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ひきこもりでも共生できる社会を

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本記事では、宣伝会議「編集・ライター養成講座」東京教室39期修了生の山﨑富美子さんの卒業制作を紹介します。

――生きづらさを抱える人へ 新たな支援方法を求めて

100万人以上いると言われている「ひきこもり」。筆者もひきこもりの子ども(長男・31歳)を持つ母親だ。従来の支援方法が合わずに長期化している人もいるのではないだろうか。そこで、独自の方法で支援に取り組む3人に取材した。

悲しい記事と8050問題「ちぐはぐ感」が長期化の理由か

東北震災時に自宅から逃げることを拒んで津波の犠牲となったひきこもりの子どもと母親、元農林水産事務次官の長男殺害事件、愛知県では自宅の離れでひきこもり生活をしていた次男が死後2か月以上経過した状態で発見…。そんな悲しい記事が後を絶たない。

「8050問題(※1)」という言葉もよく聞かれるようになった。長期化が問題になっている。

※1 50代前後のひきこもりの子どもを80代前後の親が養っている状態で、ひきこもりの長期化と親の高齢化から引き起こされる社会問題。

筆者の長男も中学の時に過敏性腸症候群を発症、不登校になって次第に家から出られなくなった。心療内科を受診し、約8年服薬した。薬は増え続け、長男は「頭の中がいじられるようで嫌だ」と言って断薬した。NPOでカウンセリングも受けた。料金は1回あたり5千円。長男はお金がかかることを気にして行きたがらなくなった。そうこうするうちに15年近く過ぎていた。

国では平成21年度から厚生労働省が中心となって「ひきこもり対策推進事業」を実施している。その事業の柱の一つにひきこもりに特化した第一次相談窓口「ひきこもり地域支援センター」の設置がある。約10年前、筆者も相談に行ったことがある。事前に電話で予約をしなければならず、相談時間は平日の昼間だけ。相談できるまで1か月先まで待たされた。仕事を休んで相談に行ったら、「お子さんをここに連れて来てくれれば何とかします」と相談員に言われた。「本人が来られるくらいなら相談には来ないのに…」と失望させられた。今思い出しても辛くなる苦い経験だ。

また、障害者総合支援法に基づく就労継続支援事業と就労移行支援事業も実施されている。発達障害があってひきこもる人も支援対象となるが、事業所に通う必要がある。ひきこもりにとって通うこと自体、ハードルが高いのに…と思う。

従来の支援方法には「ちぐはぐ感」がある。ここに長期化する理由があるのではないか。我が家同様に生きづらさを抱えたまま日々をやり過ごしている当事者や家族は多いと思う。

希望を見つけたい―そんな思いで、支援に取り組んでいる3人に取材した。

保護犬とのふれ合いで ひきこもりの方の生き方支援(東京)
「ぷ楽ティス」代表 坂田則子さん

保護犬とのふれ合いを通してひきこもりの方の生き方を支援する活動「ぼくとハイタッチ」は今年の11月で7回目の開催を迎えた。参加しやすいように、参加費無料、申し込み不要、出入り自由となっている。

会場には椅子が丸く並べられ、真ん中に犬用のクッションやシートが敷かれている。開始時間に来る人もいれば、途中から来たり帰ったりする人もいる。隣り合った人と話す人もいれば、犬と触れあったり写真を撮ったりする人もいる。特に決まりや進行スケジュールはなく、その空間と時間を共有している。

犬と触れ合う様子(町田市・せりがや会館)

主催者の坂田さんは、以前、障害者就労移行支援事業所で支援員をしていた。その頃から生きづらさを抱える方の辛さや家族の苦しみに向き合ってきた。

退職後もひきこもり問題や犬の殺処分問題などの記事を見るたびに何かしたいという思いに駆られた。

アメリカの少年院で保護犬訓練プログラムを通して、自己肯定感や他者への愛情を持つといったテレビ番組を見たことがヒントになった。

「人と接することは苦手でも、犬と接するのは大丈夫だったり犬を介してなら話せたりする人も多いのではないかと思って。保護犬とのふれ合いが、家から一歩出ようと思えるきっかけになれば…」。

5年くらい前から「保護犬とのふれ合いでひきこもり支援をしたい」と、あちらこちらに相談していたが「素晴らしい」と評価されるだけで実現できずにいた。

そんな時に市役所で「まちだ〇(まる)ごと大作戦(※2)」のパンフレットを目にして迷うことなく応募した。

※2 町田市の市民や団体、企業などの「やってみたい」と考えている夢を、地域とのつながりを作りながら実現につなげる企画。2018年から2020年の3か年計画となっている。

活動を始めるにあたり「町田動物愛護の会」会長でドッグトレーナーの森本とも子さんに協力を依頼した。森本さんは坂田さんの考えに賛同し、保護犬団体「まちワン」を立ち上げた。

坂田さん(左)と森本さん(右)

森本さんは「飼い主と犬が触れ合うことで脳の下垂体から『オキシトシン』というホルモンが分泌されることが実証されている。相手への愛情を深めて絆を強めるホルモンで、人の心を癒す効果もある。ひきこもりの方の心も動かすと思う。保護犬は里親に引き取られる前にボランティアの家庭で預かってもらって、しつけや人間への信頼を取り戻してもらっている。その役割をひきこもりの方にも担ってもらえるようになれば、動物も人間も共に幸せになれる」と語る。

トレーナーの森本さんとマシュ(左)とヘブン(右)

坂田さんは「『まちだ○(まる)ごと大作戦』のチャレンジ事業の1つに承認されたことで活動がしやすくなった」と話す。

チラシを町田家族会や福祉関係の施設に置いていただいたり、ブログで発信したりして、徐々に認知度も高まってきた。今後は近隣の公園へ犬と散歩をする企画を練っている。

坂田さんは「ひきこもりの原因は一人ひとり違うので、その方を見て感じて…そこから始めないと信頼は得られない」と話す。

5年近く何かできないかと考え続け、ようやくその思いを実現する一歩を踏み出した。信頼関係を築くことを第一に誠意をもって進めていきたいと思っている。

◇筆者の家にも元保護犬がいる。我が家に来たばかりの頃は不安そうで遠慮がちだったが、今ではすっかり慣れて家族の一員として過ごしている。

一日のほとんどを自宅で過ごす長男にとっても、犬とのふれ合いは心を和らげるようだ。犬の話題で家族間の会話が増えるし、体調が良い時には一緒に散歩に出かけられる日もある。「ぷ楽ティス」の活動は、保護された犬にとっても生きづらさを抱える人にとっても良い支援方法だと思う。

利用料0円で在宅ワークを提案 3年間で約70名が復帰(愛知)
NPO法人社会復帰支援アウトリーチ 代表理事 林日奈さん

「働けない人から利用料をもらおうと思ったら二の足を踏む。二の足を踏ませて社会復帰が遠のくようなことはしたくない」

そう語る林さんは復帰を望む人からは利用料を徴収せずに寄付や講演料でNPO法人の運営を賄っている。

林さん。都内のカフェで。

「彼らを『ひきこもり』とは呼ばない。働く意欲はあるのにコミュニケーションが苦手で就労につながらない。『就職困難者』と呼んでいる」

支援を始めたきっかけは会社員の次男がひきこもりになったことだった。次男はブレーキが壊れて走り続けてしまうタイプ。頑張りすぎて疲れ果て、うつ病を発症した。

当初、支援機関に相談したが、ひきこもっているのにもかかわらず「通ってください」と言われた。しかも集団の場所へ、決められた時間に。思うように外出できず、電話もできない状態なのに「そんなの無理でしょう」と思ったそうだ。

次男がひきこもって2年、知人から紹介されたポスティングの仕事を薦めてみた。人と接しない仕事だったこともあって、すんなりと受け入れ、それをきっかけに徐々に社会復帰を果たすことができた。

働きはじめて活き活きとしている次男の様子を見て「ひきこもっている=働きたくない」ではないのだと確信した。ひきこもっていても働きたい気持ちはある、タイミングや職種さえ合えば働ける人が他にもいるのではないか―そんな仮説が頭に浮かんだ。

仮説を検証するために、うつ病で離職している人を紹介してもらい、どんなサービスが必要かヒアリングした。提供できるサービスをリサーチし、実際に提供してみてモニタリングする。手ごたえが感じられたら続ける。繰り返すうちに独自のノウハウを確立した。

独自のノウハウとは①カウンセリング・居場所づくり・コミュニケーションスキルなどはしない ②ひきこもっている状態からいきなり外に出て仕事をするのはハードルが高いので在宅ワークから提案する、といったものだ。

これまでの就労支援。相談からいきなり、福祉等の就労支援はハードルが高くつまずいてしまう。(アウトリーチのホームページから)

林さんは「そもそも外に出ていくことが困難だからひきこもっているのに苦手を克服しなければ働けないというのはいかがなものか。克服するまで待っていたら、どれだけ時間がかかるのか」と言う。

「ひきこもり支援」と言うから「ひきこもっている人を外に出さなければ」という考え方になる。「就職困難な人を支援する」となればアプローチの仕方は変わってくる。世の中には在宅で仕事をしている人もいる。ならば、彼らが在宅で仕事ができるような支援をすれば良いのではないか。そう考えた林さんは在宅でできる仕事がある企業と働きたい意欲のある当事者間のコーディネートを行った。当事者のニーズを聞いてニーズに応えるサービスを提供する。いたってシンプルなステップだから復帰までが早い。林さんはノウハウがわかったのに、やらないのは罪だと思った。そこで本格的な就労支援に取り組むため、2016年4月に「アウトリーチ」を立ち上げた。

アウトリーチの社会復帰ステップ。従来の支援方法の隙間を埋めることで、早い社会復帰につながる。(アウトリーチのホームページから)

「アウトリーチ」ではLINE(ライン)で問合せが来たら在宅ワークをするか確認し、OKならワークを提案して取り組んでもらうという流れで実施している。新規の問合せは2日に1人くらい、全国から来る。

11月からは家族をサポートできる人材を増やすために社会復帰サポーター養成講座事業も開始した。

林さんは「『働くのが嫌で楽をしたいからひきこもっている』と思っている家族もいる。彼らが家にいるのは居心地が良いからではなく行き場がないだけ。本人が働きたいと思っていることを疑わないでほしい。家族が考え方を変えることが大事だ」と話す。

現在、登録している人の8割が女性。女性の場合は在宅ワークをするうちにもう少し働きたいという気持ちになって、会社見学をして就労につながるケースが多い。だが、男性はなかなか会社見学のステップに進まない。そこで、その前のステップとして、就労支援付きコワーキングスペースを全国に作りたいと考えている。

法人立ち上げから3年間で70人を超える人が社会復帰した。

「就職困難者は、200万人はいる。その内の3分の1はルートさえ作ればすぐにでも働ける人たちだと思う。全国に仲間を作ってノウハウを広めていきたい」

林さんはこれまでに培った経験をもとに次のステップへと準備を進めている。

◇日経新聞朝刊(11月13日)で『2019年の「スマートワーク経営調査」では、在宅勤務を取り入れている企業が半数を超え、53%となっている』という記事を読んだ。在宅就労ができるインフラはすでに整っている。

筆者の長男も在宅ワークをしようとクラウドソーシングサービスに登録したことがある。だが、既存のサービスは就職困難者向けにあるわけではない。当然のことだが、社会人経験が乏しく未経験でもできそうな案件は少なかった。ようやく見つけて取り組んだ案件は、1日やっても終えることができず、お金を得ることができなかった。林さんも「1時間がんばっても50円にもならない」と話す。だから、林さんは自ら営業活動をして提案できる仕事を探している。在宅ワークの仕事の提供に協力する企業が増え、利用者から料金をもらわずに取り組む林さんのような団体を国が助成することを切に望む。

また、働く気持ちはあっても外に出られない人を対象に、国には無料か安価で利用できるEラーニングシステムを構築してほしい。就労に必要なスキルを学べる機会があれば、チャレンジできる仕事の幅も広がり、社会復帰につながる人が増えるのではないか。

中高年のひきこもりが生活保護予備軍になると言われている。国が支援に費用をかけて生活保護受給者を減らすことができれば、社会保障費の削減につながると思う。ひきこもりと呼ばれる人が在宅ワーカーになれば超高齢社会で働き手が減少していくことへの対応策にもなるはずだ。

民間企業で社会貢献事業 世の中に良いことをやる(東京)
木村利信さん

「社長から『世の中に良いことを一緒にやっていきましょう』とメールが届いて…」と話す木村さん。

約15年間、NPO法人の理事長として障害者の就労支援事業に携わってきたが、今年10月に民間企業(本人の希望により企業名は非公開)に転職した。

現在、就労継続支援(B型)と就労移行支援の事業所の開設準備中だ。

木村さん。ご自宅で。

また、福祉分野のCSR(※3)を推進するマネジャーも兼務している。より多くの人を受け入れ、高い賃金を払えるようにする。活き活きと働ける環境と本人が望む仕事ができる仕組みを作る―そんな社会貢献事業をしたいと考えている。

※3 Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)の略。特に社会貢献活動はCSRの中でも企業が熱心に取り組む分野となっている。

木村さんは「NPO法人では法律の範囲内でしか活動ができないこともあり葛藤があった。企業なら独自の社会貢献事業ができる。より幅広い支援ができると感じている」と語る。

事業の一つとして在宅就労支援事業を考えている。在宅でできる仕事を発生する仕組みを作れば、外に出ることができない人も働くことができる。

様々なスキルを持つ就労困難者がいる。音楽が作れる人、絵が描ける人、プログラミングができる人、ちぎり絵がうまい人…。彼らの作品を商品として市場に出回るようにしたい。
また「作品は作れないがデータ入力はできる」という人がいれば、そのニーズに応えるための仕組みをつくる。何かしたいと思っている人には、アウトリーチしてどんな支援が必要なのかを知るところから始める。その人の持ち味が活かせることや興味や関心のあることを提案していく。

また、木村さんは、彼らをテクノロジーが後押ししてくれると考えている。

既にeスポーツでひきこもりの若者を支援する事業なども出てきている。

今はゲームも簡単に作れるようになってきた。キャラクタ―を考える、シナリオを考える、BGMを作るなど、得意な分野を担当してメールでやり取りしながら一つの作品を作り上げることも可能だ。

VR(バーチャルリアリティー)の技術も進化し続けている。映像を撮ったり編集したりする仕事の需要も増えるだろう。例えば地方に住んでいる人が山や森などの自然の風景を360度撮影する。都会に住む人はその映像をVRで体験する。それをサービスとして提供する仕組みを作ることも「あり」だと思う。

木村さんは「文化が変わってきている。(ひきこもりの人にとっても)働きやすい時代になってくるのではないか」と話す。アイディア次第で可能性は際限なく広がるはずだと。

◇取材中に「ひきこもりの中には発達障害を抱える人も多い」と言う話題になった。筆者の長男にも思い当たる節がある。小さい頃からこだわりが強い、対人のお店で買い物ができない、大量の手汗をかく―など。診断してもらったほうが良いと思うが、良い専門医に出会えるか、本人が通院に同意するか。そう考えるとなかなか踏み切れずにいる。就労による収入が0円で国民年金を支払っている人を対象に、市町村が発達障害のアンケート方式の簡易診断調査を行い、可能性がある人には専門医を紹介してくれたら良いのにと思う。

かながわ子ども・若者相談センターとのやり取り

◇平成30年度から市町村でのひきこもり支援の充実が図られることになった。神奈川県では10月からLINE(ライン)で土曜日も相談できるようになった。筆者も相談してみた。医療機関とつながることが良いと助言され電話で相談できる窓口を案内された。

そこまでは良かったのだが、平日昼間の時間帯しか利用できなかった。月に数回は土日に相談できる、メールやLINE(ライン)などでも相談できるなどの方法があると良いと感じた。木村さんの言うようにテクノロジーが後押しして支援方法が充実することを期待したい。

ひきこもりでも共生できる 社会の実現に必要なこと

取材した3人の方には共通するものがあった。それは「あきらめない」ことと「支援方法の手段が存在していなければ、自ら作り出す努力をしている」ことだ。

あきらめずに思いついたことを地道に続けていく。同じ志を持つ人や支援する企業や団体が増えてテクノロジーが後押しする。それが、ひきこもりでも共生できる社会の実現につながることに期待したい。

そして、ひきこもりの子どもを持つ私たち親は、子どもを追い詰めずに焦らずあきらめず、希望を失わずに向き合っていく覚悟が必要ではないだろうか。

木村利信さんの現在

取材当時、開設準備中だった就労支援施設もほぼ完成しているが、公表はまだ先とのこと。木村さんは仕事の傍ら、障害がある子供が通う都立の特別支援学校の学習支援(重度障害の生徒にテクノロジーを使って授業)も行っている。

 

山﨑富美子

一般社団法人全国個室ユニット型施設協議会 事務局

半導体メモリテスタメーカーのソフトウェア部でユーザーサポートを担当していたが、結婚直後に膠原病が発症したため退職。その後、1男1女を出産。子育てを経て、パソコンスクールに再就職。約15年、マイクロソフト認定トレーナーとして、試験対策講座や失業者対象の職業訓練などを担当。夫との死別、同居の両親が認知症と診断されたことなどをきっかけに、2014年、現在の職場に転職。2018年、通信教育で学び、社会福祉士を取得。現在は、高齢者施設の職員向け研修の運営や広報などを担当。2016年、2歳の黒柴の里親に。2021年4月、免疫介在性の貧血で治療の甲斐なく急逝。現在は、3歳の黒柴の里親。