AIと人間の創造性が融合する新時代の広告業界─Advertising Week Asia2025連動企画④

ニューヨーク、ロンドンをはじめとした世界各国の主要都市で開催されているマーケティング&コミュニケーションのプレミアイベント 「Advertising Week(アドバタイジング・ウィーク)」のアジア版である「Advertising Week Asia(アドバタイジング・ウイーク・アジア)」が12月4日から開催されます。2004年に米国・ニューヨークで始まった「Advertising Week」は、2016年から東京を舞台に「Advertising Week Asia」が開催され、今年で10周年を迎える。「Advertising Week Asia」のアドバイザリーカウンシルメンバーや登壇するスピーカーをはじめとする4人に、今回は「AIと人間の創造性が融合する新時代の広告業界」をテーマに、3つの質問を投げかけました。

Advertising Week Asia2025」は12月2日~4日の開催。

生成AIの進化は、広告ビジネスに携わるあらゆる人材の仕事の前提を大きく変えつつあります。単なる効率化ツールではなく、企画立案や戦略構築、顧客体験デザインにまで関与する共同クリエイターとしての役割が広がる中、アドパーソンは何を強みにし、どのようなスキルと働き方をアップデートすべきなのでしょうか——。本企画では、広告会社、広告主企業、メディア企業、デジタル/テック企業の4つの立場から、「Advertising Week Asia 2025」に登壇するメンバーを中心に、一問一答形式で回答してもらいます。3つ目の質問は「皆さんが属する企業において、今後AIを用いて、どのような価値を創出していきたいと考えていますか?」。AI時代の仕事のリアルに迫ります。

Quetsion3:

皆さんが属する企業において、今後AIを用いて、どのような価値を創出していきたいと考えていますか?

【嶋さんの回答】

マーケティング業界で言われているのは、みんながAIを使うことによって引き起こされる企画の同質化。AIは「別解」を生むためのバディになるべきであろう。そのためにはAIとの対話力が鍵だと思う。また、網羅的な情報を読み込んだAIよりも、偏愛的な情報を読み込んだAIの活用も大事。AIとの対話を通じ、まだ言語化できていないインサイトの発見を生み出していきたい。

【廣澤さんの回答】

経済的な価値の定義は「Output – Input」であり、その差分が企業の利潤となります。価値創出とは、Outputの総量の増加(生活者のWillingness to Pay(支払意志額)の基準を高める提案)、もしくは、Inputとなる投下資源の効率性を改善するしかありません。その前提で考えると、業態に関わらず「AIで価値を創出する」という思考の順番自体を反転させる必要があります。

なぜなら、企業が提案する価値の源泉はAIではなく、首尾一貫した企業の戦略によって創出される模倣困難な独自性という競争優位性にあるからです。「自分たちは何者で、どのような価値を提案し、なぜ競合ではなく自社が選ばれるのか」という戦略の論理は、世の中の公開情報を収集・処理するだけのAIの出力から得られるものではありません。これは、各企業に蓄積されているクローズドな文化や知識、経験を行為主体(広告主自身)が編集することで創出されます。

現代において“AIを使わないこと”は、競争優位性の喪失につながる恐れがあります。しかし、“(特にオープンソースの)AIを使うだけ”では、他社との同質化は素早く適応できても、独自性の創出にはならないのです。AIは戦略の主体ではなく、あくまでツールに過ぎません。それにも関わらず、多くの企業がAIをどう導入・活用すべきか、というIssueから始めてしまい、戦略なきAI活用という出口ばかりを目指しています。

マーケティング従事者が考えなければならないことは、生活者のWillingness to Payを引き上げるような独自性のある価値提案を、自社の保有する経営資源やコンテキストに沿っていかに実現するか、に尽きます。

したがって、企業が取り組むべきは、競争優位の源泉である長年の生活者研究データや独自の研究開発データを、AIを用いて横断的に利活用することや、その独自情報に基づいて生活者一人ひとりの状態やコンテキストに適応した製品・サービスを提案する「ハイパーパーソナライゼーション」が一つの方向性になると考えています。

【長崎さんの回答】

「生成AIにとって価値が高いのは、2022年以前に作られた情報」。これは私が参加したビジネスカンファレンスで、ある大学教授の方が語ったコメントです。補足しますと、2022年はChatGPTのサービスが本格化する前の年であり、価値が高い情報とはいわゆる「生成AIによる情報汚染(information pollution)がされていない情報」ということになります。

また、今年のカンヌ・ライオンズのビジネスプログラムにおいてホットだったのは、大手パブリッシャーと各AI企業との間で始まった対立と協調の事例だったそうです。そして現在、「ゼロクリック検索」という脅威は、広告主、広告会社、メディアへ等しく課されています。これらでわかることは、マーケティング活動にとってのバリューは、もはやトラフィックでなく、質の高い情報へ移行するということです。その中で、欧米のメディア業界では既に以下のような新たな取り組みが進んでいます。

①AIクローラーの識別と可視化(モニタリング)
②AIクローラーとの交渉と許諾(ライセンスアウト)
③無許可のAIクローラーの遮断(ブロック)

これらは自社の仕事に対する適切な対価の確保であり、従来のデジタル広告収入を補完する新たなマーケットプレイスの構築として期待されています。さらに言えば、これからのマーケティング業界全体を支える基盤がAIに代わるならば、そのシステムによる利用の全範囲において「情報のクリーン化」、「知的財産とジャーナリズムの保護」が必須であり、それが生活者からの信頼獲得にもつながると私は信じています。なければ「砂上の楼閣」となるでしょう。

最後に宣伝になりますが、今回のAWAで「AI時代におけるメディアと広告の信頼性確立について」というプログラムを企画いたしました。多くの皆様にご参加・ご視聴いただき、ご意見をお寄せいただけたら幸いに思います。

【松田さんの回答】

広告業界人として考えます。AIを活用することで、制作スピードと価格に大きな影響を与えることは間違いないと思います。ただし、「安かろう、悪かろう」になってはいけません。著作権をはじめ法律上の問題(パクリ・無断使用、フェイク、差別的表現、名誉毀損など)をクリアしているかという視点がこれまで以上に大事になるでしょう。

コミュニケーションの内容や手法に「斬新さや面白さ」があるか、つまり視聴者・ユーザー・閲覧者にきちんと届くかどうかはますます重要になると思います。なぜならAIで作られた面白い動画や投稿がSNSなどで溢れているからです。だからAIで作られたつまらないCMやPR動画はスルーされるでしょう。またフェイク的なPR手法も増えると予想しています。他人の顔を声を自由に操れるので、そこそこ有名な人を勝手に使う人が出てくるかもしれません。それも競合他社が覆面で。

AIを使って低価格戦略に走る広告会社やPR会社も出てくるかもしれません。AIコピー1000案と、ちゃんとしたクリエイティブディレクターのセットとか。簡単にそこそこのCMやPR動画を作ることができるので、混乱する時期があるかもしれません。放送局は考査もあるので、変なことにはならないとは思いますが、デジタルの世界ではなんでもありになるかもしれません。

そうしたやや混沌とした状況でも、本物(アイデアに富んだ素晴らしいコミュニケーション)を求める広告主と、本物を提供したいという広告会社・PR会社のマッチングが進んでほしいと思います。

回答者はこの4人!

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嶋浩一郎氏

博報堂/博報堂ケトル
執行役員
エグゼクティブ クリエイティブディレクター/ファウンダー

93年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業の情報戦略に携わる。01年朝日新聞社に出向。04年本屋大賞を立ち上げに参画。06年博報堂ケトルを設立。多数の統合キャンペーンを立ち上げる。20年から現職。本屋B&B運営。著書『「あたりまえ」のつくり方─ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』など。

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廣澤祐氏

花王
デジタル戦略部門 デジタル戦略企画センター 戦略企画部

2015年に花王へ入社し、デジタルマーケティングを経験したのち化粧品ブランドのマーケティングに従事。21年からDX(デジタルトランスフォーメーション)推進部門としてデジタル活用の推進に従事。2020年~2025年には、公益社団法人日本アドバタイザーズ協会デジタルマーケティング研究機構(DMI)U35プロジェクトの代表を務め、その活動の一環として23年に35歳以下の若手ビジネスパーソンを対象としたU35 Creative & Communication Awardを一般社団法人I.C.E.とDMIの共同事業として立ち上げる。21年に一橋大学大学院 経営管理研究科(MBA)を修了したのち、同大学院の博士後期課程に在籍しMOT(技術経営)の研究に従事。

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長崎亘宏氏

講談社
ライツ・メディアビジネス本部 局次長
講談社メディア・コミュニティ・ラボ 代表

広告会社でのメディアプランニング職を経て、2006年、講談社に入社。広告商品開発やイベント事業に携わる。2010年より、雑誌広告効果測定調査「M-VALUE」設立・運営に従事。2021年より、日本インタラクティブ広告協会理事就任。コンテンツマーケティング研究会座長として従事。2022年より、interfm番組審議委員就任。現在はビジネス情報番組「J LIVE RADIO」のパーソナリティーを務める。2024年より、日本マーケティング協会理事として従事。

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松田康利氏

松田康利事務所
代表取締役

1986年電通入社。営業、人事システム、経営企画、投資ボード事務局などを経験してKDDI (au)に出向。ブランディングや商品開発などに従事。その後シンガタ、シンガタ総研を経て独立し現職。「共創」を造語。広告史上初という仕事は10件以上。現在も多くの広告主、広告会社、テック企業、制作会社のマーケティングアドバイザーを務める。

「AIによって広告産業の未来はどこに向かうか?」(3つの質問)

Q1:ずばり、広告産業は生成AIの浸透によって、どのような方向に変化・進化をしていくと思いますか?(11月21日公開済み

Q2:皆さんそれぞれの職種、仕事において、AIは日々の仕事にどのような変化をもたらせていますか?(11月26日公開済み

Q3:皆さんが属する企業において、今後AIを用いて、どのような価値を創出していきたいと考えていますか?(本記事)

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