原宿外苑中学校で「だれでもピアノ」の演奏会 共生社会に向けコラボ実現

東京の渋谷区立原宿外苑中学校で6月に開かれた体験型イベント「第2回原(はら)リンピック」で、ヤマハの「だれでもピアノ」を活用した演奏会が開かれた。イベントはパラスポーツを主軸に「共生社会」に向けて同中学校の生徒会と地域が企画・運営するもの。一方、自動伴奏追従機能付きの「だれでもピアノ」は誰もがピアノを演奏し、音楽を楽しむ機会を提供してきた。両者のコラボレーションは、宣伝会議の「日本のメディア」の仲介で実現した。

一人の高校生の願いから開発がスタート

ヤマハが「だれでもピアノ」を発表したのは2015年のこと。体をうまく動かせない高校生が「ショパンのノクターンを弾きたい」という願いを叶えるため、東京藝術大学と協力して開発された。指1本でメロディーを弾くと、伴奏パートが自動的に奏でられる仕組みだ。

原リンピックでの演奏会で、「だれでもピアノ」と吹奏楽部とのコラボが実現

相談を受けたヤマハの研究チームは、そのときの要望であった車椅子の人でもピアノのペダルを操作できるように既存の電子機器に搭載されている機能を応用して開発し、2015年12月に演奏会開催を実現した。この経験を機に、インクルーシブアーツを専門とする東京藝術大学 COI 拠点とのコラボレーションを継続し、よりインクルーシブにピアノ体験ができる機能に関する共同研究を進めていた。

ヤマハが従来から販売していた自動演奏ピアノ「Disklavier(ディスクラビア)」とその内蔵機能である「SmartKey(スマートキー)」をベースに、演奏者が鍵盤を押してメロディーを弾くと、ピアノが伴奏を自動に弾いてくれる「だれでもピアノ」が誕生した。

当初の目的は身体的な理由でピアノを弾くことが難しい人にも演奏を体験してもらうことだったが、現在は「だれでもピアノ」という名称の通り、より幅広い人を対象にしている。ヤマハ先進技術開発部の前澤陽氏は「ピアノ演奏という視点で見ると、世の中のほとんどの人が“ピアノを弾けない”人です。そういう意味では身体的な障害の有無は関係がないですし、演奏技術の習得には時間もかかるものなので、ピアノ初心者や高齢者など使ってもらえる人は広くとらえられるのではないかと考えました」と話す。

開発の際に意識したのは、演奏者に「弾いている」と感じてもらうことだという。鍵盤を押さえたときの強弱や演奏のスピードから推定して、伴奏が合わせてくれることで自分が演奏をコントロールしている感覚が得られるようになっているのだ。ポイントは「間違って弾いたり、演奏に詰まったりしたときに伴奏が止まると体験の満足度が下がってしまう。少しくらいの間違いなら伴奏が止まらずに進んでいくことで、自分も周りに合わせて演奏している感覚が得られるようになっているところです」(前澤氏)

この、演奏者に主体性を感じてもらう伴奏の制御にはAIが使われている。AIが演奏者の状態を解析し、伴奏のテンポや抑揚を推測して調整している。とはいえ、通常の演奏の学習だけでは「だれでもピアノ」はうまく機能しない。AIは楽譜通りや、ある程度ピアノの演奏を習得した人のデータを元に演奏の揺らぎを予測することはできるが、初心者や身体的な理由で生まれる演奏の揺らぎまではまだ対応できないからだ。前澤氏は「通常の演奏に対応する設定は行いつつ、『だれでもピアノ』向けには手動でモデルを作りながら、現場の実験データも加えつつ、技術開発を行いました」と話す。

技術開発と並行して、公開の場を広げる

2015年以降、継続して開発を続けていた「だれでもピアノ」は、さまざまな場面で公開されている。2023年12月には「だれでも第九」をサントリーホールで開催している。このイベントでは横浜シンフォニエッタのオーケストラと東京混声合唱団の歌唱に「だれでもピアノ」を組み合わせ、Xのライブ配信に20万人、YouTubeライブでも2000人以上の視聴者が集まったほか、多くのメディアにも取り上げられた。

ほかにもシニア向けのレッスンシリーズとその成果を発表する「だれでもピアノ レッスンカフェ2024」修了発表会や、寝たきりの子どもの部屋をインターネットで接続し、横浜市役所に設置したピアノが演奏される「こどもハッシン!プロジェクト」も実施した。浜松市では、市が推進するユニバーサルデザイン(UD)による街づくりプログラム「企業のUD出前講座」に参画し、浜松市の小中学校で「だれでもピアノ」に関する授業も行っている。これらの機会は、「だれでもピアノ」の意義を公開することだけではなく、演奏データの取得などの研究開発にも活用されている。

「だれでもピアノ」は「ディスクラビア」と機能を搭載したノートPCがあれば演奏することが可能だが、体験できる場は限られていた。そこで、より「だれでも」その機能に触れることができるようにと考えてリリースされたのが「だれでもピアノ」アプリだ。

2025年3月にリリースされたこのベータ版アプリは、「ディスクラビア」や消費者の自宅にある電子ピアノやキーボードで「だれでもピアノ」が体験できる。前澤氏は「『だれでもピアノ』は楽器人口の拡大と、誰も取り残さないというUD思考の技術開発のひとつとして存在しています。その効果を検証するための一手段としてアプリを公開しました」とその意義を話す。

ピアノ初心者の教師と吹奏楽部で演奏会

渋谷区立原宿外苑中学校で2025年6月に開催された「第2回原リンピック」での演奏会もその延長線上にある。渋谷区は「ちがいを ちからに 変える街。」を掲げ、SDGs教育も推進している。その一環として同中学校の生徒会を原リンピック実行委員会として主催に据えて開催されているのが原リンピックだ。

イベント内で実施するプログラムは生徒会を中心に、協賛する企業とも共創することも特徴となっている。今回、プログラム内に音楽を取り入れたいという意向を受け、宣伝会議の「日本のメディア」がヤマハの「だれでもピアノ」を紹介したことがコラボレーション演奏会開催のきっかけとなった。

原リンピック本番に向けて練習

ヤマハ コーポレート・ブランディング部の加藤剛士氏は、このオファーについて「DE&Iの観点でも、パラリンピックのあるスポーツだけではなく、音楽や楽器、今回でいえばピアノでも同じような領域の活動があることを提示できる良い機会だと思いました」と話す。

演奏会では、ピアノ経験のない教師が吹奏楽部と一緒に吹奏楽の定番的楽曲、T-SQUAREの「宝島」を演奏した。ヤマハには「だれでも第九」の実績があり、プログラム自体の実行に問題はなかったものの、今回は準備期間が約2カ月という短さが課題となった。「今回のチャレンジとしては、楽曲をどうアレンジすればアンサンブルの中で初心者の先生が演奏する体験を同期させることができるか。限られたリハーサル回数の中で吹奏楽部と細かく合わせることができない状況でアレンジャーの方がすごくいい工夫をしてくださった。そのアレンジを元に短時間で検証を進めていくのはなかなか楽しかったです」(前澤氏)

「だれでもピアノ」でピアノ演奏を担当した石原先生(右)。サプライズで登壇した

「だれでもピアノ」の準備も苦労はあったが、実際に演奏する教師の側も準備期間が少なかったのは同様だった。コーポレート・ブランディング部の小林果也乃氏は「弊社の渋谷オフィスに当日使用するものと同じ機能のピアノがあったので、練習に来ていただきました。楽譜も全く読めない状態だったのですが、2時間程度の練習時間で熱い指導を受けながらすごく上達されました」と話す。

原リンピックでのコラボレーションで短期間のうちに演奏会開催を実現したことは、ヤマハにとっても大きな経験となった。前澤氏は「『だれでもピアノ』では主体性を重視してきましたが、アンサンブルには周囲の演奏との調和、社会性も必要になる。そのバランスを考えながら、楽曲のアレンジなども含めてどこまで機会がアシストするのか、その体験の設計について学びがありました」と話した。

ヤマハは今後も「だれでもピアノ」とアプリの開発と、演奏体験の提供を続けていく。加藤氏は特にアプリについて期待を寄せている。「アプリによってすでに販売されている1000万台を超えるハイブリッドピアノ、電子ピアノ及びキーボードとつなげることができるようになった。アプリを使ってピアノを始めたものの途中で挫折してしまったような人にも再チャレンジしてもらえるかもしれない。そうして一人でも多く音楽に触れる体験を提供できればと考えています」(加藤氏)

プロジェクトを紹介する動画はこちら

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