形式的な「開示」を脱却し、対話による企業価値の創出へ〜『さよなら 統合報告書』によせて(馬奈木俊介)

『宣伝会議のこの本、どんな本?』では、弊社が刊行した書籍の、内容と性格を感じていただけるよう、本のテーマを掘り下げるような解説を掲載していきます。言うなれば、本の中身の見通しと、その本の位置づけをわかりやすくするための試みです。今回は、九州大学 主幹教授の馬奈木俊介さんが『さよなら 統合報告書』(ウィルズ/パンハウス 共著)を紹介します。

『さよなら 統合報告書』。このタイトルを目にしたとき、現在の日本企業が抱える情報開示のジレンマを的確に捉えた問題提起だと感じました。

現在、日本国内における統合報告書の発行企業数は増加の一途をたどっています。しかし、その実態を見ると「他社も出しているから」「ルールで求められているから」という理由から、情報やデザインを整えるだけの「形骸化」に陥っているケースが少なくありません。

私は日頃から、環境や社会への配慮を単なる「倫理」や「CSR」として語る段階は終わり、企業が次世代の市場を生き残るための生存戦略へとパラダイムシフトしていると提唱してきました。国連の「新国富指標(IWI)」が示すように、自然資本や人的資本の毀損は、企業のバランスシートに潜む巨大な「隠れ負債」です。これを直視せず、表面的な書類上の開示で済ませることは、もはや取締役会の受託者責任(善管注意義務)をも揺るがすリスクとなります。本書が冒頭で提示している「統合報告書本来の役割の再定義」は、既存の市場のルールを内側から見つめ直し、企業行動の変革を迫るこの課題意識と軌を一にするものです。

書影 『さよなら 統合報告書』(株式会社ウィルズ / 株式会社パンハウス著)定価2,000円+税

さよなら 統合報告書』(株式会社ウィルズ / 株式会社パンハウス著)定価2,000円+税

本書の意義は、統合報告書という“形式”の限界を指摘するだけでなく、ステークホルダーとの「対話」を軸とした実践的なアプローチを提案している点にあります。

そのなかで提示されている、最先端AIを活用した次世代型IRの実践論は示唆に富んでいます。私自身が携わるaiESGの取り組みにおいても、AIを用いてサプライチェーンに潜むESGリスクを可視化していますが、根底にある狙いは本書と同じです。膨大な労力をかけて見栄えの良い報告書を作るのではなく、テクノロジーを活用することで、データに基づいた本質的な対話を実現することにあります。

このアプローチによれば、資金や人員リソースの限られた中小企業であっても、市場のルールチェンジに対応した高度なIR活動が可能になります。また、すでに統合報告書を発行している大企業にとっても、AIの活用は制作にかかる多大な時間と労力を削減する糸口となります。報告書の「制作作業」から解放され、浮いたリソースを投資家との「本質的なエンゲージメント(企業価値の共創)」に振り向けることこそが重要です。

企業の真の価値は、単年度の売上(フロー)だけでなく、インフラ、人、自然という3つの資本(ストック)をいかに育て、中長期的なレジリエンスを築くかにかかっています。

本書は、コストや人手不足で情報開示に悩む中小企業のIR担当者にとって、実践的なガイドとなるでしょう。同時に、報告書の作成プロセスに疲弊し、コミュニケーション本来の目的を見失いがちな大手企業の経営陣にとっても、自社のIRの生存戦略を見つめ直す良いきっかけとなるはずです。

情報開示はゴールではなく、ステークホルダーと新たな市場ルールを共創するための出発点です。これからの時代の企業価値コミュニケーションを模索する実務家にとって、参考になる一冊です。

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馬奈木 俊介

九州大学 主幹教授
aiESG代表取締役

九州大学 主幹教授。同大学都市研究センター長、およびユヌス&椎木ソーシャル・ビジネス研究センター長を兼任。 株式会社aiESG代表取締役、NCCC理事長、 専門は都市工学、経済学。自然・人的・物的資本を統合してGDPに代わる新たな基準となる「新国富指標」を提唱する。日本学術振興会賞を受賞。クラリベイト社「高被引用論文著者(Highly Cited Researchers)」(2023–2025年版)に連続選出されている。

さよなら 統合報告書

(株式会社ウィルズ、株式会社パンハウス著/定価2,000円+税)

「統合報告書」という “形式” に別れを告げ、未来を共創する “対話” へ。東大 松尾研発スタートアップ × IR支援のリーディングカンパニーが提唱する、最先端AIによる企業報告の変革「RX3.0」の全貌を公開。IR担当者はもちろん、企業の長期的価値を築きたいと考えている企業にとって必読のバイブルです。

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宣伝会議のこの本、どんな本?
宣伝会議 書籍編集部

宣伝会議書籍編集部では、広告・マーケティング・クリエイティブ分野に特化した専門書籍の企画・編集を担当。業界の第一線で活躍する実務家や研究者と連携し、実践的かつ最先端の知見を読者に届けています。

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