第1回AI映画祭の開催から見えてきたこと
2025年11月2日、3日、東京・有楽町のTokyo Innovation Baseで、日本初となる生成AIを使った作品に特化した「AI日本国際映画祭2025」が開催されました。私も発起人の栗本一紀氏からお声がけいただき、プログラム・企画・審査担当ということで参加することになりました。
栗本氏はトロント大学、ニューヨーク大学で映像制作を学び、パリのNHKヨーロッパ総局映像取材部総括や上海のBlueSky Corporation副総経理などを歴任し、現在はニューヨークを拠点に活動されている映像ジャーナリストです。
栗本氏は世界でAI映画祭が次々と開催されるのを見て、日本の映像業界が世界の潮流から取り残されてしまうという危機を感じ、AI映画祭を立ち上げました。日本で開催するにあたっては、栗本氏よりも日本の映像制作業界に通じているということで、私がプログラムを担当することになりました。
生成AIが映像制作の現場を大きく変えていくことは間違いなく、AIの最新動向を知っておくことは、映像業界に身を置くものとして必要不可欠なことだと考えています。本稿では、私の個人的な感想ではありますが、今回のAI映画祭を通じて見えてきたことをお伝えしたいと思います。
AI映画祭には、45の国と地域から430作品の応募がありました。受賞作品の上映、論客たちによる生成AIについてのトークセッション、クリエイターによる作品制作の解説などが2日間にわたって行われ、会場は生成AIに関心のある観客たちの熱気に包まれていました。
制作現場でのAIに対する潮目が変わった
アメリカの映像制作現場では、すでに2023年には脚本家や俳優たちの労働組合がAIの利用制限を求めてストライキを行うなどAIに対する拒否反応がありました。日本の制作の現場でもCMなどではすでに生成AIを使っていたとしても、使っているということは公言できないような雰囲気があり、AI映画祭の開催に対して否定的な反応があることも予想されました。
実際にAI映画祭立ち上げの際には、とあるアニメのプロダクションからは生成AIを使っていると言うとアニメーターが辞めてしまうので、AI映画祭への協力はできないと言われたりしました。
それが、技術の進歩の速さに追いつこうとするかのように、半年もたたないうちに、テレビでは生成AIを使った番組が放送されたり、ディズニーがOpenAIに巨額の投資をしたりするなど、生成AIをめぐる流れが変わってきたように感じています。
動きの速いAIの進化の中において、いったん世界中から生成AIで作られた作品を集めてじっくりと鑑賞し評価する機会として、今回の映画祭はとても意義のあるものとなったと感じています。生成AIの現在地を理解し、これからの生成AIとの共存について考えるとても良い機会になり、予想を超えてくる部分と、まだまだ未熟な部分の両方が明確になりました。
AIが想像を超えた点と未熟な点
まず、予想を超えてきたのは、個人的な感想ではありますが、生成AIで作られた作品を、自然に違和感なく、純粋な視聴体験として、とても楽しめたということです。映像の美しさ、強烈なメッセージ、感情を揺さぶる表現など、映画体験に求める要素がしっかりと存在していました。AIを使っているかどうかなど関係なく、純粋に作品の鑑賞を楽しむことができました。
いくつか、印象に残った作品を紹介します。まずナラティブ部門で最優秀賞を受賞した韓国のStudio011制作の「Chairman」です。審査員全員が推した秀作でした。人間社会での生きにくさを抱えた男性が、いっそのこと「椅子」になってしまいたいと「椅子」になる話です。ネタバレしますが、同じように「椅子」となった女性と出会い、最後になんともほっこりさせられる作品です。人間の肌の質感などに生成AIっぽさを感じる部分もありましたが、主人公の心理がちゃんと表現されて共感して見ることができました。カメラワーク、編集、音楽などすべてにおいて完成度が高く、生成AIでここまで作り込めるのかと感心させられた作品です。

