ヘアケア市場で9年連続のシェア低下という苦境から、V字回復を遂げた花王。その原動力のひとつが、新ブランド「melt(メルト)」のヒットに代表される、UGC(ユーザー発信コンテンツ)起点のコミュニケーションだ。花王ヘアケア事業部の篠原健吾氏と、花王ヘアケア事業のUGC領域を横断的に支援するウィングリットの川上慶士氏に、PGC(企業発信コンテンツ)とUGCを掛け合わせ、ユーザーの熱量を最大化するコミュニケーションのポイントを聞いた。
高価格帯市場に参入へ、背水の陣で臨む
━━2024年4月に発売されたヘアケアブランド「melt(メルト)」が生まれた背景と、花王のヘアケア事業が着手した変革について教えてください。
篠原:花王のヘアケア事業は、2023年まで9年連続でシェアを落としていました。その背景には、市場の変化への対応の遅れがあることは明らかでした。ドラッグストアには選びきれないほどの多様な商品が並び、特に高価格帯の市場が伸びる中で、当社はその高価格帯の市場で勝負ができていませんでした。
花王 グローバルコンシューマーケア部門 ヘルスビューティーケア事業部門 ヘアケア事業部 篠原健吾 氏
100年以上のヘアケアの研究の歴史で培った技術力には自信があったのですが、お客様の心に響く感性の部分で後れを取っていました。また、機能やスペックは時代や技術の進化とともに変化しますが、感情的価値には普遍性があり、中長期的な変動が起こりにくい。そこで、「商品を使った先にどんな気持ちになるか」という「感情」を起点にする戦略へと、大きく舵を切ったのです。
その先陣を切ったブランドが、2024年4月に発売した「melt」です。「休息美容」をコンセプトに、癒やしや落ち着きといった「コンフォート」な感情を、五感に訴える体験を通じて届ける。そこに技術を掛け合わせ、単価が1400円を超える高価格帯であるハイプレミアム市場での存在感を高めることを目指しました。
「melt」は変革の第一弾だったので、「ここで失敗したら花王のヘアケアが終わる」くらいの背水の陣。ですが、プレッシャー以上にこの戦略転換の手応えは大きかったですね。もはやスペックでの差別化は難しいと社員みんなが感じていた中、「感情」という軸を得たことで、ブランドの価値を迷いなくお客様に届けられるようになったと感じています。
ブランドの世界観を作るPGC、信頼を育むUGC
━━花王のヘアケア事業では、PGCとUGCの連携を重視されているそうですが、その狙いを教えてください。
篠原:お客様の信じられる情報源を理解しながらコミュニケーション設計を行うことが大切だと考えています。まず、ブランドの世界観や「私たちが何者であるか」を真摯に伝えるのは、つくり手である私たちの責任です。ここでブランドへの共感をしっかり育むことが、特にハイプレミアム市場では欠かせません。
一方で、「実際商品はどうなのか」という本音のところは、第三者の言葉にこそ魂が宿ります。成分を解説する専門家や美容師、インフルエンサーの方々が、ご自身の言葉で熱を込めて商品の魅力を語ってくださる。それらが“信じられる情報源”として刺さり、購買の後押しになります。
つまり、ブランドの世界観を我々がPGCでつくり、商品の確からしさをウィングリットさんとの連動によりUGCで担保する、という両輪が不可欠だと考えています。
━━「melt」のUGC戦略は、どのように推進していったのですか。
川上:「melt」が目指す世界観や事業戦略を伺った上で、UGC領域ではまず美容高感度層を起点にアプローチしつつ、美容に興味関心の高い人から自然な口コミが生まれやすくなるような設計を目指しました。目指したのは、ブランドに関するポジティブなUGCを最大化させること。生活者の自発的な発信は、広告予算以上の事業インパクトを創出し、信頼感とともに情報を広げてくれます。
ウィングリット 執行役員CBO 川上慶士 氏
また、インフルエンサーとは単発タイアップだけの関係値ではなく、実際に愛用いただき、中長期的に話題にあげてもらえることが重要です。そのため、インフルエンサーマーケティングやギフティングなどの施策では、ブランドの情報を丁寧にインプットし、深い理解と愛着を育んでもらうことを特に重視しました。
篠原:その点は私も、「meltを本当に好きになってもらうことに命を懸けています」と言えるぐらいこだわっている点です。インフルエンサーさんにタイアップをお願いする際は、必ず私自身やチームメンバーがオンラインや対面で直接、商品の背景や思いをお話しするようにしています。紙一枚の資料をお渡しするのとでは、伝わる熱量がまったく違うはず。この地道な取り組みが、心を動かすUGCにつながると信じています。
“売れている空気”をつくったUGCの仕掛け
━━その熱量が、実際の売上にもつながったわけですね。
篠原:「melt」発売の2024年4月から9月までの実績は、計画比の約2.7倍と好調でした。興味深いのが、SNSの発話量が売上と見事に連動したことです。あえて最初から全国展開はせず、美容感度の高いお客様が集まる「マツモトキヨシ・ココカラファイングループ」と「ロフト」で販路を限定して販売を開始しました。場所を絞ることで熱量を凝縮させ、希少価値を生み出し、発話が起きやすい“空気”をつくろうと考えました。その評判が「マツココで売れているらしい」と自然に広がり、段階的に販路を拡大する中で、発話量とシェアがともに伸びていくという理想的な好循環が生まれました。
━━その“空気”を維持する秘訣はありますか。
川上:発話量が落ち着く時期ももちろんあります。そのときは、イベントやキャンペーンなどで商品を手に取っていただくきっかけを意識的につくります。ただありがたいことに、断続的に施策を実施していることもあり、突発的なバズが複数回発生しています。これにより、一度落ち着いた発話量が再度増加するということもあります。
篠原:この「常に話題になっている」という空気が、リピート率の高さにもつながっています。SNSで「やっぱりmeltって人気なんだ」と再確認することが、次の一本を手に取る後押しになる。ブランドの成長には、この常時発話されている状態が必要だと実感しています。
UGCの「傾聴」から生まれた次のヒット
━━UGC創出施策は、ブランドにどのようなプラスの効果をもたらしていますか。
川上:UGCは、「発信」と「傾聴」の二側面があり、生活者の声を聞く「傾聴」の側面も大きいです。UGCを丹念に見ていくと、私たちが想定していなかった商品の価値にお客様が気づき、光を当ててくれていることが多々あります。
例えば「melt」シリーズの「髪の化粧水」というコンセプトのアウトバストリートメント。私たちは当初「潤い」を訴求していましたが、UGCを分析すると「ドライヤーで髪が速く乾く」という効果に感動する声が驚くほど多かったのです。ドライヤーの熱で汗だくになる夏場など、多くの人が抱えるリアルな悩みを解決する、非常に強力な価値ですよね。
篠原:この発見はすぐにチームで共有し、コミュニケーションに反映しました。お客様が盛り上げてくれた「速乾」という価値を、今度は私たちがPGCで訴求する。するとUGCで「本当に速乾なのか」という検証動画が生まれる。このように、発話起点で見つけたポテンシャルのある訴求をPGCとUGCで揃えることで、お客様の心をより強く動かすことができるのだと実感しています。
このサイクルは広告改善に留まらず、お客様が見つけてくれた言葉をパッケージのシールに採用したり、次の商品開発のヒントとして活かしています。このPDCAを高速で回せるのが、スクラム体制の強みですね。
━━今後の展望をお聞かせください。
篠原:ブランドの真価が問われる3年目は、成長し続けられるか萎んでしまうか、岐路に立つ重要な年です。新しい商品提案も準備していますが、何より大切なのは、このチームの熱量を保ち続けること。社内外のパートナー全員が高いモチベーションで取り組むことが、結果として「melt」ファンを増やすことにつながると思っています。
川上:私たちも、より強固なファンダムづくりを強化していきたいと考えています。新商品が出たときはインフルエンサーも発信しやすいですが、月日がたつにつれ、そのブランドに言及する理由・意義は薄れてしまいます。ブランドの愛用者を増やすことが、ブランドに関するポジティブなUGCの最大化につながると考えています。UGC領域のスペシャリストとして、常に知見をアップデートし、ブランドの成長に貢献し続けていきます。

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