業績回復をけん引した大規模変革
「新興ブランドが成長する中、花王は9年連続でシェアを落とし続けていたという状況から、ようやくV字回復できた」と、野原氏は事業変革前の厳しい状況を振り返る。2024年よりスタートした変革は、ヘアケア領域の新ブランド「melt(メルト)」「THE ANSWER(ジアンサー)」の投入や、「Essential(エッセンシャル)」「Segreta(セグレタ)」のリブランディングなどを迅速に行い、9年ぶりにシェア回復という目覚ましい成果を上げた。このV字回復を支えたのは、花王が掲げた「一貫性」と「最適化」という二つのキーワードに集約される変革戦略であった。
花王 グローバルコンシューマーケア事業部門 ヘアケア事業部 ブランドマネージャー 野原聡 氏
野原氏は、VUCA時代におけるマーケティングの重要性として、「一貫性」と「最適化」をキーワードに挙げた。ブランドとしては普遍的な芯を持ちつつも、変化に柔軟に対応していく必要性、そしてその両立の難しさを指摘した。「ブランドの普遍性と変化への対応」という二律背反する要素をいかに両立させるかが、成功の鍵となった。
「感情」を軸にしたブランド戦略への転換
時代の変化へと対応できる「一貫性」を確立するために、花王はブランドポジショニングの再定義を行った。従来の機能や価格を軸とした「機能軸」のポジショニングから、生活者の感情を軸とする「感情軸」へとブランドポジショニングをシフトさせた。
「必要とされるスペックや機能は時代によって変化します。しかし、変わらないものもあると考えており、それが人の感情です。髪が美しくなった結果、どのような気持ちになれるのか、自信を持てるのか、楽しい気分になれるのか。それらはあまり変化しません。そういった普遍的な感情を軸に、ポジションを再定義していこうと考えました」(野原氏)
自社ブランドを、「プレイフル(ポジティブ、リフレッシュ)」、「ナチュラル(自然体、リラックス)」などの6つのカテゴリーに分類されたこの「感情軸」に沿って設計。各ブランドにおける「一貫性」を強化した。
バケツリレー型からスクラム型への体制変革
「最適化」を図る上で、組織体制の変革は不可欠であった。従来の「バケツリレー型」から「スクラム型」へと大きく転換した。
「研究者やクリエイターなど、多様な専門性を持つメンバーが、それぞれがつくるものに対して同じゴール、つまり同じ感情のゴールを目指して取り組んでいます。一貫性のあるブランドづくり、ものづくりができると同時に、チーム全体が一つのゴールを共有しているので、非常に速いスピードで開発を行えます」(野原氏)
デジタルコミュニケーションについても、広告代理店、PR会社、インフルエンサーエージェンシーといった社外のパートナーらと共に“輪になって”プロジェクトを推進している。発売後も生活者の声を拾い上げ、チームで議論を続けるという組織体制に変更した。花王は、自社が展開する複数のブランドのインフルエンサー関連戦略をウィングリットに横断的に集約し、知見の集約とPDCAの高速化を実現した。
「『KPIはこう考えればよい』『この投稿はエンゲージメント率で判断しよう』など、各ブランドで得た知見を共有していくことで、ブランド横断での知見の共有化にもつながっています」(野原氏)
川上氏からの「関わる人数が多くなることで、意見がまとまらなくなることはないのか」という問いに対し、野原氏は「当初は意見の衝突もありましたが、共通のゴール、すなわち『生活者をどのような感情にさせたいのか』という点が全員で共有されると、驚くほどスピードが速まります」と、共通のゴール設定の重要性を強調。さらに、「事業部門がゴールを一方的に決めるという従来の体制ではモチベーションがついていきづらい。みんなでゴールを決めていくプロセスを経ることが高い推進力を生みだす」と、現場の主体性を引き出す組織のあり方を示唆した。
かわつよ 代表取締役/ウィングリット 執行役員CBO 川上慶士 氏
このスクラム型組織により、「melt(メルト)」はコンセプト発案からわずか半年で商品開発が完了するなど、従来の開発期間を大幅に短縮したという。この迅速な開発サイクルは、変化の速い現代市場において、競合優位性を確立する上で不可欠な要素となった。
PGCとUGCの掛け合わせによる「最適化」実現
「最適化」をさらに推進するため、花王はPGC(企業側が制作したコンテンツ)とUGC(ユーザーが発信するコンテンツ)の戦略的な活用に踏み出した。川上氏は、マス広告の効率低下が進む現代において「UGCを活用することがより効率的な部分もあるため、PGCとUGCを掛け合わせ、最適化していくことは、現代のマーケットにおいて必須事項になっていると考えます」と、UGC活用の重要性を訴えた。
「テレビCMやWebCMなど、PGCだけでは制作できるクリエイティブの数に限りがあります。しかし、UGCを活用することで、ある種リスクヘッジのように多様な文脈のクリエイティブを多数制作・発信・検証することで、後のPGC制作にも活かすことができます。この連携が非常に有効だと考えています」(川上氏)
その具体例として、新商品「THE ANSWER(ジアンサー)」の事例が紹介された。「塗り洗い」という、当初はハードルが高いと考えられ訴求を控えていたプロセスが、UGC分析によって顧客の感動体験に繋がる重要な要素であることが判明した。野原氏は、「UGCを5000件ほど分析した結果、『塗り洗い』のプロセスが、商品の感動体験と強く結びついていることが分かりました」と、UGCがもたらすインサイトの価値を語った。この発見を元に、花王は「塗り洗い」をフィーチャーしたPGCクリエイティブを再構築し売上増加につなげた。
「一貫性」と「最適化」の両立による持続的成長
セッションの最後には、野原氏と川上氏が、今回の変革で得られた知見をまとめた。VUCA時代においては、完璧な計画よりも、アジャイルな組織体制と、ブランドの一貫性を保ちながらも変化に柔軟に対応する「最適化」が重要と指摘した。
そして「さまざまな商材やカテゴリーでUGCの勝ちパターンは存在します」と川上氏は強調し、特に美容商材などの消費財においては、UGCを戦略的に活用することが事業変革と売上最大化の鍵となることを改めて示唆した。

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