12月4日~12月10日は「人権週間」。アドタイではこの期間限定で、書籍『クリエイティブ・エシックスの時代』(橋口幸生著)より、人権に関わる解説パートを特別公開します。広告をはじめとする作り手にいまや欠かせない基礎知識となっている「人権」について、コンパクトに知っておくべき要点を押さえます。今回の記事(後編)では、「フランス革命」から始まった人権の歴史をダイジェストで取り上げます。(前編はこちら)
近現代史は人権拡張の歴史である
2024年に開催されたパリ五輪の開会式では、ギロチンにかけられたマリー・アントワネットが登場する演出が話題になりました。
平和の祭典なのに、なんて血なまぐさい演出だろうと、驚いた人も多いと思います。しかし、フランス国民にとっては納得の演出でしょう。
マリー・アントワネットやルイ16世が斬首されたフランス革命こそが近代フランスの出発点であり、人権をOSとする現代社会の出発点だからです。
自国を世界にアピールする場であるオリンピック開会式で、それを表現するのは当然のことではないでしょうか。
1789年のバスチーユ牢獄襲撃から1804年のナポレオン戴冠までの間に起きたフランス社会の変革を、フランス革命と呼びます。数々のドラマに彩られたこの革命のもっとも重要なポイントは、社会の主役が「王族」から「市民」に交代したことにあります。
王族や貴族、聖職者の特権を否定するために、すべての人に人権があるという考えが打ち出されたのです。
1789年8月26日に採択されたフランス人権宣言は、人権の普遍的な理念を初めて明文化した文書として知られています。その第一条は
「人は、自由かつ諸権利において平等なものとして生まれ、そして生存する」
というものです。
世界人権宣言 第一条「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」が、ここから取られていることがわかります。
「人は、自由かつ諸権利において平等なものとして生まれ、そして生存する」。実に美しい文章です。それこそ「世界を今より良い場所にする」という志が感じられます。
しかし、フランス革命の内実がフランス人権宣言通りだったかというと、残念ながら全く異なります。
革命の結果、市民の参政権が認められましたが、それは非常に限定的なものだったのです。参政権を持つことができたのは25歳以上の男性市民であり、さらに一定の税金を納めるなどの条件を満たす者に限られていました。