社内の新規事業コンテストで採択された企画
──まずはmitaseruについてどのようなサービスか教えてください。
松本:厳選お取り寄せグルメプラットフォーム「mitaseru」は2023年4月に本格ローンチしました。一般的な監修商品とは異なり、実際にお店で提供されているレシピを使用して同クオリティを保った調理工程を再現できるという点が飲食店から高い支持を得ています。
このサービスは、三井不動産が2018年から開催している事業提案制度「MAG!C」で採択されたもの。不動産領域を超えた新たなイノベーションを起こすタネを社内から見つけていく制度で、私と佐々木もコロナ禍真っ只中の2020年12月に応募し、21年10月に審査を通過して、事業化への第一歩を歩み始めました。2年間の猶予期間で事業化に向けて準備を進めていきました。
有名店で食べるあの味を究極まで再現した手づくりフローズンディッシュをお届けするサービス「mitaseru(ミタセル)」
──新規事業立ち上げに際し、どんな課題がありましたか。また、なぜグッドパッチと組むことを選んだのですか。
松本:プレゼンを通過したものの、コンテストの担当役員の植田俊(当時。現在は代表取締役社長)から「本当にターゲットがいるのか、商品が売れるのかマネタイズポイントをしっかり探るように」とアドバイスがありました。確かに、この構想が絵に描いた餅ではないかリサーチする必要がありました。
佐々木:そこで、MAG!C運営事務局から紹介を受けて、グッドパッチに立ち上げ前のリサーチと初期プロトタイプの実装をお願いすることにしました。
「ここまでやるのか」と驚いた、顧客解像度を上げる方法とは
──具体的にどのような取り組みを行ったのでしょうか。
米田:デザインストラテジスト、プロトタイプをつくっていくUIデザイナー、私含めたリサーチャーの4人チームで松本さん・佐々木さんとプロジェクトを進めました。顧客像の明確化が焦点だったため、日記調査、エスノグラフィー調査(観察調査)などを行いました。
日記調査は、一定期間に対象者が利用シーンの写真や商品の感想などをチャットツールで送ってもらいます。その内容をもとに、料理にまつわる困りごとなどを抽出していきます。投稿内容から、利用シーンのみならず「献立の組み合わせを考えることが煩わしい」や「皿洗いや開封後のパッケージの廃棄などが面倒」といった食事前後の課題を見つけ出すことができました。
日記調査の実際の投稿
観察調査では、商品を入れるパッケージ、解凍手順を記したチラシ、実際に使える状態に近いECサイトまで用意したプロトタイプを試用してもらい、自宅に訪問して体験している様子をうかがいながら、インタビューをしました。この調査では、「ECサイトでは料理写真が陶器に盛り付けられ美味しそうに見えたのに、自宅で解凍して自前の味気ない皿に乗せた途端にまったく違う印象になってしまった」といった声があがるなど、顧客体験を上げるための改善ポイントの発見につながりました。
佐々木:これらの取り組みによって、顧客の解像度が格段に向上しました。私たちもリサーチとして年齢や性別、ライフスタイル、マーケット分析などを行っていくことは想定していましたが、正直「ここまでやるのか」と驚きました。初期段階でここまで掘り下げられて、本当によかったです。
松本:新規事業立ち上げの初期の2カ月で培われた、プロトタイプを試してリサーチして微調整していくというPDCAを、当たり前のサイクルにできたのもよかったです。今でも顧客の声を拾っては、ひたすら改善を続けているので。
──リサーチの中で見つかった印象的なユーザーインサイトと、それがサービス設計にどう結び付いたのかを教えてください。
米田:これらのリサーチによって、食には「一汁三菜を用意する」や「手間をかける」ことが愛情といった考え方が根強く、栄養補給だけでなく心理的満足を求めていることがうかがえる結果となりました。一方で、手間がかかるので長続きせず献立や調理がルーティン化していき、「食への飽き」が生じるという課題も見つかりました。そこへ新たな手段としてmitaseruを提案できるのでは、と仮説を導き出しました。
佐々木:心理的満足をしてもらうために、一番こだわっているのはお店と変わらないクオリティの商品です。有名店の美味しさを急速冷凍技術で閉じこめています。また冷凍食品メーカー各社が扱っているお皿にもなる容器付きのレンジアップ商品ではなく、湯煎というひと手間を加える調理法にもこだわっています。簡易的に食べられる形ではなく、湯煎解凍と容器への盛り付けという面倒にならないぎりぎりのひと手間を工程として加えて、満足度を高めています。
松本:新規事業提案時には、事業者目線が先行していたんです。三井不動産のテナントとしてご出店いただいている有名店の料理を急速冷凍すれば自ずと売れていくに違いないと考えていました。米田さんたちと一緒にリサーチをしていき、初めて目線をエンドユーザー側に振ってもらった感覚でした。有名店の料理の急速冷凍は顧客目線でどんな価値があるのだろうか? それを掘り当てて見つけたインサイトを踏まえて、パッケージからサービス体験まですべてに落とし込んでいきました。
新規事業立ち上げに不可欠なデザインリサーチ
──米田さんはP&Gのマーケティングリサーチャー出身ですが、現在は「デザインリサーチャー」という肩書です。マーケティングリサーチとデザインリサーチの違いについてどう捉えていますか。
米田:リサーチは、仮説の確からしさを検証する「検証型リサーチ」と、新しい方向性の仮説をつくるための「探索型リサーチ」と大きく2つの型に分けられます。マーケティングリサーチは前者から入ることが多いと捉えています。市場分析して自社のアセットをどうポジショニングするかを考え仮説を立証していく動きを指します。一方の後者については、仮説もなにもない状態から人類学的な思考をもとに仮説を得るためのヒントを探索し、アクションに繋げていく。そのような動きをデザインリサーチと私は呼んでいます。
私自身は、後者の探索型リサーチから始めるリサーチを極めたい気持ちが強く、人を起点にしたサービス開発という切り口が有効であること広めるために「デザインリサーチャー」と名乗っています。
──最後に今後の展望をお聞かせください。
松本:PoCなどを経て2024年6月に本格事業化をしました。新規事業とはいえ、三井不動産という大企業の傘下のため数十億円規模の事業に早急に伸ばすことを求められています。2030年までに事業規模50億円を目指し、国内販売に加え海外販売も実現していきます。また三井不動産グループのシナジーを活かした連携も加速させ、物流施設「MFLP船橋」内への製造拠点新設に取り組みます。スケールを拡大させつつ、製造に投資して品質の担保を図っていく考えです。
米田:新規事業の立ち上げを人起点のデザインリサーチで支援していきたいです。また既存事業への新たな機能の実装などでもデザインリサーチは活用できます。事業企画だけでなく、組織改善、営業戦略など別領域でも活かせます。「なんとなくやっていたけれど、このままでいいのか不安」「顧客理解が追いついていないまま進めるのが不安」といった声からの引き合いも多いので、さまざまな場面で伴走し、アクションに繋げられるサポートをしていきたいですね。
メーカーでは、商品開発にステージゲート制という仕組みが設けられている企業があります。ステージゲート制とは、リサーチ、コンセプト設計、商品企画、広告制作と各ステージでチェックする仕組みのこと。ゲートをくぐらないと次のステージに進めません。デザインリサーチがステージゲート制のように、事業開発の各フェーズにおいてデザインリサーチが組み込まれ多くの企業で定着していくような未来を目指していきたいです。




