調査から企画、コンテンツ生成まで。AIエージェントは構想から実装へ dentsu Japan並河進氏に聞く

電通、電通デジタル、電通総研の3社は9月11日、企業向けにマーケティング領域におけるAIエージェントの開発・導入・伴走支援サービスを開始すると発表した。アイデアやコンテンツの創出、リサーチなどの業務のみならず、顧客対応に至るまで、マーケティングの全工程をカバー。電通社員の知見や独自の生活者データを取り入れたAIエージェント提供や、AI利活用の伴走支援によって、単なる業務効率化にとどまらない事業成長やイノベーションの実現を目指している。
 
電通グループではマーケティングやクリエイティブ領域でのAI活用の可能性を追求すると同時に、AIとの共創のあり方を模索してきた。グループの国内事業を統括する「dentsu Japan」のグロースオフィサーで、主席AIマスターとしてグループのAI戦略「AI For Growth」を指揮する並河進氏に、マーケティング領域はどのように変化していくかを聞いた。

1億人規模の生活者シミュレーションが可能

――電通グループでは、AI戦略「AI For Growth」を推進しています。どのような取り組みですか。

私たちはAIと人間の知識や知恵を掛け合わせることで、顧客や社会の成長に貢献することを目指しています。今年5月には、この戦略を「AI For Growth 2.0」へとアップデートしました。自社が持つ大規模な調査データや社員の知見を活用し、マーケティングの変革を支援するAIの開発に力を入れています。7月にはAI活用・開発の中核を担う、1000人規模のグループ横断組織「dentsu Japan AIセンター」も立ち上げました。

並河 進(なみかわ・すすむ)氏

並河 進(なみかわ・すすむ)氏
dentsu Japan グロースオフィサー/エグゼクティブ・クリエイティブディレクター/主席AIマスター。AIを活用したプロジェクトと、企業と社会を結ぶソーシャルプロジェクトが得意領域。2022 年9月、電通クリエイティブインテリジェンス発足。東京大学AIセンターとの共同研究をスタート。Augmented Creativity Unitユニットリーダーをつとめる。著書に『Social Design』(木楽舎)、『Communication Shift 』(羽鳥書店)他多数。新刊『AIネイティブマーケティング』(宣伝会議)10月17日発売予定。

「AI For Growth 2.0」のもとで、新しいAIモデル「People Model」を作成しました。これは日本の人口規模である1億人分の顧客を仮想的に再現したAIペルソナ群です。商品やサービス開発のためには様々な調査が必要ですが、このモデルを活用すればアンケート調査の即時のシミュレーションが可能になります。精度も日々向上しており、いわば仮想テストマーケ環境が整いつつある、ということです。

また、より創造的な思考を可能にするAIモデルとして「Creative Thinking Model」も開発しています。これは、dentsu Japanの専門人材、たとえばクリエイターやプランナーの知見やアイデア、思考法などを学習させたモデルです。コピーライティング、さらにはビジュアルアイデアの生成もできるようになりました。dentsu Japanならではの強みだと思います。

全工程をAIがサポートする未来は間近

――このたび「AI For Growth マーケティングエージェント開発・導入・伴走支援サービス」の提供を発表しました。まずは「AIエージェント」について教えてください。

AIエージェントとは、特定の目標を達成するために自律的に計画を立て、最適な行動を実行するAIのことです。考えるだけではなく、いろんな仕事も行ってくれる「働き者のAI」とイメージしてください。

特に、注目されているのは、複数のAIエージェントが協働するマルチAIエージェントです。マルチAIエージェントは、「まとめ役」と「サブAIエージェント」で構成されます。たとえば、「事業戦略のアイデアを教えて」という指示に対して、リサーチやコンテンツ制作などをサブAIエージェントが分担して行い、それらを基にまとめ役エージェントが最適な回答を導き出します。

AIエージェントは「まとめ役」と「サブAIエージェント」で構成される(書籍『AIネイティブマーケティング』より)

AIエージェントは「まとめ役」と「サブAIエージェント」で構成される(書籍『AIネイティブマーケティング』より)

電通デジタルでは、マルチAIエージェントを簡単に使えるように、SaaSのウェブアプリケーションとして提供しています。プリセットされた有能なマーケティングAIエージェント群を利用開始することが可能で、すでに複数の企業に導入いただいています。

いくつかの機能を紹介させてください。

たとえば「AIデプスインタビュー」では、AIペルソナを呼び出し、デプスインタビューを即時行うことが可能です。たとえば「AI商品プランナー」「AI戦略プランナー」「AIジャーニープランナー」「AIコピーライター」は、電通の知見のつまった各機能を呼び出すことができます。こうしたプリセットされた機能だけではなく、クライアントの方のニーズに合わせて、カスタマイズしたAIエージェントを構築することも可能です。

SaaS提供型AIエージェント(∞AI Chat ) 

SaaS提供型AIエージェント(∞AI Chat ) 

また、SaaSで提供するパターンだけではなく、電通総研が、クライアントの方々がお使いのIT環境上に開発するパターンも増えています。マーケティングとシステム開発の両方に大きなケイパビリティがあるのも、dentsu Japanの特長だと考えています。

自社のITシステム上に構築することも可能。マイクロソフトのPower Appsを用いて構築した例

自社のITシステム上に構築することも可能。マイクロソフトのPower Appsを用いて構築した例

――マーケティング業務においては、どのようなかたちでAIエージェントを導入することができるのでしょうか?

マーケティングのすべての工程を、AIエージェントによって、高速化・高度化・効率化していくことを支援しています。その領域は、商品/サービス開発、マーケティングコミュニケーション企画、大量コンテンツ自動作成、顧客対応など、すべての領域に及びます。

また、AIエージェントをより有能にするための企業内システム・データとの連携によるAI-Readyなデータ基盤整備も支援しています。

ただし、AIエージェントは、導入自体が目的ではなく、目的は、AIによるマーケティング全体の変革です。いくら高性能なAIを導入しても、使いこなせなければ意味がありません。そのために、マーケティングの部署のみなさまがAIを使いこなし、業務やカルチャーの中にAIが根ざすように組み込んでいくサポートも同時にさせていただいています。

AIエージェントの導入には業務プロセスからカルチャー変革も含めた取り組みが欠かせない(書籍『AIネイティブマーケティング』より)

AIエージェントの導入には業務プロセスからカルチャー変革も含めた取り組みが欠かせない(書籍『AIネイティブマーケティング』より)

――日本企業におけるAI導入の現状について教えてください。

汎用LLMを導入し一般業務の効率化を行うという最初のフェーズはほとんどの企業で始まっているのではないでしょうか。たとえば、議事録の文字起こしや資料の要約、翻訳などの領域です。

いま始まっているのは次のフェーズ、専門業務特化型のAI利用・開発のフェーズです。

このフェーズは、専門業務の知見がより重要になっていくと感じています。たとえば同じマーケティングプランニングAIエージェントでも、生活者のことをどれだけ理解しているか、専門知見をどれだけ分かっているか、で、その能力には大きな差が出てきます。業務に不慣れなAIエージェントを導入すると、いちいち指導や修正をしなければならず、むしろ仕事は増えてしまうはずです。一方、業務をしっかり理解したAIエージェントを導入することは、仕事ができる頼れるメンバーが複数人一気に加わるようなものです。

今は、そうしたことに積極的に取り組んでいる先行企業が現れていますし、PoCのフェーズを終えて、実装のフェーズが始まっています。

導入の効果、具体的に伝えていく

――dentsu Japanは、具体的にクライアントにどのような提案を行っていますか。

AIエージェント導入において大事なのは、次のような「ユースケース」を通じて具体的に効果をイメージしていただくことです。

《ケース例》

・顧客データをもとにAIによる架空のユーザー「AIペルソナ」を使い、擬似的な調査を行い、商品開発の時間の大幅な短縮につながった。
・自社オウンドコンテンツの過去データを活用して、効果の高いコンテンツ案をAIで自動生成することで、大幅な時間短縮・効率化につながった。
・自社のマーケティングフレームワークを学習させた戦略プランニングAIエージェントを開発し、マーケティング戦略の検討の幅が広がった。

AIエージェントは、こうした「効果で語る」段階に来ていると思います。

コンテンツ案自動制作・効果予測エージェント(∞AI Ads2)のケース

コンテンツ案自動制作・効果予測エージェント(∞AI Ads2)のケース

業務効率化からイノベーション創出へ

――AI活用の段階を進めるためには、何が必要でしょうか。

AIの技術は飛躍的に進化を続けていますが、現状では人類はその技術の数%もまだ使いこなせていないのではないでしょうか。これからは「技術の発明」だけではなく、「使い方の発明」がより重要になってくると考えています。

AIエージェントの導入は、既存業務の効率化にとどまらず、企業が新しいイノベーションを生み出すきっかけになる点が重要だと考えています。リソース不足により限られた層にしかアプローチできなかったコミュニケーションを広げることができるほか、商品開発においても、これまで思いつかなかったアイデアや方向性まで検討可能になるでしょう。

――AIエージェントの導入に向けて、企業は何を準備すればよいでしょうか。

基礎的な研修の実施に加え、その企業ならではの強みとなるデータが非常に重要です。従業員の知見や業務プロセスといった社内の資産をAIが活用できる形に整理する必要があります。また、解決したい課題を明確にすることが導入成功の鍵になります。

もうひとつ大事なのは、マーケティングの戦略や企画について、AIエージェントが全自動で一つの正解をポンと出してくれることを目指さない、ということです。なぜなら、マーケティングの仕事は、そもそも正解がない仕事だからです。人間が、多くの選択肢の中から一つの未来を意思を持って選択していく、そのときに、AIエージェントは、可能性を模索する大きな力になってくれるはずです。

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『AIネイティブマーケティング 人、企業、AIの幸せな関係をつくる』
(並河進著/10月17月発売/定価2,200円+税)

AIが広く浸透した社会では、従来のマーケティングの業務プロセスはダイナミックに再構築される。そして、そんな未来の一部は既に実現しはじめている――。dentsu Japanの主席AIマスターとして、グループのAI戦略「AI For Growth」を指揮する並河進氏が、人と企業とAIのよりよい関係性を構想し、示した一冊。

お問い合わせ

dentsu Japan AIセンター

AI For Growth ウェブサイト


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