2023年3月、北海道北広島市に誕生した「北海道ボールパークFビレッジ」(以下、Fビレッジ)。3月のプレオープンから同年12月までの期間に約346万人が来場した。Fビレッジは、敷地面積約32ヘクタールの巨大な空間内に、新球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」(以下、エスコンフィールド)や複合施設「TOWER 11」などを擁する地域社会の活性化や社会への貢献を目的としたボールパーク。北海道日本ハムファイターズの試合のない日であっても平日で約4500人、休日になると1万人規模が来場し、さらにその約3割を道外からの来場者が占める。開業から約1年で、プロ野球ファンに限らず多くの人たちが来場する北海道を代表する観光名所のひとつになりつつある。
なぜFビレッジは多くの企業や人を巻き込むことができたのか、なぜ新しい取り組みができるのか、そしてなぜ多くの人を惹きつけることができるのか。新時代の野球、スポーツの在り方について知るため、ファイターズ スポーツ&エンターテイメント前沢賢常務取締役事業統轄本部長に話を聞いた。
※本記事は情報、メディア、コミュニケーション、ジャーナリズムについて学びたい人たちのために、おもに学部レベルの教育を2年間にわたって行う教育組織である、東京大学大学院情報学環教育部の有志と『宣伝会議』編集部が連携して実施する「宣伝会議学生記者」企画によって制作されたものです。企画・取材・執筆をすべて教育部の学生が自ら行っています。
※本記事の企画・取材・執筆は教育部所属・石崎正文が担当しました。
「パートナー」と共に創るボールパーク「包み隠さずすべてを話す姿勢が大事である」
――Fビレッジは「共同創造空間」を謳い、クボタや三井住友カードなど合計130社以上がパートナーという形で参画をしています。どのように企業を巻き込んでいったのでしょうか。
前沢:北海道日本ハムファイターズの新球場建設プロジェクトは2015年に立ち上がりました。初期の段階から「共同創造空間」というコンセプトは出ていて、北海道に地域社会の活性化や社会への貢献をするためにも、自分たちだけではなくて、企業や人などいろいろな方たちとの共創の中で、新しい体験をつくりたい、と考えていました。
ですから、Fビレッジはファイターズ スポーツ&エンターテイメントが何から何まで運営しているように見えているかもしれませんが、「KUBOTA AGRI FRONT」を担当いただくクボタさん、「ユニ・チャームDOG PARK」を担当いただくユニ・チャームさんなど、たくさんの方たちの力によって運営が実現しているのです。
確かに球場の運営は私たちが主体となって行っていますが、その球場ですら「リポビタンキッズ PLAYLOT by BorneLund」や「そらとしば by よなよなエール」などについては、外部の企業の方々に協力をいただいています。
――どのようにパートナーとなる企業を巻き込んでいったのでしょうか。人を巻き込むうえで、気を付けていることはありますか。
前沢:とにかく、包み隠さず自分が知っていることはすべて話すことです。企業の大型プロジェクトって、情報の一部しか社外に伝えないケースが多いと思います。でも、プロジェクトにジョインしたいと興味を持ってくださる方に、そうした姿勢は適切とは思えません。ですから、聞かれたことには何でも応えますし、嘘偽りなく説明することがポイントだと思います。
――駆け引きなしに本音で相手と向き合うことが大事ということでしょうか。
前沢:互いに企業の立場を超えて一緒に仕事をしたいと思えるかどうかが大事ではないかと思います。そう考えると、あまり情報を隠す必要性は感じませんよね。
まずは共存共栄で共にプロジェクトを進めていく関係性をつくること、そして互いに気持ちよく仕事ができる環境をつくることが大事なのではないでしょうか。
――Fビレッジ内にある球場のエスコンフィールドは、分譲マンションなどを手掛ける不動産デベロッパーである日本エスコンがネーミングライツを取得。さらに各種不動産開発にも関わり、ともにまちづくりに取り組むパートナーになっています。日本エスコンは1995年創業、売上規模で言えば2021年時点では790億円で、大手企業ではあるものの、不動産デベロッパー業界には超大手企業も存在します。なぜ、日本エスコンとパートナーシップを組むことになったのですか。
前沢:確かに国内には複数の超・大手不動産デベロッパーが存在していて、そうした企業の方々ともお話はしました。最終的に日本エスコンさんを選んだのは、企業の規模よりも日本エスコンさんが最も、当社と波長が合うと感じたためです。意思決定が早いし、プロジェクトもどんどん進む。さらに一緒に仕事をすることで、自分たちも成長できそうという実感を抱けたことが決め手になったと思います。

「ファン」と共に創るボールパーク「今がベストではない」と謙虚にお客さまの声に耳を傾ける
――Fビレッジは開業1周年を迎えました。1年間で課題が出てきたと思いますが、札幌ドーム時代よりも素早く解決されていた印象です。どのようにしてそのスピード感を会社内で保っているのですか。
前沢:そもそも、札幌ドームは北海道日本ハムファイターズが所有していた施設ではないということが大きく影響していると思います。札幌ドームを所有するのは札幌市なので、何かを変えようにも自分たちの判断だけでは実現しえない。エスコンフィールドは自分たちの施設であり、運営も全部自分たちで行っています。自分たちの判断で決められるということが開業してから1年経っても、引き続き意思決定が早いと感じていただいている、一番のポイントだと思います。
――Fビレッジでは来場者アンケートやXの「#聞いてよ F ビレッジおじさん」など様々な手段で、お客さまの声を収集し、顧客満足の向上に生かしています。お客さまの期待や逆に不満の声を集める際、集める媒体や手段によって内容に違いはあるものでしょうか。
(編集部注:Xの「#聞いてよ F ビレッジおじさん」とは、XにおけるFビレッジ公式目安箱のこと)
前沢:そんなに大きくは変わらないですが、それでも違いはありますね。例えば年間シートをご購入頂いている方にだけ出すアンケートでは、年間シートをご購入いただいた方特有の不満や課題解決しなければいけないことがあります。一方でXは「#聞いてよ F ビレッジおじさん」もそうですが、どちらかというと広く一般の声を集めているもので、球場のちょっとした工夫などをご指摘いただいています。
――実際にFビレッジを運営するなかで見える課題と、Xやアンケートで集まるお客さまの声から見える課題との間に違いはありますか。
前沢:あまりないです。僕も含めて社員は皆、Fビレッジ内を歩き回っているので、来場者の方々が体験していることは全てではありませんが、大体把握しています。ですから、お客さまの声を見て納得できるところがたくさんあります。Fビレッジは「今がベストではない」と思っているので、よりFビレッジを良くしていくためには、謙虚且つ地道に改善を続けていかなければならないと思っています。
――Xでは多様な意見があると思います。運営上における改善に採用する声の取捨選択はどのように行っていますか。
前沢:基本的に最近は各部署がXなどを見ているので、各部署が直すべきだと思ったら自分たちで直しに行っていたり、改善しに行ったりしています。ただ、抜け漏れが出るので、そこは私と三谷(三谷仁志氏/現・ファイターズ スポーツ&エンターテイメント取締役事業統轄副本部長)が各部署に聞きます。現場の人たちがわかっていることは、私たちより多いことがあるので、書かれていることに関して現場の人たちに実際の状況を聞き、改善するのか、または様子見とするのか確認するようにしています。
「選手・監督・コーチ」と共に創るボールパーク「基本、できないとは言わない」と決めている
――札幌ドームからエスコンフィールドに球場が変わって、北海道日本ハムファイターズの選手たちの気持ちや士気に変化はありましたか。
前沢:選手全員と話す機会はありませんが、あるみたいですよ。選手会があるので、選手会長の松本剛選手に聞くことが多いです。また、コーチに聞くこともありますが、皆「良い球場だ」と言ってくれるので、その点においてエスコンフィールドはプラスになっていると思います。
――昨シーズン終了後、新庄監督の要望でエスコンフィールドの内野の芝生を変更しましたね。前沢さんの球場に対するこだわりもあると思います。要望とこだわりの折り合いのつけ方のお話をお聞きしたいです。
前沢:もちろんこだわりはありますが私だけではなく、チームのフロントの人たちとも話し合ってエスコンフィールドをつくりました。監督とはいえ、新庄さんが言うこと全てに対応できるわけではありませんが最初からNOではなく、新庄さんの考え、その意図をしっかりと聞き、できる手立てがないかを模索し向き合うべきであると思っています。
なので、どんな注文であってもまずは、一度「わかりました、少し考えてみます」と言い、必ず持ち帰ります。たとえ実現が難しいことであっても、そこから何かが生まれる可能性があると思うからです。そして、「こういう理由で、新庄さん、やっぱりできないけれど、こういうやり方だったらできるので、これでいいですか」と聞く時もあり、新庄さんは「それでもいいよ」と言ってくれることがあります。
――できなかったことはあるのですか。
前沢:ほとんどないです。基本、新庄さんがやりたいって言ったことは、大体やってきました。今は不可能ですが、何年後かに実現できることもあります。

新しい取り組みには根拠がある――平日デーゲームと放送席の位置から
――多くの新しいアイデアにチャレンジされていると思っています。例えばプロ野球の1軍の試合はナイトゲームが多い中で、平日にデーゲームを行う意図を教えてください。
前沢:狙いは3つあります。ひとつは、子供たちが学校の授業の一環で来てくれること。平日のナイトゲームや土日祝日を学校に提言することは無理なので、子供たちに学校の授業としてきてもらうための選択肢は平日のデーゲームしかないのです。
もうひとつが、Fビレッジを観光地化したいという思い。観光客にとってはナイトゲームよりもデーゲームの方がありがたいという人たちもたくさんいます。
3つ目が、 アクティブシニアが来てくれるということに加えて以前のように土日祝日が休みという会社ばかりではないことから、平日のデーゲームにもマーケットはあると考えています。
――実際、2023年5月17日はナイトゲームで観客数は18,082人。2023年5月18日はデーゲームで観客数が24,580人でありました。平日デーゲームの観客数が、ナイトゲームの観客数を上回っていたので驚きました。(※編集部注:直近の平日の試合では5月14日(火)vs.埼玉西武ライオンズ戦で24,164名、5月15日(水)vs.埼玉西武ライオンズ戦で 21,836名の観客数を記録している)
前沢:日本は海外の国々と比較すると、皆の休みが集中し、余暇を楽しむ行動が特定の日時に集中しがちです。ですから、野球観戦も、特定の日や時間に集中してしまう、これまでの状況を解消し、平準化を狙おうと考えた結果だと思います。
――エスコンフィールドでは、GAORA の放送席がライトポール付近にあり、この放送席はFIGHTERS LIVE FIELDと呼ばれ、多くのファンが訪れています。FIGHTERS LIVE FIELDの経緯や意図を教えてください。
前沢:FIGHTERS LIVE FIELDは私と三谷で考案しました。設置した理由は2つあります。まず一つは、ファンの皆様と交流ができ、喜んでくれると思ったからです。放送席には、解説者として多くのプロ野球OBの方がいらっしゃいます。通常、放送席は観客席からは見えにくい場所にあることが多いため、解説者を見かけることも少ないです。しかし、コンコースに放送席を設置することで、ファンの方々と交流ができると考えました。ファイターズOBの方々は、ファンサービスも積極的に行っていただけるので、ファンの皆さんにも喜んでもらえると思いました。
また、これまでの放送席はホームベースの後ろ側にあるのが一般的でした。しかし、解説する方たちは、生で試合を見ず、画面を通じて見て解説をするケースが多いです。なぜなら、テレビ画面の方が、情報量が多いからです。それだとバックネット裏にある必要がないので、ライトポール付近に放送席を設置しました。
――すごく斬新な取り組みだと思っていました。
前沢:実はもう1個、理由があります。
野球はポール際の席のチケットは、あまり人気がなくて販売しづらいのです。例えば座席が3万席あったとします。価格販売のヒートマップのようなものを作ったら、大体ポール際が比較的売れづらいと出るはずです。これは12球場共通しています。野球というスポーツの特性がそうなっているのだと思います。だから、ポール際のお座席でもいかにお客さんに楽しんでいただけるかと考えた時に、中継ブースやブルペンをポール際に設置したのです。
“play”が人を惹きつける
――スポーツを起点としたFビレッジのようなまちづくりに可能性を感じました。
前沢:ありがとうございます。日本には公園がたくさんありますよね。ただ、面白い公園はあまり多くない。なぜだと思いますか。
――コンセプトが面白いということから始まっていないからでしょうか。
前沢:そういうことです。緑化から始まっているのです。綺麗に緑を埋めていくということが面白いということよりも先なのです。Fビレッジも公園です。実際、エスコンフィールドは公園の中にあります。グリーンはあった方が良いので当然取り入れていますが、Fビレッジはスポーツや食からスタートしています。何が主体になる公園なのか、が重要なのではないでしょうか。
おそらく、日本の公園も、「この公園にはすごくお洒落なカフェとかピザ屋さんがあった方が、絶対公園の価値が上がるから、そうしていこうよ」と言った飲食の人が主体であれば、公園も変わるのではないでしょうか。
アメリカは公共の場でお酒を飲むことは禁止されています。飲み歩きはできないのです。しかし、日本では公園でお酒を飲むことにおいても問題はない。お花見の時はお酒を飲んでいる。外国人はびっくりしていると思います。公園でお酒を飲み、子供たちがいる前でもお酒を飲んでいるのに誰もなんとも思っていない。でも、そこは日本人なりの秩序があるから成立するのです。そのような良い文化があるので、活かすべきだと思います。
Fビレッジが目指すものは、数値化できない
――北海道日本ハムファイターズとファイターズ スポーツ&エンターテイメントの連結ベースで2023年に営業利益36億円を達成しました。その黒字が今年の選手の補強につながるという好循環はありますか。
前沢:当然あると思います。元々チームの補強費増を図りたいという思いも大きな目的の1つで、このプロジェクトをやっていました。単純に事業サイドの独りよがりでこの球場を作ったり、Fビレッジを運営したりしているわけではない。チームと事業は両輪みたいなものなので、収益力が上がって、その収益がチームに投資されているっていうのは間違いなくありますし、至って当たり前ではないでしょうか。
―ー2023年のオフは加藤貴之投手の残留、山﨑福也投手や新外国人選手の加入など大きな補強をしました。その補強には新球場の影響が大きかったのですか。
前沢:大きいと思います。それはチーム側もよくわかっていると思います。ただ、それでもやっと他のパリーグの球団に年俸額、総額年俸が並んだぐらいだと思うので、決して突出して高いわけではないと思います。
――エスコンFについて、「アジアナンバーワン」という目標を掲げていました。エスコンFが現在から何十年も続いていく中で、ナンバーワンを維持するという面における展望があれば教えていただきたいです。
前沢:確かに、「Fビレッジはアジアナンバーワンを目指す」という広報をしたことはあります。しかし正直に言えば、「アジアナンバーワンであるか」かどうか、はどうでもよいこと。なぜなら、ナンバーワンというのは比較対象がある概念で、何か集合体の中で他と比べて一番であると言っているのです。それはどうでもいい。自分たちがこうすべきだと思ったことをやり続けて、それを受け入れてもらえる数が多くなればなるほど良いと思っています。
むしろ「北海道に来たら行ってみたい」と言ってもらえるようになりたい…とか。そういう定量的な話じゃなくて定性的な目標はたくさんあります。
【取材を終えて】
今回の取材は、社会心理学を学び、情報学環教育部に所属する者として、テレビやYouTubeなどで取り上げられる機会の多いFビレッジについて知りたいと思ったことがきっかけでした。
昨年Fビレッジが開業し、初めてエスコンフィールドに入った時には天然芝の香り、エスカレーター、選手との距離の近さなど驚くことばかりでした。今回の取材を通して、今までの野球場の常識を覆すような魅力の多いFビレッジの取り組みが、根拠に基づいたものであり、今後の常識になる可能性のある取り組みであると感じました。また、Fビレッジの奥深さを知ることができ、また行きたいと感じました。北海道日本ハムファイターズがエスコンフィールドで日本一になる日を楽しみにしています。
