「果実のZipファイル」「ビリヤニは風」などユニークな言語表現を用いる平野氏とNHK大河ドラマ『光る君へ』や「マティス展」など幅広いデザインを手がける田部井氏を迎え、モデレーターの真子千絵美氏と山口さくら氏は「お二人の大ファンで」と語り、和やかな雰囲気でセッションがスタートした。本記事では、平野氏と田部井氏が言葉やデザインを生み出すときのこだわりや「(NO) RAISIN SANDWICH」に込めた思いについて、たっぷりと語り尽くした模様をお届けする。
※取材・執筆は虎ノ門広告祭の学生記者の山本薫乃が担当しました。
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言葉での「おいしい」の届け方
小学生の頃から「食日記」をつけていたという平野氏。東京・阿佐ヶ谷のジェラート屋「 Gelateria SINCERITA」のジェラートを食べたときに生まれた「果実のZipファイル」という言葉を例に、おいしいという記憶を言語化するプロセスについて語った。
「普通だと食べたときの感想って、『すごいフルーティで美味しい』という風になるのかなと思っていて」と平野氏。しかし彼女の頭の中では、感覚的な印象の後に、もっと複雑な思考が続く。「なんで美味しいんだろう?」という問いから、まず「フルーツが特段に濃厚だ」という経験に基づく比較と特徴の認識をする。次に現場の観察で「よく見ると店が果物の段ボールだらけだな」と気づき、「どうやら果実から手作りしているんだ」と推測する。ジェラート屋の多くはピュレを混ぜて完成させるが、果実からつくる店は少なく、そこに味の差が出るそう。
その情報の把握・推定があってから、「果実丸ごとの美味しさを一口にぎゅっと凝縮しているんだ」というお菓子の本質を発見。そこから抽象化・メタファー化が進み「圧縮……!? Zipファイルじゃない?」と。「よく考えたら冷凍されてるし、果物が口のなかの温度で解凍されるな」という理屈づけがあって、「果実のZipファイル」という表現につながったという。
記憶にしまっておきたい言葉
「『言語化は技術なんですか?』ってよく聞かれるんですけど、わたしは最初になにかを感じていないと、後からどんな言葉をつけても全部嘘になると思っていて」と平野氏は語る。表現に先立つのは体験そのもの。心が動いて何かを感じて、そのあとに言葉があるという。
田部井氏が「おいしいっていう気持ちは『おいしい』でも済まされちゃう気がして。自分なりの言葉で残したいと思うようになったのはいつからですか」と問うと、平野氏は「小学生の頃からそうでしたね。おいしい、という感覚をなんとかして残せないか考えていました」と答えた。
明石焼きを初めて食べた時のことを例に挙げながら、「『ふわふわ』だけだと明石焼き特有のふわふわを忘れちゃうんですよね」と平野氏。それだと体験を思い出す言葉として機能しない。明石焼きのふわふわ感を表すラベルを貼って記憶に残すために、「これってなんか、足越しの弱いたこ焼きみたいだな」と言語化できると、自分の中に落とし込めたという。
「つまりは他者に向けての言葉の表現ではなくて、最初は自己の記憶にとどめる方法としての言葉の開拓なんですね」と田部井氏が確認すると、平野氏は「まさに、自分のために書いている」と答えた。
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