富士フイルムグループは、創業90周年を機に、グループパーパス「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」を発表。
パーパス・マガジン「Our Purpose」の楽しそうな富士フイルムグループのパーパスプロジェクトが目に留まり、ぜひ詳しくお聞きしたい!とインタビューを敢行しました。お話をお伺いしたのは、富士フイルムホールディングスのパーパス策定プロジェクトを推進した、執行役員 堀切和久氏。「完成しないデザインスタジオ」であるFUJIFILM Creative Village CLAY STUDIOにて、デザインセンター長として当スタジオを率いる一方、ブランドマネジメントを管掌する堀切氏に、パーパス策定の詳細とデザインとの関係、アウトプットへの落とし込みなどについてお聞きしました。
インタビュー:齊藤三希子(SMO)
堀切氏(右)とインタビューをした齊藤氏(左)。
齊藤:本日は富士フイルムさんのパーパス策定について、詳しくお話をお聞きしたいと思いました。どうぞよろしくお願いいたします。
まずは、先ほど戴いたこちらの素敵な名刺、パーパスがしっかり刻まれています。
堀切:新名刺は、チェキと同じアスペクト比で作っていて、「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」のパーパスの文言とともに、その人の笑顔の写真を入れています。チェキの写真って、もらったら嬉しいですよね?
齊藤:嬉しいです!
堀切:笑顔の面を表にして名刺交換すると「これ何ですか?」「弊社のパーパスなんですよ」と、社外の方々とパーパスについて話すきっかけになります。これがない状態で、うちのパーパスを語ってくださいというのは社員にとってもハードルが高いじゃないですか。名刺交換してうちの社員からもらった名刺を並べると、テーブルの上に笑顔が並んでいく。世界中の7万3000人の社員がこの名刺で活動していったら、パーパスは自然に広がるんじゃないかなと。すごい広告宣伝ですよ。
齊藤: 楽しい取り組みですね。パーパス・マガジン「Our Purpose」を拝見した時にも、社員の似顔絵や、マンガも活用されていて、楽しそうな感じが伝わってきました。こちらは社員に向けて配られたのでしょうか。
堀切:対外的にパーパスを発表する約一週間前から、社内で配りました。マガジンのサイズは、タブロイド版の大きさです。「パーパスがこれに決まりましたよ!」と知らせるだけでは社員の皆にインストールされないので、読み物として楽しくあるべきだと思い、隅々まで読んでもらえるよう工夫を凝らしました。
齊藤:日本だけで展開したのでしょうか?
堀切:様々な言語に展開して、全世界の社員全員に行き渡っています。各国で印刷して配布してもらったのですが、中国は日本より一回り大きくて、アメリカはさらに大きいサイズで配られました(笑)。様々な立場の社員が自分たちの身近に感じてもらえるように、グループ会社や海外のメンバーからもたくさんコメントを寄せてもらいました。
齊藤:策定することになった経緯がマンガになっていて、読みやすい。堀切さんもちょっぴり登場されていて(笑)、面白いですね。
堀切:”The Journey to Our Purpose”と題したこのマンガは、より現場寄りの視点から、パーパスを策定した経緯のストーリーを紹介しています。読んだ社員に「これまでも自分たちの仕事は、いろんな笑顔に支えられてきたよな。これからもがんばるぞ!」って思ってもらうためです。
パーパス策定の経緯
齊藤:さてそのマガジンに説明もありましたが、今回、なぜ富士フイルムグループがパーパス策定に着手することになったのかを、改めてお聞かせください。
堀切:話は少し遡ると、2000年くらいにデジタルショックがあり、デジカメの普及などから写真フィルムの需要が大きく減って、大変だった時期があるんです。僕が会社に入った時は“富士写真フイルム”という名前でしたが、写真という名前は消えて、富士フイルム、となりました。これは、決して美しく変わったわけじゃないんです。
齊藤:時代の変遷に合わせて、会社も変わっていったわけですね。
堀切:それで会社も変革を推進するために、写真の技術を棚卸しして、組み合わせて何か新しい分野にチャレンジできないか?ということを行いました。写真っていろんな技術の集大成で、その中でエポックメイキングだったのが、化粧品です。化粧品のベースとなるコラーゲンは、写真フィルムの主成分。そしてナノ化の技術を活用しているという点も一緒です。
齊藤:えぇ!そうなんですね!
堀切:そう、だからやってることは化粧品も写真も実はそう変わらないわけです。そうして次々といままで文脈になかったいろんな製品が世の中に出て、創薬支援などの新しい事業分野にも進出して、多くの会社をM&Aで迎え入れていく中で、外から見て、社員からさえも、富士フイルムってどういう会社??っていう声がにわかに湧き上がってきていたんです。その中で社員皆が大切にするものを共有したいとか、各事業で共通して語れる自分達のメッセージが必要だよねと、そういう思いが皆の中に自然発生的に湧き上がってきました。
齊藤:そこで、パーパスとして皆の思いを集約させたものを明文化する必要があったわけですね。
堀切:それが、90周年を迎えたことで、拍車をかけましたね。いちど開けたら大変そうなパンドラの箱を誰が開ける?という状態でしたが、ついに開けることになったわけです。
齊藤:一回開けたら閉められない箱を(笑)。
堀切:まあ、今となっては開けてよかったな、と。企業のビジョンとは違って、パーパスって、企業が人々や社会のためにどういうことをコミットしてるか?っていうことですよね。90周年を振り返ってみたときに、いままで富士フイルムグループは写真事業を通じて人々の笑顔をつくってきた。そして、これからは、写真だけでなく幅広く人や社会のために「笑顔」をつくっていく、その「笑顔」こそが、将来にわたっても大切にしていきたいことだよねと。「笑顔」というキーワードが決まり、パーパスをトップメッセージやマガジンを通じて社員に発表したところ、こちらも驚くくらい共感してもらえましたね。
齊藤:それほどすんなりと。
堀切:そう、それはきっと、今までやってきたことをこれからもやっていく、というのが無理なく腑に落ちるからなんですね。これからやっていきたい全く新しいことだと、まずは理解しないといけないじゃないですか。そうではなくて、これまで大切にしてきたことを改めて見つめ直し、過去から将来に続く一本の線として、形にしていく作業でしたね。
齊藤:パーパスの文言にある「笑顔」を発見するのも割とすんなりといったのでしょうか?
堀切:発見するまでは、大変でした。ディスカッションを重ねて、時には議論が遠い宇宙へ…(笑)、だけど最終的に発見した「笑顔」は、割と身近にあったなと。
齊藤:違和感のなさや、社員の皆さんの共感というのは、そこに繋がっているわけですね。 他にはどんなキーワードが出ましたか?
堀切:プロジェクトチーム運営で、社長や部門長、海外役員や若手社員などに時間かけてインタビューをして、出てきた言葉は大きく3つに分類できたんです。
1つが変革の会社。社名から写真が抜けて、ヘルスケア事業を拡大したり、半導体分野に参入したりと会社が変わっていく時期に在籍していた人たちからは、自分たちらしさといえば変革だよなと。でも若い世代の社員はその変革の時代を実体験していないんです。
2つめが、技術。サイエンスに関わる技術者も多いので、技術を大切にする自負ですよね。
そして3つ目が、笑顔です。
まずプロジェクトチーム内でこの3つのうちどれを中心に掲げるかを議論したときに、ほぼ満場一致で「笑顔」ということになったんですね。技術とか変革は自分たちを表しているのに対して、「笑顔」は相手に向いている言葉ですから、プロジェクトチームもそれをわかっていて。
齊藤:相手に向けられていることを最優先した、というのは素敵ですね。
堀切:そう、僕はそれが、すごく正しいなと思ったんです。
そして、「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」というパーパス文言の下にはそれに続く文章があります。笑顔以外のキーワードが入ったこの二段目(「わたしたちは、多様な「人・知恵・技術」の融合と独創的な発想のもと、様々なステークホルダーと共にイノベーションを生み出し、世界をひとつずつ変えていきます。」)の一つひとつにも、大切なメッセージが込められています。
齊藤:「笑顔」を軸に、残りの2つのキーワード「技術」と「変革」が二段目以降で展開されているわけですね。パーパスに込められた思いの読み解きの例をぜひ。
堀切:例えば最初の部分は、一般的にシンプルに言ったら「世界の笑顔を増やす」ですが、それじゃ全然記憶に残らない。「世界の」ではなく「地球上の」とすることで、サイエンスの会社なので、人だけじゃなくて環境や社会も大切に、ということを意味しています。
齊藤:笑顔の「回数」も面白いですよね。
堀切:そう、これも普通なら「笑顔を増やす」、となりますが、一人を一回幸せにしたら終わりじゃなくて、同じ人に何度も笑ってもらいたいという意味を込めて、「回数」としています。さらに、増やすじゃなくて増やして「いく」という表現で、誠実な姿勢で継続していく意思を示しています。
齊藤:まさに終わりのない活動ですね。マガジンにも、Vol1.とあったので、このパーパス浸透の活動はこれからも続いていくのかなと思いましたが、いかがですか?
堀切:はい、マガジンの次は秋くらいに発行する予定で、今後も出し続けていこうと考えています。終わりはなく、これからも変化していくものと捉えています。それは「完成しないスタジオ」というコンセプトを持つ、このCLAYスタジオと同じで、一生完成しないんです。夢は、このマンガがコミックになり、それがさらにはアニメで配信されること(笑)。そんな風に考えていくと、楽しいじゃないですか。
パーパスは具体化されてこそ実現へ
齊藤:パンドラの箱は堀切さんをはじめとするプロジェクトチームによってついに開けられたわけですが、デザインに関わってきた堀切さんが、今回のパーパス策定を牽引することになった経緯はどのようなものだったのでしょうか。
堀切:僕が役員に任命されたのは6年前。当時のミッションは、デザインは好調なので、今度は会社の「ブランド」をやってほしいということでした。写真フィルムはもうメインじゃないのに、富士フイルムというブランドでいろんな事業をやっている、それらを紡ぐことをしなきゃいけないねって。
齊藤:ブランドをやる、つまり、わたしたちの言う、「パーパス・ブランディング」ということですよね。パーパスを軸に、会社全体をブランティングし、改革していく。
堀切:パーパスって、言葉で遊んでいくのではなくて、具体的じゃないですか。デザインも同様に、頭の中でふわっとしているものを ユーザーが使えるものに落としこんでいく作業なんです。パーパスの文言が入った名刺を持つこと、パーパス策定ストーリーを語ったパーパスマガジンを見ること、こうして社員にパーパスが浸透してブランドができあがっていくというのは、デザインと同じじゃないかなと。
齊藤:全部つながっているわけですね。
堀切:具体的なものがあるとないとでは 全然違いますからね。パーパスがWebサイト上に企業理念としてただおいてあるんじゃなくて、名刺やパーパスマガジンのように、生きたものとして、具体的な活動として落とし込んでいくんです。手元に残るもの、手を抜いていない、本気さがちゃんと見てる人に伝わるもの。それを渡すことで、受け取る人の笑顔の回数を増やしていく。それがまた自分にかえっていくと良いですよね。
齊藤:笑顔になってもらうだけじゃなくて、笑顔の循環ですね!
堀切:パーパスの主人公は、社員の皆さんだと思うんです。社員がそれぞれアンバサダーになって、まわりの人たちに素敵な会社だと伝えていくことから始まって。一番身近なところでは家族や同僚、そして製品を使う人、それぞれの笑顔を作っていく。B2Bであっても、富士フイルムと一緒にビジネスをしたら自分たちも笑顔になれよね、と思ってもらう。そして、それを通じてまた自分たちも笑顔になる。そんな笑顔の循環をつくっていきたいという思いがパーパスには込められていて。笑顔を手にする喜びとか幸せ、富士フイルムの現れとしての「笑顔」― すごくいいパーパスだと思うんですよね(笑)。
齊藤:本当に!写真を撮ったり見たりすると自然と笑顔になるという、これまでやってこられたことがそのままパーパスになっている。
堀切:しかも、ちょっと硬い感じの、地に足ついたこの真面目さが、富士フイルムっぽくていいなと(笑)。今回のパーパスは90年という節目に、富士フイルムが紡いで蓄積してきたことを改めて眺めて、それを試す時だと思うんです。そのときに、決して無理をしない、ということが大事だと。パーパスって目標的な部分もあるけど、とかく人って目標を立てると、無理しちゃってどうにもいかない時がありますね。
齊藤:ありますあります…辛くなりますよね(笑)。
堀切:そういう意味で、今まで大切にしてきたことを改めて掲げているこのパーパスは、無理をしていない気がするんです。まだイントロダクションの段階ですけど、これからも、ずーっとやりつづけるものだと思うので、楽しくね。
齊藤:楽しく続けていくのが一番ですね!社内も変わってきていますか?
堀切:思った以上に積極的な感じがありますね。社長も含めて一斉に、マラソンでザワザワってスタートして走りだしちゃった状態(笑)。だけど自然にそれぞれで走り出しているのを見ると、皆こういうものを求めていたんだなと思います。
個々の志(マイ・アスピレーション)と会社のパーパス
堀切:事業部、グループ会社、国内も海外も…パーパスに水をあげて育てるのはそれぞれの部門で独自に落としていただいたらいいなと思って、この前このCLAYスタジオで約70人の役員・部門長でワークショップをやったんですよ。自分事化して自分の言葉でパーパスを語ってもらうための会。パーパスはひとり一人が志をもって実現を目指してこそだよねと、グラレコなんかも取り入れてディスカッションしてもらい、個々の”マイ・アスピレーション”を書いて言葉にしてもらったんです。いつもは数字のことばかりの人たちも、いい笑顔でね(笑)。
齊藤:この素敵な会場でやるのがまた良いですよね!
堀切:このスタジオのコンセプトが、眠ってたものを呼び覚まし、デザイナーを覚醒させる、なんですよ。パーパスってクリエイティブなことだと思うんです。思想とクリエイティブ、表裏一体なんで、こういう場所によってクリエイティブのスイッチを入れて、仕事のこともリセットして向き合っていく。
齊藤:場所って大事ですよね、本当にそう思います。その後や反応に関してはいかがですか?
堀切:ワークショップを通じてパーパス自分ごと化してもらうという目的は達成したと思いますね。そのあと、このワークショップをそのまま実施した部門もあったり、ミニチュア化したりアレンジしてやりたいという要望も届いています。
齊藤:すべての要素が加わって目的を見事達成されたわけですね。今後の展開についても楽しみです。
堀切:パーパスって生き物だと思うんです。フレンチの名店とかで“変わらぬ味”と言われるシェフも、実は同じことをやり続けるのではなくて日々進化させているわけです。我々も、最初だけ盛り上がって尻すぼみにならないように、やり続けないといけない。“2024年にそういうのやってたよね”じゃなくて、楽しくやり続けないとだめで、このバトンをもらった人が面白く昇華させる、そのお手伝いをするのが僕らのチーム。まだまだ一歩踏み出したばかりの状態ですが、すでに来年に向けて楽しい企画も進んでいるので、乞うご期待です。
齊藤:ぜひ、追ってまたインタビューさせていただけたらと思います!今日はありがとうございました。














