コロナ渦に不安が広がるなか、新たな職種を採用したわけ
──どのようなきっかけでお二人を採用したのですか?
立花:私は2015年に先代の父から料亭旅館「御花」を受け継ぎ、代表取締役に就任しました。料亭旅館として創立してから半世紀をとうに過ぎていましたし、時代が移り変わるなか、同じことをやり続けることへの不安は確かにありました。でも、毎日それなりににぎわっていて。目の前のお客さまをおもてなしするのに精一杯。未来を考える余裕はありませんでした。
あるとき、人材紹介会社の方のインタビューを受けました。そのなかで、「もし採用するなら、どういう人が欲しいですか」という質問があって。「一緒に未来をつくってくれる人」と答えたんです。そうしたら、「うちにぴったりな登録者がいます」と。
営業上手ですよね(笑)。「もし」と聞かれたのでお答えしただけなのに。とくに採用する計画はなかったのですが、「絶対に会ってみた方がいい」とおすすめされ、何人かとオンライン面談をしてみました。そのなかに、デザイナーの竹中とマーケターの金原もいました。2020年の年明けのことでした。
──2020年ということは、その後すぐコロナ渦に入っていったわけですね。
立花:そうなんです。創業以降初めて休館を迫られるという未曽有の事態でした。私たちは存続できるだろうか、この業界はどうなってしまうのだろうと、ぼうぜんとしてしまって。人材採用なんてやっている場合ではありませんでした。でも、私は、むしろ新たな人材を入れることを決めたのです。これまでは地元採用・同業種からの転職がメイン。また調理師や接客スタッフ、旅行会社向けの営業職など既存職種の採用ばかりで、デザイナー・マーケターの採用は初めてでした。
私たちはこれまで、目の前のお客さまのことしか考えてきませんでした。だから、コロナ禍でお客さまが来なくなったら何もできず、すべての動きが止まってしまった。でも、デザイナーの竹中とマーケターの金原は「将来のお客さまに来てもらうには」を考える人たちでした。「営業が再開したらこういう施策をやってはどうか」と、入社する前からアイデアが飛び交って。そういった未来志向は、それまでの御花にはないものでした。この2人が、不安がる社員たちのマインドを変えてくれるのではないかと思ったのです。
竹中:年明けに面談したあと、社会状況がどんどん変わっていって、僕自身も不安はありました。でも、2020年3月には採用内定通知を頂き、新しい土地でチャレンジできる移住転職へのワクワク感が勝っていましたね。
──お二人は、もともとどちらで仕事をしていたのですか?
竹中:地元・長野の丸山珈琲でデザイナー兼広報の仕事をしていました。丸山珈琲は、経営者にバイヤーとしての圧倒的なカリスマ性があり、所属バリスタは世界大会で常に上位にランクインして、ブランドが確立していました。30歳になったとき、「会社のブランドに頼らず、自分自身の力を試してみたい」と一念発起。まるっきり環境を変え、妻のふるさとの福岡へ転職移住することを決意しました。
金原:私は京都の出身なので、文化・歴史をしっかり事業化して“稼ぎ”、“再投資”できるようにしたいという思いが学生時代からありました。それにはマーケティングの力が必要だと考え、シナジーマーケティングという大阪のデジタルマーケティング会社に就職。いつかマーケターとして文化・歴史に関わることを目標に経験を積んでいました。東京勤務をして5年が経ったときに結婚。夫の転勤に合わせて福岡へ移住することになりました。
──お二人ともご自身の信念もありつつ、パートナーの影響もあってIターンしたのですね。なぜ御花を選んだのですか?
金原:人材紹介会社から紹介されたときに、御花の雰囲気に一目惚れしちゃいました(笑)。なんだかこう、運命がガチッとかみ合ったような気がして。藩主の末裔が民間企業として料亭旅館を自ら経営し、国指定名勝の庭園を自分たちで守っているなんて、すごいチャレンジだなと。
旅館として経営しながら、大名家らしい行事が年間を通して多く残っていて。例えばお正月のしめ縄を自分たちで編むといった慣習を目の当たりにして感動したんです。
国指定名勝の日本庭園「松濤園」

