電通のクリエイティブディレクター/コピーライターである橋口幸生氏と、同じく電通のクリエイティブディレクターである阿部広太郎氏が登壇。講座の紹介を交えながら、DEI(多様性、公平性、包括性)をテーマとしたクリエイティブの可能性について解説しました。
50年間変わらなかった「映画の字幕」
橋口:DEIとは、一言でいうと「当たり前を疑う」ことです。例えば「男性が女性より偉い」といった、かつての当たり前が今はもう通用しませんよね。このように、時代に合わなくなった当たり前を見直し、もっと良いものに変えていこうというのがDEIの核心です。
今年、「キャプション・ウィズ・インテンション」という映画の字幕に関するクリエイティブが非常に話題になりました。皆さんが普段目にする映画の字幕は、実は1971年から約50年間、ほとんど進化していませんでした。セリフの感情は表現されないし、音声と完全にシンクロしているわけでもない。誰のセリフかも分かりにくい。誰もが「字幕とはそういうものだ」と思い、疑ってこなかったんです。
しかし、その当たり前を疑ったとき生まれたのが、キャラクターによって色分けされ、声の大きさに合わせて文字のサイズが変わり、音声と完全にシンクロする新しい字幕でした。これは、カンヌライオンズでグランプリを多数受賞するほど高く評価されました。当たり前を疑うことで、より多くの人を幸せにし、自分たちもクリエイティブな仕事で評価される。これこそがDEIの醍醐味です。
ヒット作はDEIの視点から生まれる
橋口:このように見ていくと、実はNetflixの『イカゲーム』やドラマ『将軍』といった世界的なヒット作も、DEIの視点で作られていることが分かります。アメリカの企業が韓国の俳優・スタッフで韓国を舞台にしたドラマを作って大ヒットさせるなんて、まさにDEI的発想の賜物です。
DEIの視点はどんどん高度化していて、クリエイターが片手間で考えるのは難しくなってきています。不思議なことに、コンテンツが失敗した時だけ「ポリコレのせいだ」とDEIが批判の対象になり、成功した時は誰もその要因に触れません。これは大きな誤解です。
脳科学者の茂木健一郎さんが、とある歌手のMVが炎上した際に「表現を事前にチェックするカウンセリングサービスがあれば需要があるのでは」と発言していましたが、海外にはすでに専門組織があるんです。例えば、障害者のある方たちを主体としたロンドンのマーケティング専門会社「Purple Goat Agency」、人種や文化など包括的に作品をレビューするニューヨークの「BOLD CULTURE」などが代表的です。
しかし、日本にはそうした専門のクリエイティブチームが存在しなかった。ならば自分たちで作ろうと、2年前に阿部くんたち有志と立ち上げたのが「ボーダーレスクリエイティブチーム」なんです。

