GDPを超えて、地球との共生を
セッション冒頭、森氏は、SDGsの先を見据えた「ポストSDGs」の議論が、単なる未来の話ではなく、既に我々の時代に始まっていると問題提起。国際社会において、多様性への否定的な動きが加速している現状を共有し、経済的な指標だけでなく、ウェルビーイングや生命、地球の尊重といった包括的な視点の重要性を強調した。
エフアイシーシー 代表取締役 森啓子 氏
「ポストSDGsを考えていくときに、これまでの経済主義のGDPを追い求めるあり方ではなく、すべての人たちの尊厳を守り、連帯を強化し、いかに地球と共生することができるか。GDPを超えていく、このBeyond GDPという考え方が注目されています」(森氏)
では、この「ポストSDGs」を見据える企業は今まさに何に着手しているのか。「よなよなエール」など人気のクラフトビールを製造販売するヤッホーブルーイングの河津氏は、ビール会社としての立場から、ウェルビーイングを重視した取り組みを紹介。厚生労働省の発表した適正飲酒ガイドラインの存在に触れつつ、「ほとんどの方が知らない」という現状に課題意識を持ったという。
ヤッホーブルーイング ごらく課(ブランドプロモーション) ユニットディレクター 河津愛美 氏
同社は適正飲酒の課題への取り組みとして“飲みづらい”グラス「ゆっくりビアグラス」を開発。また、ミッションである「ビールに味を!人生に幸せを!」に立ち返り、顧客の健康を第一に考えた施策を進めている。
「短期的にたくさん飲んで体を壊してしまうのではなく、中長期で健康に長く飲んでいただくことで、お客様と会社とのつながりを長くしていきたいという思いを持って、こういったプロダクトを開発しています」(河津氏)
日本経済新聞社の大郷氏は、デジタル広告業界を巡るサステナビリティの課題について、「CO2を高排出するメディア」「広告詐欺(アドフラウド)」の2点を挙げた。後者については、総務省が今年6月に「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」を発表し、広告主企業の経営層もこの課題に関与することを求めている。
リアルタイムで広告枠の入札を行うプログラマティック広告はメディアビジネスでも普及が進むが、同社が運営する日経電子版は予約型が中心。このことがサステナビリティ視点で優位性となりつつあるという。
日本経済新聞社 メディアビジネス ソリューション推進ユニット オペレーショングループ 部長 大郷真由 氏
「プログラマティック広告を受け入れているパブリッシャー(媒体社)は、ブランドとエージェンシー、パブリッシャーとの間で複雑な通信が発生するため、CO2の排出量が多くなることが調査で明らかになっています。また、これは透明性を欠いた配信でもあります。日経電子版の場合は、すべての広告が査閲を通っており、ブランドリスクもゼロのため、ブランドセーフティな掲載環境を維持しています」(大郷氏)
受け身から自律へ、協力会社とともに変革
博報堂プロダクツの横山氏は、イベント領域における脱炭素やDE&Iへの取り組みについて、具体的な事例を交えながら詳述した。
横山氏はまず、「一番の問題は、廃棄量自体が可視化されていないということと、それに伴って排出炭素量も十分に可視化されず、Scope3として後回しになってしまうことだ」と、イベント業界が抱える課題を提起。さらに、クライアントの要望に応えつつ限られた予算や納期で進めるなかで、サステナビリティ視点を後回しにせざるを得ないという状況に言及した。
博報堂プロダクツ イベント・スペースプロモーション事業本部 エクスペリエンス・プランニング部 部長/シニア・エクスペリエンスプランナー 横山泉 氏
こうした課題に対し、横山氏は「支援する側ではあるが、受け身から脱却することが重要」と強調する。博報堂グループは、「生活者価値デザイン・カンパニー」へのビジョンを掲げ、企業が単独でなく、生活者とともに価値を創造するアプローチを重視している。博報堂プロダクツでは、受け身から脱却し自律的に行動するための具体的な仕組みとして「サステナブル30ポイントアクション」というガイドラインを開発。このガイドラインを提案書に含めるなど、社内外の垣根を越えてサプライチェーン全体でサステナブルなイベント設計へ取り組んでいる。
横山氏は、「(サステナブル30ポイントアクションに対し)『ここの領域をがんばりたい』という感度の高い協力会社様とは、より深い仕事が増えていったり、ビジネスが生まれたりしています」と、ガイドラインが指針となり、協力会社との新たなビジネス創出につながっている状況を紹介した。
さらに、同社はイベント業界における脱炭素社会の実現に向けて、「SUSTAINABLE ENGINE CARBON SIMULATOR」というシステムを開発。イベントを計画する上での、「作る」「使う」「捨てる」の各段階におけるCO2排出量やリサイクル率を可視化できるようにしている。業界団体であるJACE(日本イベント産業振興協会)加盟12社では、このシステムをベースに業界標準化を目指している。競合他社を、「競争」だけではなく「共創」の領域でも捉え、共に脱炭素へ向けた活動を推進していることが特徴だ。
「競合他社と一緒に高め合えるということが第一にうれしいこと。そして競い合う線引きが明確になったことで各社が切磋琢磨してビジネスをつくろうとする。そうするといろいろなソリューションが出てきます。それこそがまさに僕らがやりたかった自律的に進化していく競争の形かと思っています」(横山氏)
横山氏は、イベントをDE&I実装の場としても活用できる可能性についても言及。また、イベントとテクノロジーの融合が、社会とブランド、そして人々が共に進化していくための新たな仕組みを創出する可能性も示唆した。
「リアルイベントは、誰も取り残さないという考え方が重要になってきています。これは人とブランドだけではなく、人と社会、言語や文化、国境、そしてオンライン・オフラインの壁も全て取っ払って、全ての人に公平に楽しんでもらうという視点が大切だということなのです」(横山氏)
SDGsの次の時代を見据えた本セッションでは、企業がウェルビーイングを重視した活動を展開し、CO2排出量削減に貢献しながら、脱炭素社会やDE&Iの実現に向けて共創する――そんな新しい企業活動の方向性が示された。

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