なぜダイキンは「ぴちょんくん」を使い続けるのか? 誕生から四半世紀、キャラクター活用の成功法則

大阪・梅田の空を見上げれば、そこには温度や湿度によって色を変える巨大な「ぴちょんくん」がいる。3月16日、この巨大サイネージは点灯から10周年を迎えた。

ダイキン工業はこの節目を記念し、「空気のことでちょぴっと笑える毎日を。」というキャッチフレーズのもと、新デザインの公募や特別アニメーションの投映、UNIQLO UMEDAとのコラボレーションなど、多彩なキャンペーンを展開している。。「空気により関心を持ってもらいたい」という同社の思いを具現化し、ファンとの共創を図る施策だ。

大ぴちょんくん公式Xでは、大阪やダイキンにゆかりのあるさまざまな企業などから届いた祝福メッセージを投稿している。

今や単なる企業広告を超え、街の「環境インフラ」としての地位を確立した大ぴちょんくんだが、その象徴であるキャラクター「ぴちょんくん」の歩みはさらに長く、誕生は2000年に遡る。四半世紀以上にわたりダイキンがいかにしてこのブランド資産を育て、運用してきたのか。総務部広告宣伝グループの永住美枝子氏への取材から、その戦略の裏側を紐解く。

認知課題を突破した「親近感」

ぴちょんくん誕生の背景には、当時のダイキンが抱えていた切実な課題があった。当時、同社は業務用空調機で高いシェアを誇っていたものの、一般ユーザー、特に若年層や女性からのブランド認知が低いことが課題であったという。

この状況を打破すべく、2000年春にルームエアコンのフラッグシップモデル「うるるとさらら」のキャラクターとして誕生したのがぴちょんくんだ。エアコンの広告宣伝にとどまらず、グッズ展開やCDデビューなども積極的に行った結果、ダイキンを知らない層からも愛される存在となった。

その後、役割は特定の製品担当から「空調事業のキャラクター」へと広がり、現在はダイキンのキャラクターとして広く活用されるまでに変化を遂げている。

インフラ化を支えた「直感」のコミュニケーション設計

2016年に運用を開始した高さ13メートル、横幅11メートルの巨大LED看板「大ぴちょんくん」は、この10年で大阪の風景に溶け込んできた。その設計について永住氏は「空気という見えないものに関心を持ってもらうにあたっては、わかりやすさ、親しみやすさを最も重視しました」と説明する。

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