広告宣伝費の50%削減を断行
北海道日本ハムファイターズでマーケティングを指揮したのち、2024年4月にほっかほっか亭総本部に入社した飯沼俊彦氏は、自身が手がけた同社の抜本的な改革の全貌について紹介した。飯沼氏の入社当時、同社にはマーケティング部門が存在せず、組織的な活動が行われていなかった。創業49年を迎える同ブランドは長年「手づくり・あたたかい・おいしい」を価値としてきたが、競合の台頭やライフスタイルの変化により、その価値が希薄化していると分析。 そこで飯沼氏は、従来の価値に「楽しい(たのしい)」を加え、「日本一“たのしい”中食事業社をつくる」という新ビジョンを掲げた。食は本来楽しいものであり、店舗体験やSNSを通じてワクワク感を提供することを新たなコアバリューに据えたのである。
このビジョンを実現するため、飯沼氏は広告宣伝費の50%カットという大胆な施策を実行した。従来、同社はスポーツ協賛やアニメコラボなどに多額の予算を投じていたが、約200億円という同社の売上規模では費用対効果が見合わないと判断し、これらを撤廃・縮小した。その分、浮いたリソースを広報PR・SNS・オウンドメディアといった「コンテンツ作り」に集中させる戦略へと転換した。広告費を半減させたにもかかわらず、既存店売上高は伸長しているという。
「誰も広告に興味がない」前提に立つ
飯沼氏は、「誰もほっかほっか亭に興味がない」「誰も広告には興味がない」という冷徹な前提に立つことの重要性を説く。興味がない層に対し、企業が伝えたいだけの情報を発信しても届かないため、徹底して「コンテンツ」としての面白さを追求している。
独自のコンテンツ戦略事例:
•フォント捜索(ストーリー性): 50周年を前に、創業時のロゴフォント作成者を探す投稿を行った。単なる情報提供ではなく「探しています」というストーリーが消費者の関心を呼び、5000万回以上のインプレッションを記録。テレビ番組『探偵!ナイトスクープ』でも取り上げられるなど、広告費をかけずに巨大なリーチを獲得した。
•アンチのファン化(YouTuberコラボ): 料理研究家YouTuberが同社弁当を「おいしくない」と評した動画に対し、排除するのではなくSNS上で「コラボしませんか」と接触。批判を商品開発のストーリーへと転換し、話題化に成功した。
•即時性とユーモア(ミーム活用): 「ほっかほっか亭ってまだあったんですか?」という投稿に対し、公式アカウントが「まだ・・・?」と一言だけ引用リポスト。この自虐的かつ人間味のある対応が3000万回以上閲覧され、好意的な応援ムード(ファン化)を醸成した。
これらの施策を支えているのが、若手への権限委譲である。「お客様の声を一番知っているSNSチームがマーケティングをリードすべき」という方針のもと、従来のような複雑な承認フローを撤廃。「誰かが傷つく活動(炎上)」以外は、現場の判断で即座に投稿できる体制を構築した。これにより、SNS上のトレンドに瞬時に反応するスピード感を実現している。
売上を追わないKPIと「好意的な純粋想起」
特筆すべきは、SNS運用のKPIを「売上」に設定していない点である。売上を追うと投稿が「広告的」になりユーザーが離れるため、代わりに「好意的な純粋想起」の獲得をKPIとしている。「今日のお昼、何にしよう?」と思った瞬間に、好意的なイメージとともにブランド名が浮かぶ状態を作ることこそが、値引きキャンペーンに頼らない最強のCRM(顧客関係管理)であると飯沼氏は定義する。一般的にCRMの成功事例は値引き施策に依存しているケースが多いが、同社は「楽しさ・ワクワク」を提供することで、心理的な結びつきによるリピートを促進している。
その成果として、大阪・関西万博の会場で販売した「ワンハンドBENTO」の事例を挙げた。片手で食べながらスマホで撮影・投稿しやすいという「体験の楽しさ」がUGC(ユーザー生成コンテンツ)を誘発し、22万食(他社大手コンビニのホットスナックと同等規模)という驚異的な販売数を記録した。 最後に飯沼氏は、クレームを含むほぼ全てのユーザーの声にSNS上で返信していることを明かし、「隠さないオープンな姿勢」と「人間味のあるコミュニケーション」こそが、現代のブランドに必要な誠実さであり、熱狂的なファンを作る鍵であると締めくくった。
「カゴ落ち率70%」の真因とPinterestの役割
続いてピンタレスト・ジャパンの井上英樹氏が登壇し、現代の消費者が直面している「ショッピングジャーニーの複雑化」について解説した。デジタル社会において、人は1日に約3万5000回の意思決定を行っていると言われ※1、選択肢の多さが「決断疲れ」を引き起こしている。その結果、ECサイトにおける「カゴ落ち(カート放棄率)」は約70%に達している※2。 井上氏は、このカゴ落ちの主因は購入手続きの手間ではなく、「意思決定の多さによる麻痺」と「より良い選択肢があるのではないかという不安」にあると指摘する。
消費者が求めているのは、単なる商品情報ではなく、「自分にぴったりだ」と感じられる「納得感(Conviction)」である。Pinterestは、画像を収集・整理(キュレーション)するプロセスを通じて、選択肢を絞り込み、この「納得感」を醸成することで購入への最後の一押しをする役割を果たす。実際、Pinterestユーザーの90%が「自分に関連性のある商品が見つかる」と回答しており、購入の意思決定に強く寄与している※3。
また、Pinterestは「誰が発信したか(ヒト軸)」ではなく「何(モノ・コト軸)」でつながるプラットフォームであり、コンテンツの寿命(半減期)が約4カ月と長い(他SNSは数分〜1日程度)「ストック型」の性質を持つ。さらに、他者との交流よりも「自分の好き」を探求する場であるため、ネガティブな反応や炎上が極めて少ない「ポジティブな空間(ブランドセーフティ)」であることも大きな特徴である。
N2 interiorの課題と「広告=コンテンツ」戦略
N2ホールディングスの山内俊一氏が次に登壇し、「Play with space(空間で遊ぶ)」をコンセプトとする家具ブランド「N2 interior」における実践事例を発表した。山内氏がPinterest導入を決めた背景には、以下の3つの課題があった。
1.リソース不足: 個人事業からスタートしたため、広告運用に割ける時間と人員が限られていた。
2.タッチポイントの限界: 従来のSNS(Instagram等)だけではリーチできない層や、複雑化する購買経路での接点作りに苦労していた。
3.ブランドイメージの維持: 商品ごとにスタジオを変えて撮影するなどビジュアルに拘っているが、その世界観を崩さずに配信できるプラットフォームが必要だった(TikTokやXはブランドに合わないと判断し不採用)。
N2 interiorでは、PinterestのAI自動化ツール「Performance+」を導入し、劇的な成果を上げている。特筆すべきは、広告クリエイティブにおける「文字の少なさ」である。山内氏は「広告はコンテンツ」と捉え、説明文を極力排し、インスピレーションを刺激する画像中心のクリエイティブを展開している。Pinterestユーザーは「未来の自分の生活」のアイデアを探しているため、文脈に沿った広告は「邪魔なもの」ではなく「役立つコンテンツ」として好意的に受け入れられる。
AI活用による大幅な数値改善
AI活用とプラットフォーム特性を活かした施策により、2025年のキャンペーン実績において、他媒体と比較して大幅な数値改善が見られた。
• CPM(インプレッション単価): 79%削減
• CPA(獲得単価): 76%削減
• ROAS(広告費用対効果): 約1.5倍の625%を達成
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これらの成果は、Pinterestが「比較検討が始まる前の早期段階」からユーザーに利用され、かつ「自分に関連がある」という納得感を醸成した結果、高い購買転換率を実現したことを示している。山内氏も、Pinterest経由の顧客は単価が高く、ROASの基準(300%)を大きく上回る成果が出ていると評価する。
今後の展望として、N2 interiorは東京への店舗出店や大阪での宿泊施設展開に合わせ、Pinterestの「予約型広告(プレミアスポットライト)」を活用した認知拡大を計画している。また、Pinterestユーザーには建築・インテリア関係者も多く含まれることから、BtoB(設計事務所やハウスメーカー)へのアプローチも強化していく方針である。 本セッションは、AIによる運用の自動化と、ビジュアルによる情緒的価値(納得感)の提供を両立させることで、限られたリソースでも高い事業成果を生み出せることを実証した。
※1 SahakianとLaBuzetta、「Bad Moves: How Decision Making Wrong, and the Ethics of Smart Drugs」(2013年)
※2 Baymard Institute、「49 Cart Abandonment Rate Statistics 2025」(2025年)
※3 Pinterest 委託による The Decision Labの「Empowered Decisions Power Performance」(グローバル、2025年5月)Pinterest群の参加者を割り当てたランダム化比較試験。
4 N2インテリア調べ、2025年10月1日~11月21日のキャンペーンデータからROASを算出、日本






