「宣伝会議のこの本、どんな本」では、当社が刊行した書籍の内容と性格を感じていただけるよう、「はじめに」や識者による本の解説を掲載しています。今回は、3月30日に発売した新刊『リーダーのための逆転AI戦略 人を育て、組織文化を変え、事業を創造する』(谷鉃也 著)の「はじめに」の一部をご紹介します。
「AIドリブン宣言」の発表
2025年9月1日。講堂に集まった社員たちの前に立った私は、高揚と、ほんの少しの不安が入り混じった空気を感じていました。ある者は期待に目を輝かせ、ある者は「また社長が何か始めた」と訝しげな表情を浮かべています。その多様な視線を受け止めながら、私ははっきりと告げました。
「本日、私たち新東通信グループは、『AIドリブン宣言』を発表します」
ざわめきが波のように広がりました。これは、目前に迫るAIによる不可逆的な産業変革の激動に対し、私たち自身が評論家や傍観者になるのではなく、未来を創る主体となる、という力強いコミットメントです。社員一人ひとりが、会社の未来、そして自分自身の未来をその手につかむための、表明でした。
社内への発表と同時にプレスリリースも発行したため、業界の知人やクライアントからも問い合わせが相次ぎました。「なぜ広告会社が?」「専門でもないのに大丈夫か?」その反応は当然かもしれません。しかし、私たちの歴史と社風をご存知の方であれば、「いかにも新東通信らしい」と思っていただけたのではないでしょうか。
私たちの会社、新東通信には、創業以来53年間変わらない社是があります。「何かおもろいことないか」。これは単なる壁に飾られたスローガンではありません。変化を恐れず、常に新しい価値創造に前のめりに挑戦し続ける、私たちのDNAそのものです。
この精神は、私たちの働き方にも表れています。例えば、毎年名古屋で開催する約1000人規模の花見ワイン会。あるいは、銀座に拠点を構える東京本社では、街の名立たるバーやバル約70店舗を巻き込んだ銀座街バルイベントを主催し、全社員にチケットを配って街に繰り出す。仕事も遊びも、どうせやるなら「おもろく」なければ意味がない。父である創業者が築いた「野武士集団」の精神は、今も脈々と受け継がれています。
私、谷 鉃也は、二代目としてその襷を受け継ぎましたが、ここまでの道のりは複雑でした。父が築き上げた強烈な個性を、どう未来に繋いでいくべきか。そして、父が成し得なかったことをやり遂げることこそが、最大の恩返しになるのではないか。そんな思いを常に抱いていました。
その一つが「東京」での成長です。名古屋を本拠地とする新東通信は、どうしても「名古屋の広告会社」という認識をされがちです。しかし、日本のビジネスの中心である東京市場で確固たる地位を築かなければ、会社の未来はない。2005年、愛知万博という一大事業を終えた私は、その一心で上京しました。当時の東京支社は売上30億円、収支は赤字という厳しい状況からの再スタートでした。
そこから、自ら立ち上げた通販広告事業が軌道に乗り、既存事業も飛躍的に成長。東京の売上は100億円を超え、確かな手応えをつかむことができました。そして、次なる挑戦として私の目に映ったのが、外部の、しかも上場企業の立て直しでした。それが、PR業界の老舗である共同ピーアールです。
私が手がけたM&Aの中でも、共同ピーアールの経営権を巡るプロキシーファイト(委任状闘争)は特に難易度が高いものでした。周囲からは無謀な挑戦だと思われたでしょう。しかし、「素人のなんとやら」と言いますが、私はただひたすらに、しゃにむにこの難題に取り組みました。
プロキシーファイトに勝利し、2015年8月から共同ピーアールの再建のため社長に就任しました。残ってくれたメンバーと共に力を合わせ再生を成功させたときには、多くの人に驚かれました。現在も私は共同ピーアールの会長を務め、同社と新東通信はグループ会社として関係を密にしています。
3000社をマッピングしてわかった3つの断層
こうした活動の中で、私の経営者としての核となる思想が固まっていきました。それは、私がまだ30代の頃に、一つの確信を得た出来事に遡ります。
当時、私は業界地図の不透明さに苛立ち、ある週末にオフィスに籠りました。壁一面に模造紙を貼り付け、国内の広告会社3000社のうちで上位100社と顕著な成果を上げている企業をピックアップして、サービス領域と収益性という2軸でマッピングしました。それは、混沌の中から一本の道筋を見つけ出すような作業でした。そして、数多の点を打ち込んでいくうちに、そこに恐ろしいほど明確な「領域」になる断層が浮かび上がってきたのです。
・第一断層「メガエージェンシーの領域」:大手3社をはじめとする巨大広告会社は、その圧倒的な規模と資本力で、規模が大きいほど高い収益性を確保していました。彼らの戦場は、体力と効率性がものを言うパワーゲームのフィールドで、我々が挑むべき場所ではありません。
・第二断層「中堅領域」:多くの中堅企業がひしめく領域。この領域は、中堅といえども売上数百億以上を誇る立派な企業が名前を連ねています。しかしながら、おしなべてどの企業も収益性が低いのです。特に、巨人のミニチュア版になってしまいがちな多くの企業は価格競争に巻き込まれ、軒並み低収益に喘いでいました。
・第三断層「中規模以下領域」:ここではさらに収益は悪化するのではないか、と予想していましたが、結果は逆でした。この領域にいたのは大手とは全く違う土俵で戦う、専門性の高い企業群でした。ある会社は製薬業界の広告に特化し、ある会社は富裕層向けのオリジナルメディアで独走している。彼らは小さくとも、自分たちの城で王様であり高い収益性を誇っていたのです。
このマトリックスが、私の「逆転戦略」の原点となりました。規模で劣る我々が生き残る道は、巨人と同じ土俵での同質的な競争を避け、独自の価値を発揮できる専門市場を探し、創り出すこと以外にない。この確信があったからこそ、私は通販広告、PR、リテールDX、展示会といった専門領域の事業を立ち上げ、同時にM&Aを進めてきたのです。
そして今、私たちはAIという、歴史上最大の変化の波に直面しています。基盤となるLLM開発の市場は、残念ながら既にアメリカの巨大テック企業が握っています。しかし、私たちの戦場はそこではありません。そのAIを「どう使いこなし、事業価値に転換するか」という応用と実践の領域です。
ここにこそ、私たち中小・中堅企業の勝機があります。大企業という巨大タンカーが方向転換にもがく間に、私たちスピードボートは、その機動力を最大限に活かしてAIという新たな海を駆け巡ることができる。もし、これを実現できたら、とんでもなく「おもろいこと」ができるのではないか。
そのためには、まず経営トップである私自身が、誰よりも深くAIにフルコミットする必要がありました。これが、私が2024年4月に新東通信の社長に再任して以来、AIに全霊を注いできた理由です。
