広告クリエイターを目指す人や駆け出しのコピーライターにとっては、コピー年鑑は憧れの存在であり、教材であり、自らを奮い立たせてくれる存在でもあります。TCC会員の皆さんは、コピー年鑑とどう向き合ってきたのか。どう活用しているのか。今回は、2010年度のTCC新人賞を受賞した倉光徹治さんです。
2002年6月 東京 田町
四月から二ヶ月続いた研修を終え、私は広告代理店Hの制作局に配属された。その初日、K局長が私の席まで来て言った。
「悪い。お前、コピーライターじゃなくて、CMプランナーだった。名刺にそう書いてあるよな?間違えてコピーライターの下につけてしまった。だからCMの仕事はおそらく来ない。CMの仕事がしたかったら、自分で仕事を探してくれ」
何を言われたのか分からなかった。たしかに箱から取り出した名刺には「CMプラナー 倉光徹治」と書かれている。プラナーって、なんだ。誤植か?プランナーじゃないのか。CMプランナーとコピーライターの違いよりもそちらの方が気になったが、上司となるFコピーライターに局長からの一報を伝えた。私にとって社会人初めての「ほうれんそう」である。
「と、そんなことを言われたんですが」
「困ったな。僕のとこにはCMの仕事は来ない」
「はい。いま同じことを局長から言われ、それをいま私が伝えました」
「二十階に図書館があるだろう?」
「はい」
「とりあえず年鑑を全部読んでくれ」
「年鑑ですか?」
「TCC年鑑というのがあるんだ。それを全部読んでくれ」
「TCC年鑑ですね、わかりました」
わたしは出先表と呼ばれるホワイトボードに「図書館」と書いた(それは数ヶ月続くことになる)。
図書館でTCC年鑑を見つけたわたしは、いったん制作局に戻ってFコピーライターに相談することにした。人生二回目の「ほうれんそう」である。
「Fさん、TCC年鑑というものを見つけたんですが年度ごとにずいぶんたくさんありまして、どれを全部読めばいいでしょう?」
「全部だよ、全部。全部の年度。全部だ」
「わかりました」
「それと、君がいいと思ったコピーを一日一つ選んで、それのどこがいいと思ったのかを書いて私に提出しなさい」
まだ研修がつづくのか、と内心思ったが、この作業が今の数少ない資産になっている…ことに気づくのはずいぶん先の話だ。