「だんご3兄弟」や「ピタゴラスイッチ」といった国民的なコンテンツから、「スコーン」「ポリンキー」「サントリーモルツ」「フジテレビ ルール」「ピコー」「カローラⅡ」など数々の記憶に残るCMまで、佐藤雅彦さんが作るクリエイティブは幅広い世代の記憶に刻まれています。
そんな佐藤さんが、2024年にnoteでスタートしたのが『佐藤雅彦の「そういうことか新聞」』。定期的にコンテンツを発信すると同時に、自分が見つけたこれまでのつくり方を解き明かすオンライン講義を開始したのです。大学以外でほとんど話されていなかったCMや番組の映像や企画の作り方が、この講義では現在進行形で公開されています。
幼い頃に「だんご3兄弟」をはじめ、佐藤さんが手がけたEテレの番組を見て育ったCMプランナーの花田礼さん(電通)、ディレクターの伊勢田世山さん、そしてCMプランナー/ディレクターの中田みのりさん(博報堂)の3人に、このオンライン講義を見ていただきました。そんな彼らが佐藤雅彦さんのCMに関する講義からどんなことを学んだのでしょうか。3人のトークの後編をお届けします。(前編はこちら)
「企画がある」とは、どういうことなのか
花田:佐藤さんが作ったスコーンやポリンキーのCMが2025年にリメイクされましたよね。先日の展覧会でも大人だけではなく、子どもたちも昔のCMを喜んで見ていました。そんな様子を見ていると、ある意味、佐藤さんが作るCMは時代を超える力があるのかなと思います。でも見方を変えれば、子どもにウケるものはいつの時代も変わらないのかもしれないとも思いました。
湖池屋/ポリンキー「ポリンキーの秘密」篇
伊勢田:でも、それを狙って作っても、必ずしも子供にウケるというわけではないですよね。佐藤さんが作るCMは、なぜここまで子どもにもウケるんでしょうね?
中田:あらためて佐藤さんのCMを振り返ると、CMだから伝えたいことは絶対的にあるものの、企業や制作側の大人たちが「このCMでわかってほしい」と考えていることが少なく見えるような気がします。受け手にやさしいというか、Eテレ的な雰囲気も受け入れてもらいやすいポイントかもしれないですね。
花田:講義の中のトーンの話で、フランスの写真家 サラ・ムーンが撮ったCMで女性がパフでポンポンたたいている姿が生理的に来るかどうか、そこを探求されていました。音も生理的に来るもので人間の本能に響くもの。そこが時代に関係なく人間に響く要素になっているから、時代を超えやすいのかもしれない。
中田:いま流れているCMの中で、みんなが将来どれくらい覚えてくれているのかなと思いますね…。そして佐藤さんが作るCMでは、最初に一番大切なことを語っています。♪~カローラⅡに乗って~みたいに。ここ数年、スキップされないように頭でメッセージを伝えるCMが増えてきましたが、再びその構造が回ってきた感じがしますね。
トヨタ自動車「カローラⅡに乗って」篇
花田:最初の3秒で役割を果たして仕事を終える。やはり広告主に近い発想ですよね。クリエイターはともすれば引っ張って、引っ張って、最後に商品を出したい。その構造のよさもあるけれど、最初に商品名を言う、「ずっと商品が出ている方がいいに決まっている」ということは、ものすごく広告主的視点です。
伊勢田:ジャガッツのCMの「A→A’→A’’→A’’’」という構造の違いを「だ’だ’だ’だ~」という音で何度も語っていらっしゃいましたが、プロデューサーはその違いをすぐに理解してくれたのでしょうか(笑)。
花田:普通の人から見ると天才的な飛躍ですよね。機関車のリズムに合わせた、湖池屋ポテトチップスの♪~パリパリのり塩 やっぱりのり塩 というフレーズも。
中田:ただ私たちがちょっと気を付けなくてはいけないのは、あのルールに沿って広告を作ったときに、いまの10代にどう受け取られるか、そこはよく考える必要がありそうです。彼らの視聴態様にとってみれば広告すぎるかもしれない。
花田:佐藤さんは「法則は当時発見したもので、これを覚えてほしいということではなく、プロセスを共有したい」とおっしゃっていますよね。だから、僕らは佐藤さんの発見の中から学べるものは学びつつ、面白いものがなぜ面白いのかを分解、分析する姿勢をより学ぶべきだと思いました。
伊勢田:どこかで話していたと思うのですが、「すぐにわかってはいけなくて、絶妙にちょっと紐解いたらわかるぐらいのレベルで視聴者にわからせることが一番中毒性が高くなる」と。
最近の映像はほぼ字幕で説明されていて、見れば全部わかる説明の動画になっていることが多いです。TikTokも全部字幕がついているし、全てがもうわかって!わかって!という押しが強い中で、ちょっと時間かけないとわからない、その絶妙な頃合いを見出すのが佐藤さんは上手ですよね。そして、そういう映像はやっぱりいまでも普遍的に面白いと思えるのかもしれない、と。
花田:「わかりやすすぎる」という話と近いかもしれないけれど、「企画がある、企画がない」という話もしていました。ビールのコンテを出して、「これは企画がないです。企画がないものはもうコンテ以上のものにならないから意味がない」というようなことをおっしゃっていた。
一方で「企画がある」とはどういうことかも話していて、それは「新しいことである」と。昔からある方法論ではなくて、何かちょっと新しいポイントを入れる。さらに視聴者はプロだから、今まであったようなものはもう響かないというお話を聞いて、視聴者を全く軽んじていないというか。視聴者は感覚のプロであるというスタンスで臨んでいて、常に新しくしなくてはいけないという話が印象に残りました。
noteで展開している「佐藤雅彦オンライン講義」より。月に1回、ライブ配信される。
伊勢田:企画の「企」という字は、人がつま先立ちをして遠くを見ている象形文字と説明してました。コンテを描いた時点では、一見分からないけど、つま先立ちして、未来を見た時に、それが明確に力を発揮しているものこそが企画と言えます、みたいな感じでおっしゃってましたね。ただ僕は、その話にはまだピンとは来てなくて…。
花田:「企画がある」というのは、コンテ以上のものがいまは発現してないけれど、のちに発現する、みたいな、そんな言い回しですよね。「いまは面白さとかっこよさとか可愛らしさといった価値が発現されてないけど、完成した暁にはそれが発現されることが約束されていること」っていう。ちょっと難しかったですね。
中田:確かにわかるような、わからないような…ここはちょっと難しい。
伊勢田:仮にそうだとして、それを実現させることは難しいですよね。クライアントとしては、それは通せないし、通しにくい。クライアントワークにおいて、面白さが発現されてない状態である企画をクライアントに提案するわけですから。その面白さを分かってくれるクライアントって、今どれだけいるんだろうとも思います。それが実現できたのは、広告主との出会いが恵まれていたのかなと思ったり。やはり佐藤雅彦ブランドだからできたことなのかなとも思ったり。「スコーン」に関して言えば、佐藤さんがプランナーになって1、2年目で作っているから、読解力のあるクライアントさんに恵まれていたのかなと、いろいろと考えてしまいました。
花田:逆に、昔の宣伝部の方はいまより感覚を大切に、企画を選んでいたのかもしれないですね。
湖池屋/スコーン「スコーンダンス」篇




