「広告」が担うべき使命とは? 狭い釣り堀でユーザーを取り合うのではなく、新たな羅針盤となるべき

広告スキップが常態化している昨今、広告費の高騰や効果の頭打ちなどに悩む企業は少なくないだろう。その背景には、コンバージョンの獲得を優先するあまり、過度なターゲット思考に陥っているという構造的な問題がある。宣伝会議が7月に福岡で開催した「マーケティングサミットリージョナル」でBBDO J WESTの今井美緒氏とPARTYの眞鍋海里氏が対談し、ユーザーから歓迎され、長期的なブランド資産を築ける広告コミュニケーションをいかに設計すべきか、そのアプローチについて語られた。

コンバージョン成果主義の弊害

眞鍋氏は「『広告』という船は転覆しかかっている」という切り口から、広告業界の現状を示す問題を提起した。この強い課題意識は、眞鍋氏が参画するサイバーエージェントとPARTYの共同事業会社「新たな細胞」の設立背景にもつながっている。右肩上がりの成長を続けるインターネット広告市場。その輝かしい功績の裏側で広告コミュニケーションは、深刻な状態に陥りつつあると、眞鍋氏は指摘する。

その要因とは、「ターゲット指向」と「コンバージョン成果主義」への過度な傾倒だ。眞鍋氏はこの現状について、「釣り堀」の比喩を用いて説いた。現在の広告運用は、限られた魚(ターゲット)を囲い込み、釣果(CV)を上げるためだけに、無差別に餌(広告)を投下し続けている行為に他ならない。過剰なフリークエンシーは、ユーザーに嫌悪感を抱かせ、アドブロッカーや有料プランでの広告回避を加速させている。その結果、広告が広告自身の価値を毀損し、負のスパイラルに陥っていると眞鍋氏は警鐘を鳴らした。

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広告は新たな欲望を創出し育む役目がある

広告という船を沈ませないためには、どうすべきか。眞鍋氏は、釣り堀と化している現状から抜け出す考えとして、「欲望に応える」だけではなく、「欲望を創出し、育てる」という両軸の発想を提唱した。これはターゲットを囲い込み、有象無象の餌を投下しているフィールドから、「豊かな大海」へとシフトチェンジするアプローチとなっている。広告とは本来、新たな感動や憧れ、価値観を提示し、マーケットそのものを拡大させることができる。

事例として、眞鍋氏は自身が手掛けた「スタディサプリ『18の問い』」や近畿大学の地上波ドラマ「フューチャー!フューチャー!」を挙げた。これらの施策は、直接的な便益を訴求するのではなく、心を揺さぶる体験や物語を通じて、ユーザーの内面に働きかけている。新たなニーズの源泉となる欲望を育み、ブランドとユーザーの間に強固なエンゲージメントを築き、新しい未来に導くことこそが、広告の本来あるべき姿なのではないかと、眞鍋氏は問いかけた。

広告を通じてブランド価値を上げるには

「豊かな大海」を創造するために、クリエイターやマーケターが心得ておくべきことは何か。眞鍋氏は、「広告は、つねに”公告”であるべきだ」ということを言う。広告は、公共の電波や空間という社会インフラを借りて展開される。であるならば、特定のターゲットに商品を売り込むだけでなく、その場に居合わせたすべての人々に対し、何らかの価値を提供する義務がある。情報を詰め込んだだけのクリエイティブは、公共の場を私物化し広告そのものの価値を落とす行為と同じだ。そして、「広告はブランドの価値を上げると同時に、広告の価値も上げる必要がある」と言った。

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次に眞鍋氏は、「価値ある広告」を落とし込むための具体的な方法として、「ビッグトリガー」と「ディープアンカー」を挙げた。まず、情報の洪水の中で人々を一瞬で振り向かせる、強力な「気づきや問いかけ(ビッグトリガー)」を放つ。次に、振り向いた人の心に、ブランドの思想や価値観を深く突き刺し、長く留め続ける「愛着や共感(ディープアンカー)」を仕掛ける。この二段構えによって、広告は単なる情報から、個人の記憶に刻まれる体験へと昇華される。広告を、瞬間的なものではなくLTV(生涯価値)で捉え、「賞味期限」の長いクリエイティブを目指すこと。これこそが、広告を通じてブランド価値を底上げするために考えるべきことだという。

クライアントもリスクを背負う覚悟が不可欠

眞鍋氏が提示したマクロな課題提起に対し、BBDO J WESTの今井氏は、地方のクリエイティブ現場から得たリアルな実践知をもって応えた。今井氏は、自身が手がけたシャボン玉石けんやアイキューブドシステムズの広告が、少人数・低予算ながら大きな反響を呼んだ事例を紹介。これは、多くの人員と予算を投下しても「カスリもしない」ことがある大規模プロジェクトとの鮮やかな対比をなす。

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さらに今井氏は、人の心を動かす挑戦的な広告には、クリエイターだけでなくクライアントも「共にリスクを背負う」覚悟が不可欠だと強調した。その上で、クライアントとの距離が近く、ビジョンを共有しやすい地方の環境にこそ、業界の閉塞感を打ち破る鍵があると訴えかけた。

広告が本来持っている価値とは。眞鍋氏は、その答えを「セレンディピティ(偶然の素敵な出会い)」という言葉に見出す。アルゴリズムが最適化した情報だけが届く「フィルターバブル」の現代で、人々は知らず知らずのうちに自身の可能性を狭めている。そんな時代に広告だけが唯一、人々にセレンディピティを与え、未知の世界や新たな自分像を発見させる「羅針盤」となり得るのだ。講演のクライマックスで、眞鍋氏はサン=テグジュペリの言葉を借りて、その思想を集約した。「船を作りたいのなら、人を集めて木を切り出したり、仕事を割り振ったりする必要はない。代わりに、果てしなく続く広大な海への憧れを説いてやりなさい」。

これからの広告が担うべき使命は、製品のスペックを羅列することではない。その製品やサービスがもたらす、より豊かで素晴らしい未来への憧れを、人々の心に灯すことだ。このフィロソフィーを社是として実践し、世界を席巻したのが「Netflix」に他ならない。広告は、ユーザーに嫌悪感を与えるクリエイティブであってはならない。人々の人生を、より豊かな世界へと導く「案内人」であるべきだ。今井氏と眞鍋氏の対談講演は、広告という仕事の尊厳と無限の可能性を指し示す、力強いメッセージと共に幕を閉じた。

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