羽間氏は企業のAI活用について、全社で安全かつ効果的にAIを活用するための準備が完了した状態、すなわち「AI Ready」の重要性を説き、その具体的な定義からKPI設計、業務プロセスの再設計に至るまで、実践的な方法論を提示した。
AI活用の成否を分ける「AI Ready」という土台づくり
AI導入の機運が高まる一方、「利用率は高まったが、生産性が本当に伸びているのかわからない」といった課題も顕在化している。この状況に対し、羽間氏は「一足飛び、場当たりで活動を進めるのではなく、土台をまず作って、その上で日常化して、高度化させていく。そんな3ステップで着実に成果を積み上げていくといったところが必要」と強調する。
イグニション・ポイント 執行役員 AI Innovation Hub代表 AI Technology Unit責任者 羽間裕貴 氏
この土台となるのが「AI Ready」な状態である。羽間氏によれば、これは「AIという新しいツール(手段)を全社で安全かつ効果的に活用するために必要となる事前準備が完了した状態」と定義される。具体的には、「戦略・目的」「ガバナンス・リスク管理」「人材・組織」「ユースケース・活用」「利用環境」という5つの要素が整備されている必要がある。
特に重要なのが、最初の「戦略・目的」である。羽間氏は、「ただ闇雲にAIを活用しようではなくて、会社としてその活用を通じて達成したい事業上の目的とか、その成果を測るためのKPIがしっかり定義されている状態であること」が不可欠だと指摘する。「戦略なき戦術はない」と述べ、経営層がAI活用の重要性を認識し、その方針を明確に発信することが、すべての活動の起点となるとした。
多角的な視点を持つべきAI施策のKPI設計
AI施策の効果測定は、しばしば「業務削減時間」や「利用率」といった指標に偏りがちである。しかし、羽間氏は、より多角的な視点から効果を捉えるべきだとし、「効果指標」「利用指標」「認知指標」「成熟指標」という4つの切り口を提示した。
「効果指標」は、AI施策が経営にもたらした価値を測るもので、利用ログから全体傾向を把握する「マクロ分析」と、特定の業務シナリオから効果を積み上げる「ミクロ分析」がある。「利用指標」では、単なる利用率だけでなく、ユーザー1人あたりの「活用頻度」も見ることで、ポテンシャル層・ビギナー層・二極化層・アクティブ層と四象限で組織全体の活性度を正確に把握できる。
さらに、「認知指標」と「成熟指標」は、組織への浸透度を測る上で重要となる。これらは、情報発信回数や研修開催数といった「行動指標」と連動し、特に教育や文化醸成といった「ソフト施策」の効果を可視化する。羽間氏は「組織変革と結局一緒だと思っていますので、そうしたところをどういうふうにKPIとして定めながら施策を検討していくかが大事になってくる」とし、投資判断の際には、どの指標を高める施策なのかを意識することが重要だと述べた。
「Use AI」から「With AI」へ、AIエージェント時代の到来
AIとの関わり方は、人間が指示を出しAIが受動的に作業を実行する「Use AI」の段階から、AIが自律的に示唆を出し能動的に人間と協働する「With AI」の時代へと移行している。羽間氏は、この変化に対応するためには「AIフレンドリーな、AIと協働することを前提とした業務設計スキル」の重要性を指摘する。
この「With AI」を体現するのが「AIエージェント」である。従来の生成AIが、人間がタスクを分割して一つひとつ指示する必要があったのに対し、AIエージェントは「物流SaaS分野で注目テーマを発掘して企画書にまとめてください」といった目的を伝えるだけで、市場分析・テーマ選定・企画書作成などの各タスクの分解から実行までを自律的に遂行する。さらに、Webや社内ストレージなど、あらゆるデータソースを横断的に活用できる点も大きな変化点である。
AIエージェント化への3ステップ
AIエージェントを前提とした業務変革は、壮大な構想から始めるのではなく、小さな成功体験を積み重ねるアプローチが有効である。羽間氏は、そのステップを「点」「線」「面」の3段階で説明した。
まず「STEP 1」は、取り組みやすいテーマに絞り、タスク単位でAI活用や自動化を進める「点(小さな成功体験)をつくる」段階だ。この「点」を抽出する際には、ムダ・ムリ・ムラ・モレ・ミスといった観点で課題を洗い出す。とくに「最も負荷を感じている」といった「感情」と、「定量的に削減効果が大きい」という「論理」の両観点から導くことが有効だという。
次に「STEP 2」では、それらの「点」をつなぎ、生成AI同士が連携して自律的にタスクを遂行する「線(プロセス)をつくる」段階へと進む。ここでは、複数の情報ソースからの収集や外部アプリ連携が必要かといった基準で、AIエージェント化に適したユースケースを選定していく。
そして最終的な「STEP 3」は、複数のAIエージェントを束ね、業務全体を変革する「面(オーケストレーター)」を目指す段階である。羽間氏は、このプロセスを通じて、AIと人間が協働する新たな業務フローを資産として構築していくことの重要性を説いた。
「点」の抽出には、大谷翔平選手が活用したことで知られるマンダラチャートで思考を広げることを羽間氏は推奨する
プロセス負債を乗り越え、業務プロセスを「資産化」する
DX推進を阻む大きな壁として、羽間氏は「プロセス負債」という概念を提示した。これは、プロセスが個人の頭の中にしかなくブラックボックス化していたり、非効率な業務が標準化されないまま放置されていたりする状態を指す。「カオスなものにAIを適用しても正しく学習なんかできるわけがないので、混乱を生むだけ」という考えを解決する鍵がBPM(ビジネスプロセス・マネジメント)の再定義にあると語る。
AI時代におけるBPMは、単なる業務改善手法ではなく、「AIに仕事の進め方を教えるための共通言語」として機能する。共通言語を用いて業務フローを「可視化」し、ムリ・ムダ・ムラを排除して「標準化」、そしてAIエージェントが実行可能なデジタルの「型」として「資産化」する。この3ステップによって、プロセスは負債から価値を生む資産へと転換されるのである。
AI時代にこそ不可欠な「思考力」
セッションの最後に、羽間氏はAI時代に最も重要なスキルとして「思考力」を挙げた。その理由は極めてシンプルである。「AIは『問い(プロンプト)』の質以上の答えを出せない。入り口(問い)を間違えてしまうと質の高いアウトプットは得られない」からだ。
現状理解から課題設定、構造化、仮説構築、検証、そしてコミュニケーションに至る一連の問題解決プロセスにおいて、質の高いインプットをAIに与え、そのアウトプットを評価し、意思決定する能力は、依然として人間に委ねられている。
AIエージェントの時代は、単なる業務効率化に留まらず、業務プロセスそのものの消滅や、ビジネスモデルの再定義といった「前提そのものの破壊・再構築」を迫る。羽間氏は、この変革期において、新たな世界観を構想し、ビジョンを持つことこそが求められると語り、セッションを締めくくった。

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