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【ACC特別対談】PARTY中村洋基 × NOT A HOTEL濱渦伸次「イノベーションとは、当たり前にできるはずのことを実現すること」

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昨年のACC クリエイティブイノベーション部門でグランプリを受賞した「NOT A HOTEL」。購入した不動産をアプリ上で自宅にも、別荘にも、ホテルにも切り替えて運用できる画期的なサービスで、会員権をNFT化する販売方法の新しさでも話題となった。今回、審査委員長の中村洋基氏が濱渦伸次社長に話を聞く特別インタビューが実現。NOT A HOTELが生まれるまでのストーリー、そしてイノベーションをめぐる2人の対話をお届けする。

濱渦伸次(はまうず・しんじ)

NOT A HOTEL 代表取締役。アラタナ(現ZOZO)創業者。2015年M&AによってZOZOグループ入り。ZOZOテクノロジーズ取締役を務めた後、2020年4月1日NOT A HOTELを設立。1983年宮崎生まれ。

中村洋基(なかむら・ひろき)

PARTY Creative Director/Founder、ヤフー メディアカンパニーMS統括本部ECD、電通デジタル客員ECD、combo 代表取締役。ACCクリエイティブイノベーション部門審査委員長。

8億円の物件が「ショッピングカート」で売れた!

中村:ACC クリエイティブイノベーション部門(以下CI部門)審査委員長の中村です。今回はACC応募直前スペシャル!ということで、昨年、CI部門で見事グランプリを受賞した「NOT A HOTEL」代表の濱渦伸次社長をお呼びしております。

濱渦:NOT A HOTELの濱渦と申します。NOT A HOTELは、2020年4月につくった会社です。ちょうど日本が最初にロックダウンした時に資金調達をしながら人を集め、ようやく実際の建物が建ったタイミングでいただいた賞なので、非常に嬉しく思っています。

中村:そうですよね。その時期の資金調達はものすごく大変だったんじゃないですか?

濱渦:周りからも「こんな時にホテルを始めるなんて、気は確かか?」と言われました。NOT A HOTELで、僕らは2つのチャレンジをしています。ひとつ目が、ホテルを建てる前にCG画像の段階で販売すること。2つ目は、これまでのホテルの枠に収まらない建築を実現することです。

建築物によっては、坪あたり800〜1000万円にもなりますし、部屋の広さも300平米を超えていたりとこれまでの常識をくつがえすものです。イレギュラーだらけのプロジェクトだったため、投資家の理解を得るのは相当難しかった。ただ、僕は2015年からZOZOで子会社の社長をしていたので、いきなり「宇宙に行く!」と言い出す前澤(友作)さんに比べたら、僕のチャレンジは全然普通です(笑)。

NOT A HOTELウェブサイトより

中村:両方変態ですね…! NOT A HOTELの実現にあたって、ZOZOでの体験が影響を与えているということですか?

濱渦:前澤さんは「これが世に生まれたら、どんな使い方をされて、どんな人たちが感動して社会貢献につながるのか?」というストーリーをすごく考える方です。その姿を間近で見てきたので、「自分が世の中にインパクトを与えるとしたら、何をすべきか?と常に考えています

NOT A HOTELでは、最初に「これまでになかったホテルを」という思いがありました。でも、それは普通のやり方では実現できない。そこで「実際にお金を出してくれるのは誰か?」と考えたら、それはこのホテルを使いたい人だよね、と。しかも、CGの段階で販売できれば、手持ちの資金がなくてもいけるはず!というのが最初の発想でした。

そして、不動産のEC販売ページに「今すぐ購入」ボタンをつけたんですよ。販売初日、24時間で15億円分の権利が売れたのですが、そのすべてが「ショッピングカート」で買われたのが面白いところで(笑)。そのうちの8億円分は、1人のお客様がカートで一度に買われたんです。

中村:ええ〜!?それ、ホントですか!

濱渦:モデルルームがあるマンションと違い、僕らはCG以外何もないわけです。そこから想像を膨らませて、8億円の建物をカートで買うという体験は、今までなかったはず。周りには「絶対に売れる」と公言したものの、正直めちゃくちゃドキドキしてました…ただ、いざ出してみると「購入通知」がどんどんやって来るわけです。

NOT A HOTEL NASU(デザイン:SUPPOSE DESIGN OFFICE)Photo by KOZO TAKAYAMA

中村:販売価格というのは、どのように決められているんですか?

濱渦:基本的には、ホテル一棟分の金額を12分割した価格が一単位となります。つまり、予算の12倍の別荘を買える、ということです。ただ、それでも数千万円の資金が必要になりますよね。そこで始めたのが、建物の「365分の1」の値段で権利が買えるNFTの試みです。これは、年に1日だけホテル一棟を使える権利を有する、という意味です。うちの社員にも買える価格のプロダクトにしたくて考えました。これも「絶対に売れないよ!」と言われましたが、既に7億円以上を販売しています。

中村:すごい。NFT部分だけで7億円…!

濱渦:よく勘違いされるのですが、僕らは「富裕層向けの別荘」をネットでバンバン売っているわけではないんです。やりたいことはその真逆で、これまで富裕層しか体験できなかったことの民主化です。そのために「すべての人に『NOT A HOTEL』を」というメッセージを掲げ、誰にでも手が届くものにしたいと考えているんです。

普通のホテルの方が、自分にとっては「謎だらけ」だった

中村:僕は、NOT A HOTELで「本質的なNFTの使い方」を初めて見たという印象を受けました。現状、データ量の制限とブロックチェーンの特性から、NFTは「会員権」としての使い方が非常にまっとうだなと。販売方法にNFTを採用したきっかけは何だったんですか?

濱渦:実は、NFTにはあまり詳しくなかったんですよ。コインチェック創業メンバーの大塚(雄介)さんとご飯に行った時、「『NOT A HOTEL』はNFTに向いてるよ」と言われて。「あ、そうなんだ!」というノリで始まったんです。

中村:なるほど。ただ、そうはいっても僕はマーケティング畑の人間なので、人は8億円分の不動産をいきなりショッピングカートに入れたりしないだろ!?と考えるわけです。そこを「やっちゃおうぜ!絶対いけるから」と実現してしまう原動力って、なんですか?

濱渦:僕も昔からWebマーケティングをやってきたので、受け手の「琴線」がどこにあるかをすごく考えます。ただ、このプロダクトだけは欲しい人の「顔」が見えなかった。そこで、僕が欲しいかどうかだけで決めました(笑)。元々、年間100日間くらいホテルに泊まる生活をしていて、ホテルは大好きなんですよ。

でも、名作のヴィンテージ家具を置いたホテルはないし、よくよく見たらハリボテ、という建築も少なくない。じゃあ、完璧に自分の理想のホテルがあれば、カートでも買うだろうな、と。まぁ最悪、誰も買ってくれなかったら自分でカートに入れて買おうかな、と。

中村:なるほど!たしかに前例のない場合は究極、そこですね。「自分だったら買うのかどうか」。

取材中の様子。左が中村さん、右が濱渦さん。

濱渦:NFTの値段については、社員に「いくらなら欲しい?」と聞いて回りました。8億円の物件なら、現在185万円から購入できます。それによって1泊3万円台で年に一日、500平米以上もある別荘に泊まれるわけです。その権利が47年間続く、と。じゃあ、これが47枚綴りの紙のチケットだったら買うのかどうか?と発想していって、販売方法がたまたまNFTになっただけで。そんな導き方をしましたね。

中村:確かに、高級ホテルは一泊3万円台じゃとてもきかないですもんね。そう考えると、そのおよそ10倍も面積がある、夢のような場所に3万円台というのは安い…。

濱渦:ただ、ひとつ制約条件があって、毎年泊まれる場所と日づけはランダムなんです。ビジネスロジック上、ホテルのオーナーたちが使わない日を僕らが買い取り、その空き枠を埋めるためにこのNFTがあるわけです。ただ、それが「ガチャ」で決まるとなると、面白くないじゃないですか?そこで「偶然を、旅する日に」という非常に使い勝手のいいコピーを思い付いたわけです。

中村:いや〜!これはACCの受賞理由でもありますけど、「こういうことができたらいいよね、でもできるのかな?ということをブレイクスルーして、現実に落とし込む力がすごすぎます。ACCの審査の場では、NOT A HOTELのインターフェイスも話題になりました。これは、すべてのNOT A HOTELの設備をスマホからまったく同じUIで操作できるわけですよね?

濱渦:そうですね。ホテルに宿泊する時って、毎回スイッチ周りで困りませんか?そのあたりのUI、UXを統一してくれればいいのに、とずっと思っていたんですね。ドライヤーはいつも隠してある(しまってある)し、照明の操作方法もわからないし。ホテルって謎だらけなんですよ。

中村:ドライヤー、隠してありますね(笑)。お話を聞いていると、従来の慣習や、ホテル業ならではの課題を超えていくこと。それが濱渦さんにとってのイノベーションなのかな、と思うんですが。他にはどんなホテルの謎がありましたか?

濱渦:例えば、ホテルをつくる段階でもありました。何十億円もかけて建ててから、30年間不測の事態が何も起こらない、という前提で回収していくわけじゃないですか。そういう普通のつくり方の方が、逆にチャレンジングじゃないですか? 運営面でも、理不尽な点を挙げたらキリがないんですよね。全ては旅館業法で決まっているからやっているわけですが、その法律自体が何十年も変わってないんですよ。

中村:そういうことに気づくと、「絶対にブレイクスルーしてやる!」みたいに思うんですか?

濱渦:合法的に問題を回避するには、どうすればいいか?と考えますね。弁護士と協議を重ねた上で、技術的にも法律的にもなんとか解決できる方法を見つけて、そこを突破するという感じです。たぶん、日本で一番弁護士費用を使っているスタートアップだと思います(笑)。

普通の「ワクワク」では足りない!目指すのは「超ワクワク」

中村:クリエイティブイノベーション部門の審査では「イノベーションとは何か?」という議論もあるのですが、濱渦さんにとって、「イノベーション」とはどんなことを指すのでしょうか?

濱渦:イノベーションというのはつまり、「超ワクワクするかどうか」だと思います。普通の「ワクワク」程度ではダメ。それに「超」がつくぐらいのワクワクがあるか?例えば、カートボタンで億単位の不動産を「ポチッ!」と買えるようにした。それは、超ワクワクするポイントですよね。

「すごく当たり前に見えるのに、今までできなかったこと」って、実は驚くほどあるんですよ。そこにちょっとしたアイデアを出すことで、誰もが「超ワクワクするもの」に変えていく。だから、イノベーションって実は「当たり前のことをできるようにすること」なのかもしれません

中村:なるほど、名言いただきました!ここからは濱渦さんの個人的な体験もお聞きしたいのですが、昔は宮崎にいらっしゃったんですよね? VJやカメラマンをしていて、仲間とバーベキューでお酒を飲んでいる最中に突然「相対性理論のコードを思いついた!」とFlashのActionScript 2.0で書き始めたという逸話が…

濱渦:Wikipediaに載っていますよね(笑)。20歳ぐらいの時は宮崎でVJをやっていたんです。クラブで友だちもできたので、みんなが集まれるカフェをつくろう、と。ところが、「友だちだからタダで酒飲んでいいよ」とか言ってたら、半年でつぶれてしまって…(笑)。

中村:その話とNOT A HOTELの立ち上げとは、いささか落差がありすぎるんですが(笑)、ブレイクポイントはどこにあったのでしょう?

濱渦:カフェがつぶれた後、借金ができたので、その返済のためにウェブサイトをつくる仕事を始めたんですね。地元のアパレルショップのECサイトで、10万円を超える高級ダウンジャケットを日本一売ったんです。そしたら、商店街中に僕の噂が広がって「うちのホームページもつくってよ!」という声がけが増えて。「これで起業しよう」と思いました。

中村:なるほど!高価格帯の商品をEC販売する、という点が今とつながっていますね。

第一弾の拠点として故郷の宮崎に設立したNOT A HOTEL AOSHIMA(設計:大堀伸 / ジェネラルデザイン)Photo by KOZO TAKAYAMA

濱渦:当時も「ネットじゃ洋服なんて売れない」と言われましたが、その後、会社をバイアウトしてZOZOに参加して、2007年頃からすごい勢いで伸びましたからね。だから「ネットじゃ不動産なんて売れない」と言われている今が、なんだか心地いいというか…(笑)。

中村:きっと「コレ売れるかも!」という濱渦さんの嗅覚は、その時の原体験とつながっているんでしょうね。

どん底で味わった「塩そうめん」の味を忘れない

中村:濱渦さんは、ご自身をどんなタイプの人間だと思いますか?イノベーションを生み出す人の資質には、何か特徴があるのかなと思って。

濱渦:僕は、生まれも育ちも学歴も普通なんですが、唯一の強みが「痛みに強い」ことだと思っています。カフェをつぶした当時、21歳で1000万円の借金を抱えました。あの頃が人生で一番つらかった。当時は、消費者金融で借りたお金の金利が27%もあったので、日毎にどんどん増えていくんですよ…。

中村:地獄ですね…。

濱鍋:さすがに「これはヤバい!」と思って、猛烈に働いて、一年で返済したんです。金利について初めて勉強したのもこの時です。バイトをいくつも掛け持ちして、一年間、一度も布団で寝なかった。ある時、友達からそうめんを恵んでもらったんですが、つゆを買うお金もなくて。塩をかけて食べたら、すごく寂しい味がして…。だから今も、そうめんは大嫌いです(笑)。

中村:あははは!

濱渦:イノベーションにチャレンジする時って、いろんな壁にぶち当たるわけですが、あの時以上に辛いことはないので、全く痛みを感じないわけです。だからこそ、チャレンジしやすいのかもしれないですね。

中村:なるほど。一度、血ヘドを吐くような体験をされたからこそ、今があるんだと。現在NOT A HOTELにいる社員はどんな人たちなんですか?

濱渦:去年の期初にはわずか7人でしたが、そこから一年経った今、100人を超えるまでに成長しました。入社してくる人の特徴でいうと、経験豊富で痛みにも強い「2回転目」の人が多いですね。

当社には評価制度がありません。会社の業績に応じて、全員同じ割合で賞与が出るし、給与もその時の業績で一律に上がります。個人的には、評価制度がない会社というのは「超自律的」な組織なので、ストレスがないと思っています。ですから、来てもらいたいのは「超自立した人たち」と、今までのやり方に縛られたくない人たちですね。AIによって仕事がどんどん自動化されていく今の時代、「これが好き」とか「これがしたい」という”人の気持ち”が一番大事だと思いますね。

中村:僕も会社経営をしていますが、ほとんど同じなのですごくシンパシーを感じます。最近、評価制度をつくっちゃったんだけど、やっぱりやめようかな…(笑)。よければ、今後のNOT A HOTELの動きについてもお話しできますか?

濱渦:今は拠点が2ヵ所ですが、同時に十数カ所の開発を進めているところです。洋服とか食べ物と違って、家だけは気軽に選べませんよね。NOT A HOTELは、「今月はここに住もう」みたいに、暮らし方をもっと自由に選択できるプラットフォームにしたいんです。例えば、ひとつの都市に1ヶ月住める家を12個持っているとしたら、それは「世界中に自分の家がある」状態です。それができたらすごく楽しい世界になるはずだし、もはやホテルとは言えない。そうなれば、本来の「NOT A HOTEL」としての完成度も高まると思います。

2023年夏オープンのNOT A HOTEL ISHIGAKI(建築家:藤本 壮介)。北軽井沢と群馬県みなかみにも同時期オープン。

中村:それを聞いたら、買いたくなっちゃいますね(笑)。子どもが中学に行ったらかな。

濱渦:いや、今がいいと思いますよ!

中村:(笑)最後に、今年もACCのクリエイティブイノベーション部門の応募が始まります。応募を考えている、世の中を変えるようなアイデアを仕掛けている人に向けて、一言お願いします。

濱渦:先ほど話したように、イノベーションというのは「当たり前にできるはずのことを、できるようにする」ことだと思うんですね。ですから、課題を見つけた時点で半分は実現したようなもの。あとはそこを突破するだけなわけですから。最初から無理と思わず、あきらめずにやり続けること。それが人生にとって価値のあることなのかな、と思っています。

中村:ありがとうございます。ACC CI部門では、スタートアップや新規事業プロトタイプ、クラウドファンディングや地方創生など、社会に新しい価値をインストールするプロジェクトを大募集しています。応募期間は、6月1日から30日までですので、ぜひNOT A HOTELに続く新しいチャレンジを応募してください!

6月から募集開始!
ACC クリエイティブイノベーション部門は、「ビッグアイデア×テクノロジー」に優れたプロジェクト・事業の登竜門です。スタートアップ、企業発の新規事業・プロジェクト、クラウドファンディングなど、イノベーティブで創造性が高い、世の中を変える可能性がある作品を募集します。

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