そうだったのは覚えています。そして、危機感が半端なく強かった。社員同士が少しでも「自分たちと相手は違うから」「それは自分たちのやり方じゃない」と感じて、いがみ合いが起きようものなら、もうこの会社の未来はないと。マネジメント層の方ほど、そんな覚悟で臨んでいるのが伝わってきて、何か力になれればと思いました。
スローガンは「自分たちで生み出した言葉」であるべき
—具体的には、スローガンづくりはどこから着手したのですか?
中村:社員の皆さんの話をとにかく聞くことから始めました。というのも、自分の会社のスローガンを「有名なコピーライターが作ってくれました」と社員の人たちが言うような状況が、僕はずっと腑に落ちなくて。会社のスローガンは、皆で信じて進んでいく道しるべです。だから、コピーライターの力を使いはするけれども、最終的にはこれは皆で生み出した言葉なんだ、と感じられないと意味がない。
だから、とにかく社員の人たちが何を信じているのかを探し出そうと、色々な人に話を聞きました。マネジメント層にも、各国の社員も、ライバルの3社から来た人たちにも。全部で20人くらいに話を聞く中から、何がキーになるかを探し続けたのが最初です。
—その中でどんな発見がありましたか。
中村:一つは、この出だしの段階で少しでも気持ちの掛け違いが生まれてはいけない、と皆が考えていたこと。そしてもう一つは、この新しい社名(ONE)を皆がいいと思っていたことです。色んな国籍、色んな文化の人がいる中で、ONEという社名が選ばれたこと自体がとても良いと思ったんです。一つになって、新しいものを生み出していこう、という意志表明ですから。だから、スローガンもこの社名に込められた意志を際立たせるものがいいと考えました。
合弁会社ではなく「全く新しい会社をつくる」と考える
—社名やブランドカラーは、中村さんが関わる前から決まっていたそうですね。時間をさかのぼって、ONEという社名についても聞かせてください。
岩井:新しい会社は世界を相手に仕事をすることになるので、グローバルなブランディングが必要と考えました。世界80億の人口の中で日本の人口は1億あまりに過ぎませんし、私たちの仕事は世界でモノを動かす仕事なので、真にグローバルな会社になってもらわないと。
お客さまも従業員もグローバルですし、本社もシンガポールに置いている。だから“合併”ですらないんです。ONEは、強烈な個性を持った新しい会社をつくる、というメッセージを込めた社名です。ONEという略称が先にあり、Ocean Network Expressという社名が生まれたのはその後です。
過去の事例を見ると、合弁会社の悲劇が起きるパターンは2つあると思っています。それは「人の心」と「情報システム」です。その2つで失敗するのは絶対に嫌だ、と私は言い続けていて。社名やスローガンが関係するのは「人の心」の方ですね。
—合併という考え方をすると、どこが残る、吸収されるというような話になってしまう。
岩井:そうです。そうではなく、全く新しいピンクの個性的な会社がシンガポールにできて、始まりますよ。一緒にやりましょう、頑張りましょうと。
ONE設立以降、色んな人に3社が1つになるのはさぞ大変でしょう、と言われ続けてきました。でも、そう言われるのは全然好きでないんです。3つをまとめたのではなく、全く新しいビジョンの会社を作り、そこにさまざまなバックグラウンドの人々が入る、という意図をもって進めました。そうでなければ、人の心は一つになりません。
そのために言葉や行動、色んなところに気を配るわけです。例えば、オフィスは絶対にフロアが分かれてはいけない。そして、オフィスに行くのを楽しくしないといけない。会議室やマネージャーの個室は全てガラス張りにして、透明性を高めています。カフェスペースにはバリスタを置いて、無料でコーヒーを提供したり。ビールサーバーもあって、夕方以降はビールを皆で一緒に飲めます。仕事中はピンクのユニフォームも着ていますし。
—オフィスでそのユニフォームを着ているんですか!?
岩井:着ていますよ。最初は派手だという反応もありましたが、慣れると当たり前になって。むしろ着ていないと地味だね?みたいな(笑)。そういう広い意味のブランディングはとても大事で、大真面目にやっています。
(後半につづく)