近年、ポッドキャストや音楽ストリーミングサービスの普及を背景に、日本の音声広告は急速な盛り上がりを見せている。この未開拓な市場で、クリエイティビティの可能性を切り拓こうとする動きが活発化している。その象徴的な取り組みの一つが、デジタル音声広告に特化した広告賞「Spotify Hits」だ。その中でも今年、特に大きな注目を集めたのが、30歳以下の若手クリエイターを対象とした公募部門「Future Hitmakers」。「若手クリエイターにもっとスポットライトを当てたい」「ストリーミング世代のクリエイターたちに参加してもらうことで音声広告の可能性をさらに押し広げたい」という思いから、今年日本で初めて新設された。受賞作品の紹介とともに、音声広告の未来に迫る。
審査員をうならせた、ユーザー視点のアイデア
広告会社、制作会社、事業会社など、幅広い領域から数百件ものアイデアが寄せられた。審査員たちはそのすべてに耳を通し、議論を重ねてファイナリストを選出。最終的には、クライアントを含む審査員の前で若手クリエイターたちが自らプレゼンテーションを行い、各受賞作品が決定した。
審査員も務めたSpotify広告事業部クリエイティブ戦略統括の橋本昇平氏
審査を通じて見えてきたのは、若手クリエイターならではの視点。橋本氏は、彼らの企画の根底にあるものを次のように分析する。
「デジタルネイティブだからこそ、Spotifyの特性をフラットに理解してくださっている。どんな聴かれ方をするのか、時間帯や楽曲ジャンル等、どんなターゲティングができるか、使用可能な広告フォーマットなどをわかった上で企画を作ってくださると、こういう風になるんだな、という発見がありました」
ユーザーとして日常的にサービスに触れているからこその、リアルなインサイト。それが、審査員たちをうならせた。受賞した3つのアイデアは、その象徴であった。
Future Hit Makers 受賞作品一覧
ファミリーマート賞:リスナーに音声で緊急ミッションを発令
ファミリーマートは、Spotifyという音声体験を通じて “生活者の行動変容”につなげるクリエイティブアイデアを募集した。賞に輝いたのは、「フード・ロス市警からのミッション “ファミマの値引き商品を救出せよ”」(博報堂 クリエイティブ職 西村亮平、博報堂 ビジネスデザイン職 清水将也)。深夜帯に値引きされる商品を「救出ミッション」として提示し、Z世代の行動変容を促すアイデア。Spotifyの音声広告で突然トランシーバー音が流れ、リスナーが“腕利きのエージェント”としてミッションに参加するという仕掛けだ。店頭の値引きシールにはSpotifyコードをあしらい、読み込むと商品から「ありがとう」のメッセージと深夜向けのプレイリストが流れる、没入型の広告体験となっている。
受賞者の西村氏は、今回の受賞について「ファミリーマートの涙目おむすびくんシールという既存の施策があるからこそ、その体験をSpotifyの音声で拡張できると考えた。音声広告を無線通信に置き換えた点が新たな試みとして評価されたのかな」と企画のポイントを語った。また実際に音声広告の制作を担当した清水氏は「学生時代にJ-POPの作曲に関する研究をしていた。このように聴覚へアプローチする世界観を評価していただけてうれしい」と振り返った。
ファミリーマート賞を受賞した、(左から)西村亮平氏(博報堂)、清水将也氏(博報堂)
審査員の足立光氏(ファミリーマート)は、「トランシーバーで始まる音の演出が非常にキャッチーで、思わず耳を奪われる力があった」とコメント。加えて、「食品ロス削減という真面目なテーマを、エンタメ的な“救出体験”に変換し、ブランドのサステナビリティ方針とも整合している。ユーモアや遊び心もファミマらしさと一致し、実装可能性までよく考えられている」と評価した。
味の素賞:スープを冷ます12分間を音楽と出会う時間に
味の素は音声メディア活用の実績があまりない商品ブランドで、若年層向けに音声メディアの活用事例を創出し、他の商品ブランドへの展開および継続的な音声メディアの活用につながるようなクリエイティブアイデアを募集した。受賞したのは、「猫⾆クノール 〜聴き終えると、ちょうどいい温度になるプレイリスト〜」(ワンメディア プランナー 小宮寛平)。若年層へのアプローチという課題に対し、「猫舌」というインサイトに着目。Xで毎月1万件近く投稿されるという共感の声を起点に、熱いスープが冷めるまでの約12分間を、音楽と出会う「ディグる」時間に変えるプレイリストを提案した。
受賞した小宮氏は、「私自身の自炊の経験や猫舌というパーソナリティが重なることで企画が生まれた」と話す。続けて「(Spotifyが実施したセミナーで)味の素の姿勢、食卓の幸せを願っているという言葉に触発されて、私たち猫舌にとって優しい企画に着地できた」と振り返った。また日々の業務では主に縦型メディアを手掛け、「アテンションを集める」ことを念頭に企画するが、「音声が生活に『どう寄り添えるか』という逆の設計に挑戦した。今後は企業のメッセージを適切に届けるため、媒体を横断する企画力を磨いていきたい」と今後の展望を語った。
味の素賞を受賞した小宮氏(ワンメディア)
審査員の向井育子氏(味の素)は、「ユーザーの小さな悩みに寄り添い、それをポジティブな体験に昇華させる視点が素晴らしい。ブランドが提供する『心と体を温める』という価値とも非常にマッチしていて、温かさとともにブランドを好きになってくれるのではないかと感じた」と、その深い共感力を絶賛した。
KDDI賞:思い出の楽曲で親子世代をつなぐ
KDDIは、Spotifyの音声体験を通じて「スマホ契約するなら UQ mobile」というイメージを18歳以下の若年層とその親世代に浸透させるための革新的なクロスメディアでのコミュニケーションとクリエイティブアイデアを募集した。受賞したのは、「一生ものプレイリスト」(電通デジタル コピーライター・プランナー 髙屋敷日奈子、電通デジタル プランナー 大川憧子、電通デジタル デザイナー 植木隆斗)。「10代で出会った音楽が、その人を作る」というコンセプトのもと、「青春時代、ギガを気にしちゃもったいない」というメッセージでUQモバイルの価値を訴求。10代が“今年一番聴いた曲”を人生の“原点”としてプレイリストに残し、それを家族にも共有するという企画だ。プロモーションには音声広告や著名人のプレイリストなども活用する設計とした。
受賞者を代表して髙屋敷氏は、「10代で出会った音楽は、その人の人生のコアになる」という研究結果から企画を発想したと話す。「学生にとって、いま聴いている曲はこれからの人生を共に歩む存在。一方、親世代にとっては“我が子が好きな音楽にたくさん出会えるようギガの多い通信会社にしよう”というメッセージが届けられるのではと考えた」と語った。
KDDI賞を受賞した、(左から)植木隆斗氏(電通デジタル)、髙屋敷日奈子氏(電通デジタル)、大川憧子氏(電通デジタル)(左から順に)
審査員の馬場剛史氏(KDDI)は、「UQらしさとは何か、というところから企画を考えてくれた。また若者と親世代という二つの対象を音楽と通信という必然性でつなげた構造が素晴らしい」と評価した。
広告クリエイターの新たな「登竜門」に
「Future Hitmakers」の試みは、音声広告が持つ無限の可能性を鮮やかに示した。橋本氏は、このアワードを通じて得た手応えを、未来への期待とともに語る。
「人々の生活動線の中で、企画として練り上げたメッセージを届けることはもっとできるはずです。アテンションの奪い合いが激化する中で、視覚だけでなく聴覚をうまく使って企画を作っていくことで、コミュニケーションの幅は大きく広がると感じました」
かつて、ラジオ広告がコピーライターの登竜門と言われた時代があった。限られた秒数の中で、言葉と音だけで人の心を動かす技術を磨く場であった。橋本氏は、現代においてはSpotify広告が、その役割を担えるのではないかと考えている。
「今の時代において、Spotify広告がクリエイターにとっての音声クリエイティブの新たな修行の場、活躍の場になったらありがたいなと思います。30秒間、きちんと聞いてもらえるというフォーマットだからこそ、どうすれば良い企画になるのかを深く考えられる。企画力と想像力が試される場所なのです」
Spotifyは、今後もこうしたアワードなどを通じて、若手クリエイターたちにスポットライトが当たる場を提供していきたいとしている。
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