2022年から2025年にかけて単体で230%もの成長を見込むなど、驚異的な成長率で注目を集めるラーメンチェーン「どうとんぼり神座(かむくら)」。その裏側には、CMO主導による大胆な組織改革と、広告会社との既成概念を打ち破る深いパートナーシップがあった。
9月25日、26日に開かれた「アドタイ・フォーラム2025」では、理想実業(どうとんぼり神座運営)のCMO兼CHROである白井敬義氏と、その変革を伴走支援する電通のメンバーが登壇。事業成長の原動力となった両社のシナジーの本質に迫った。モデレーターは電通の深田欧介・統括執行役員が務め、同社プランナーの村川慧氏、藤田悠斗氏も登壇した。
分断されたプロセスをつなぐ「伴走」という思想
セッションの冒頭、深田氏は電通が提唱する次世代マーケティングモデル「Marketing For Growth」を紹介した。これは、分断されがちな「Who(誰に)」「What(何を)」「How(どのように)」「Why(なぜ売れたか)」というマーケティングの各プロセスを、データとそれを活用できる「人」によってシームレスにつなぎ、事業成長に貢献するという思想だ。
「成果が出ても、メディアのアロケーション変更やクリエイティブの微修正といった戦術レベルの改善に留めて終わってしまいがちです。そうではなく、データと人の想像力でプロセスをつなぐことで、『ターゲットの再定義』や『ブランドコンセプトの刷新』といった、より大きなブレークスルーを生み出すことができると考えています」(深田氏)。今回の神座との取り組みは、まさにこの「伴走」を体現した事例であると語った。
電通 統括執行役員 深田欧介 氏
急成長の裏で抱えていた組織の歪み
2024年に理想実業に入社した白井氏。関西では高い知名度を誇り、39年の歴史を持つ神座だが、当時の組織は成長の歪みを抱えていたという。白井氏が着任時に直面したのは、主に3つの課題だった。
まず一つは、CEOへの依存と、それに伴う組織文化の脆弱さだ。「創業以来、強力なトップダウンで成長してきたがゆえに、経営者の思考スピードに組織が追いつけなくなっていました。意思決定がCEOに依存し、受け皿となるべき組織文化が脆弱だったのです」(白井氏)。
理想実業 CMO兼CHRO 白井敬義 氏
2つ目の課題が、急激な出店増に対して「神座とは何か」というブランドの定義が不在だったこと。3つ目が、採用難や若手の定着率の低さに象徴される人材開発面の課題だ。働く上での価値規定や制度が不在で、会社と従業員のエンゲージメントが希薄だったという。
これらの課題に対し、白井氏は「社内改革4本の柱」を打ち出す。「小手先のマーケティング改善だけでは、この会社は長続きしない。ブランドだけでなく、組織文化という基盤から改革する必要がありました」と白井氏は当時を振り返る。
広告会社の常識を越えた、ゼロからの再構築
電通のメンバーが深く入り込み、伴走した社内改革の一つ目の柱は「マーケティング・コミュニケーション」の再構築だ。一般的な広告会社の役割は、クライアントからのブリーフを受けてプランニング以降を担うことが多いが、今回の取り組みはまったく異なっていた。村川氏は「そもそもの市場分析データが社内に存在せず、プロセス自体をゼロからつくり上げる必要がありました。戦略立案はもちろん、我々が代理店にブリーフィングするためのオリエン資料をつくるところからご一緒させていただきました」と振り返る。
電通 第6マーケティング局プランナー 村川慧 氏
特筆すべきは、マーケティング予算の策定にまで踏み込んだ点だ。「過去のデータがない中、両社のデータを掛け合わせて投資対効果を推計し、『これだけの予算を投資してください』と社長に直談判する経営会議の場にまで同席しました」と村川氏。その異例さを、白井氏が「(経営会議の場での村川さんたちは)部活の新入部員のような感じでしたよね」と表現するほどだ。
成果が翌日の集客に直結する外食産業ならではのスピード感でPDCAを回し、期中の追加投資を交渉することもあったという。予算ありきではなく成果から逆算して予算を決めるという、理想的だが実現が難しいプロセスを二人三脚で実行していった。
2つ目の柱の「ブランディング」では、ブランド不在という課題に対し、まずは「神座ブランドとは何か」を言語化・規定することから着手。藤田氏は「社内外の調査やインタビュー、ワークショップを重ね、ブランドの骨格となるBEP(ブランド・エクイティー・ピラミッド)を構築しました。これがすべての顧客接点の基礎となります」と説明する。
電通 第6マーケティング局プランナー 藤田悠斗 氏
このプロセスで白井氏がこだわったのは、マーケティング部門だけで完結させないことだった。店舗運営を担うオペレーション部門や工場を含むサプライチェーン部門など全社を巻き込むことで、「CEOの一極依存が生んだ単一的な価値観から脱却し、多角的な視点でブランドを考える文化の素地をつくることができました」と白井氏はその意義を語る。この取り組みからブランドタグライン「日本の味がする。」を生み、俳優の土屋太鳳さんを起用したテレビCMなど、一貫したコミュニケーションへと展開させた。
3つ目の改革「人事採用」では、電通・電通デジタルの社員が採用コンテンツ制作に留まらず、候補者のエントリーから採用までのジャーニー全体に深く関与。広告を活用した新たな採用戦略により、採用人数を維持しながら月の採用単価を4分の1に圧縮することに成功している。「お客さまとの接点を司る従業員こそがブランド体験の核。白井さんのように、マーケティング責任者(CMO)が人事責任者(CHRO)を兼任することは、現代において非常に理にかなっているなと思います」と深田氏も評した。
4つ目は「組織マネジメント」だ。白井氏は、従業員の行動指針となる人材標語「GIVE JOY」を策定。その理念を浸透させるため、電通メンバーをキャリア採用の面接に同席させるなど、前例のない形で巻き込んでいった。藤田氏は「代理店という立場を超え、事業成長のためにどんな人材が必要かを自分ごととして思考できました」と語る。また、白井氏が実施する採用トレーニングに電通メンバーが参加する一方で、電通メンバーが講師として社内研修に登壇するなど、相互に価値観や文化に触れる場を意図的に創出した。
成功の本質は「文化づくりと究極の理解」
これらの改革の結果、神座のビジネスは大きく伸長。ブランドコミュニケーションを本格化させた2025年4月以降、関西の既存店(新規出店除く)の売り上げは前年比114%(4〜8月)を記録。メディア露出も急増し、年間の目標を上半期で達成したという。
白井氏はこのマーケティング変革の成功の秘訣を「文化づくりと究極の理解」と表現する。
「マーケティングという観点で変革を起こすためには、最終的にお客さまの前に届く運営や店頭など、ブランドの根幹にある組織文化の変革を考えていくことが大切です。その実現には、クライアントとパートナーという関係性を超えた『覚悟』が必要。クライアント側はパートナーを社内に深く踏み込ませる環境を整え、パートナー側は結果にコミットする覚悟を持つ。その覚悟の根本にあるのが、相手への『究極の理解』です。消費者理解はもちろん、ともに戦うパートナーを深くリスペクトし、理解し、ビジネスをつくれるかがポイントではないでしょうか」と語り、セッションを締めくくった。
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