名古屋で2025年12月5日に開催された「宣伝会議サミット/環境ビジネス・カンファレンス in Nagoya」では、小売業界のDX戦略と、Web体験を通じた企業価値の具現化という、企業の成長を支える二つの重要なテーマについて議論が繰り広げられた。
スギ薬局の各務茂雄氏は、スギ薬局が創業当時から大切にしている価値観である「親切」をデジタル時代に実現するためのデータ統合基盤の構築と、AIを活用したリテールメディア構想について語った。アクアリングの大塚弘樹氏は、抽象的なブランドコンセプトをWebサイトで正しく具現化するための「ブランドの人格化」と「体験価値の設計」という3つのステップを解説した。
企業背景とドラッグストアが直面するマクロな変化
スギ薬局 DX戦略本部 本部長の各務氏は、元JTBや三菱UFJ銀行、KADOKAWA、AWSなどでDXを推進してきた経験を持つ。スギ薬局ではセルフケア領域から医療、服薬領域、そして介護・生活支援領域までをトータルで支援するトータルヘルスケア戦略を推進している。
現在、ドラッグストア業界は、競合との競争激化に加え、生成AIなどの技術進化(PEST分析のT)によるマクロな変化という厳しい環境に直面している。こうした状況下で各務氏が問い直したのが、スギ薬局が創業当時から大切にしている価値観である「親切」の定義である。お客様にとっての親切は個別性が高いため、データ活用によって個々人に合わせた親切を実現することが、スギ薬局が果たすべき役割であると定義した。
スギ薬局の強みは、モノとコトの両面、すなわち薬剤師や管理栄養士といった専門家人財を含む店舗というメディアと、デジタル接点であるスギ薬局アプリに集約されている。スギ薬局アプリはダウンロード数が1400万DL、月間アクティブユーザー数が650万MAUに上り、クーポン利用率が80%と非常に高い利用率を誇る。各務氏は、この熱意ある専門家人財の力を広げるための仕組みづくりが急務であると述べた。
リテールメディアとデータドリブン戦略の加速
各務氏が提唱するリテールメディアとは、単に小売企業が広告枠を販売する仕組みではなく、スギ薬局の店舗やアプリで、お客様の「欲しい」ニーズとメーカーの「伝えたい」ニーズをデータでマッチングさせることを目標としている。
このリテールメディアを加速させるためのデータ基盤を構築することを目指している。
このデータ統合は、店舗DX(デジタルトランスフォーメーション)非構造化データも集積する「店舗データベース」を構築する。これにより、本部からの一方的な指示ではなく、店舗の特性に応じたテコ入れができるようになり、お客様体験が良くなるためのベースが構築されるとした。
AI時代の戦略と組織変革
各務氏が描く最終的な目標は、人を中心と定義した上で、AIがエージェントとなり人を支える仕組みを創ることである。この未来像では、顧客側のAIエージェントとスギ薬局社員側のAIエージェントが協調(コラボレーション)する領域が生まれる。このAIエージェント間の協調領域こそが、顧客にパーソナライズされた親切を提供する仕組みとなるという確信を各務氏は示している。
この変革を推進する組織戦略において、最も重要な行動原則は、「従業員の可処分時間を作る」ことである。従業員の可処分時間が増えることで、彼らが顧客やビジネスパートナーに対して「より良いサービスを提供したい」という思いを持つことができるという考え方である。
AI時代の到来は、効率化だけでなく、最終的に人間が集中すべき領域(親切、トータルヘルスケア戦略実現への熱意)に専念できる組織へと進化させるチャンスであり、各務氏はこの組織変革に自身の多様なキャリアで培った知見を全て投入している。
企業のブランド戦略実行における課題
アクアリングはWebサイト制作を主軸とし、今年で創業25周年を迎えるデジタルコミュニケーション戦略企業である。アカウントマネージャーの大塚氏は、抽象的なブランドコンセプトを、Web体験を通じてユーザーに共感をもって伝えていく方法について解説した。
多くの企業がブランド戦略の策定を進めているにもかかわらず、2024年の調査では53%の企業が「実行できていない」と回答している。これは、ブランドの根幹にあるコンセプトを、Webサイトや各種タッチポイントで具現化できていないことが原因である。
ブランドがWebで伝わりにくい要因として、以下の問題点を指摘した。一つ目は、コンセプトが欠如した状態で、ビジュアルデザインやかっこよさのみを追求しすぎること。これにより、サイトに一貫性がなくなり、「何をしたいサイトなのか」が不明瞭になる。二つ目は、企業理念やブランドコンセプトが存在するにもかかわらず、それをWebサイト上の表現に落とし込む方法が分からない「理念の不具現化」である。三つ目は、Webサイト、SNS、店舗など、顧客とのタッチポイントごとに異なる印象を与えてしまう「印象の不統一」であり、これがユーザーの体験価値を低下させている。
抽象的なブランドコンセプトを具現化する「人格化」戦略
アクアリングは、抽象的なブランドコンセプトをユーザーに伝わる「体験」へと変換するための3つのステップを提示した。最初のステップは、企業やブランドを「人」として捉え、具体的な人格(例:賢者、魔術師、創造者)を定義する「ブランドに人格を与える」ことである。
この「人格化」は、人間が果物や動物よりも「人格」の方が複雑な振る舞いを想像できるという認知特性を利用する。ブランドの創業者精神や顧客との関係性を紐解き、どのアーキタイプに該当するかを特定することで、その後のデザインやコンテンツ制作における共通の判断軸が組織内に生まれる。例えば、無印良品を「賢者」、Appleを「創造者」といった形で定義することで、振る舞いが具体的になる。
次のステップは、定義した人格が提供する「体験価値」を定義すること。これは、人格に基づき「信頼できる友人のように親身に伝える体験」といった体験コンセプトを決定し、それを安心感や信頼感といったユーザー視点の体験価値へと翻訳するフィルターとして使用する。この翻訳を通じて、抽象的なメッセージは「高度な技術力」「長期的な信頼関係」といった具体的な企業メッセージへと落とし込まれ、Webでの一貫した表現へと接続される。
例えば、事例として挙げた鷺宮製作所では、創業の精神である「社是」をブランドの核とし、「Caregiver(援助者・支援者)型」の人格と定義した。この人格を通じて、「誰かのために動く」という思想が表現され、工業的な印象に寄りすぎない、人の温もりを感じるWebサイト表現を実現した。
体験を一貫して届ける「仕組み」の構築と価値
最後のステップは、体験コンセプトに基づき、Webサイトの「見た目(ビジュアル)」と「内容(コンテンツ)」を両輪で統一して表現するための「仕組み」をつくることである。
この仕組みづくりの具体的なツールが、デザインガイドラインをシステム化してWebサイトのパーツを共通化・標準化する「デザインシステム」の導入である。デザインシステムを導入することで、運用担当者や外部パートナーがブランドイメージを壊さずにサイトを制作・更新できるようになるという大きな利点がある。
また、コンテンツ戦略においては、ブランドの人格に合わせたトーン&マナーでメッセージを翻訳することが重要となる。例えば、「賢者」の人格であれば「なぜ今この製品が必要なのか」を問う説明調を、「挑戦者」であれば「常識を変える新しい選択を」と背中を押す提案調を用いる。デザインとコンテンツの共通原則を体験コンセプトによって一貫させることこそが、Webサイトを情報発信のプラットフォーム(基盤)として機能させ、SNSなど他メディアとの連携も円滑にする鍵となる。
この一連の「人格化」と「仕組みづくり」のプロセスの価値は、抽象的なブランドコンセプトを「ユーザーが理解できる言語に翻訳」し、それが社内の共通の判断基準として組み込まれることにあると大塚氏は強調した。これにより、Webサイトは単なる情報公開の場ではなく、UX(ユーザー体験)の向上を可能にする企業の基盤として機能するのである。
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