名古屋会場ではトヨタ自動車の佐々木英彦氏が登壇し、「モビリティカンパニー」への変革に向けたデータ基盤の統合とAI活用の未来図を提示した。福岡会場ではサザビーリーグアウルスケープの相川慎太郎氏とMMOL Holdings(ミリモルホールディングス)の河野貴伸氏が登壇し、「半歩先のライフスタイル」を提案し続けるサザビーリーグのDNAをいかに言語化し、AI時代に継承・展開していくかのメソッドを解説した。
「販売店任せ」からの脱却とデジタルの黎明
トヨタ自動車 デジタル変革推進部 CXセンター担当部長の佐々木英彦氏はまず、かつてのトヨタの顧客接点の構造的課題について指摘した。
従来の考えでは、トヨタの仕事は「車を作って販売店に卸す」ことであり、顧客との直接的な接点は販売店が担っていた。そのため、メーカーであるトヨタには「誰がどの車に乗っているか」という正確なデータがなく、顧客の声は販売店経由でしか届かない状態であった。さらにインターネットの登場により、社内の各部署が個別にWebサイトやアプリを乱立させた結果、情報はサイロ化し、顧客にとって「何がなんだか分からない」状態に陥っていた。
この状況を打破するため、佐々木氏は2000年代後半から、全社のWebサイト情報を統合し、顧客に最適な情報を推奨する「デジタルマーケティングプラットフォーム」の構築を推進した。ただ、当時は社内の理解を得るのが難しく、各部署の個別最適化の壁に阻まれ、統合は一筋縄ではいかなかったという。
「モビリティカンパニー」宣言とCX基盤の再構築
転機が訪れたのは2018年、豊田章男社長(現会長)による「トヨタは自動車をつくる会社から、モビリティカンパニーにモデルチェンジする」という宣言だった。単に車を売るだけでなく、移動に関わるあらゆるサービスを提供する会社になるためには、顧客一人ひとりを深く理解し、長期的な関係を築くことが不可欠となる。
これを受け、佐々木氏はCX(顧客体験)を中核に据えた大規模な基盤整備に着手した。その核となるのが以下の2点である。
• TOYOTAアカウント(ID統合):以前はサービスごとにバラバラだったIDを統合し、さらにB2B(法人客)にも対応。これにより、「誰がどの車を使っているか」をメーカーが直接把握できる仕組み(N対Nの管理)を構築した。現在、ID登録者数は700万人を超えている。
• NPS(ネット・プロモーター・スコア)の導入:社内のバラバラな評価基準を統一するため、「顧客推奨度(NPS)」を共通のモノサシとして採用した。車の開発現場においてもNPSを導入し、「どの要素が顧客の評価を上げているか」を可視化することで、ハードウェア開発とサービス開発が同じ指標で会話できる環境を整えた。
また、販売店との関係も再定義し、メーカーと販売店がIDと顧客情報を共有して「一緒に顧客の面倒を見る」体制へと移行している。
AIエージェント時代を見据えた「正しさ」の担保
佐々木氏は、今後の展望として「AIエージェント」の重要性に言及した。将来的には、顧客が自らWebサイトを検索するのではなく、AIエージェントが顧客に代わって情報を収集・提示する時代が来ると予測する。その際、トヨタの情報がAIによって「正しい情報」として選ばれるためには、データの整備と信頼性の担保が不可欠である。
その布石として、トヨタは「.toyota」や「.lexus」といった独自のトップレベルドメインを取得・運用している。これは、フィッシング詐欺などが横行する中で、「このドメインからの情報は間違いなくトヨタ公式である」という信頼の証を確保するためだ。最後に佐々木氏は、技術がいかに進化しても「人間中心」の思想は変わらないと強調した。「究極の合理性」と「顧客第一」というトヨタのDNAを継承しつつ、データとデジタルを活用して「幸せの量産」を目指す姿勢こそが、モビリティカンパニーへの変革の鍵であると締めくくった。
サザビーリーグのDNAと新会社「アウルスケープ」の挑戦
続いて、ロンハーマンやアフタヌーンティーなどを展開するサザビーリーグからスピンオフした新会社、サザビーリーグアウルスケープ代表取締役社長の相川慎太郎氏と、MMOL Holdings(ミリモルホールディングス)の河野貴伸氏が登壇した。
サザビーリーグは1972年の創業以来、「半歩先のライフスタイル」を提案し続けてきた企業。相川氏は、同社の強みを「普通の生活の中に、少しの『スパイス』や『ワクワク』を提供すること」と定義する。この「半歩先」という絶妙な距離感こそが、顧客に憧れと共感を生む源泉となっている。
アウルスケープは、サザビーリーグが長年培ってきたブランディングやデジタルマーケティングのノウハウを、グループ外の企業にも提供するために2025年4月に設立された。相川氏は、自社のEC化率が業界平均(30%程度)より低いことに触れつつ、あえて「リアル店舗での体験」や「スタッフの接客」といったアナログな価値を重視してきたことが、結果として強力なブランド力を築いたと分析する。
「デジタル」は主役ではない AIと人間の役割分担は
対談の中で強調されたのは、「デジタルはあくまで手段であり、目的ではない」という点である。河野氏は、近年のマーケティングが「デジタルツールをどう使うか」に終始し、本来の目的である「顧客価値の提供」がおろそかになっているのではないかと指摘した。
サザビーリーグアウルスケープが提唱するのは、AIやデジタル技術を用いて業務効率化やデータ分析(左脳的アプローチ)を行い、それによって生まれた余白の時間を、人間にしかできない「感性」や「ホスピタリティ」(右脳的アプローチ)に注力させるという役割分担である。
• Brand OS(ブランドOS):ブランドの「らしさ」や「価値観」を言語化・構造化し、AIにも理解できる形(OS)にする概念。これにより、AIを活用しながらもブランドの世界観を損なわずに、一貫したメッセージ発信やクリエイティブ生成が可能になる。
• インターナルブランディング:ブランドを作るのは最終的には「人」である。サザビーリーグでは、スタッフ一人ひとりがブランドのファンであり、体現者であることを重視している。相川氏は、創業者の想いや「サザビーリーグらしさ」が、マニュアルではなく口伝や背中を見て育つ文化として継承されてきたと語る。
「失敗の知見」の価値
アウルスケープは、サザビーリーグ内での数多の成功と失敗の経験を体系化し、クライアントに提供している。相川氏は、「事業会社出身だからこそ、きれいごとだけでなく、失敗の痛みや泥臭い現場のリアルを知っている」と語り、単なるコンサルティングとは一線を画す「実戦的な伴走支援」を強みとしている。
具体的には、グループ内の複数ブランドを横断する「共通基盤(データ、システム、オペレーション)」と、各ブランドの個性を尖らせる「固有領域(クリエイティブ、接客)」を明確に分け、効率と独自性を両立させるアプローチをとっている。
最後に河野氏は、AI時代だからこそ「人間が何に集中すべきか」が問われているとし、サザビーリーグのように「楽しさ」や「ワクワク」を真ん中に置いたブランドづくりが、これからの企業の勝ち筋になると展望を語った。AIに「らしさ」を学習させ、人間はより人間らしい創造的な仕事に向かう。それが両社の描く未来のブランド戦略である。






