どこかに不安を抱えていないと逆に不安。だから挑戦する

第一線のマーケター・クリエイターが明かす、キャリアアップの奥義。今回は、バックオフィス向けSaaSなどを提供するフリーでExecutive Creative Directorを務める沖之城典生さんにこれまでのキャリアについて伺いました。良い転職は、良質な情報を入手することから始まります。「こんなはずではなかったのに…」とならないための、転職情報をお届けします!

「言葉で世界を動かす仕事」に惹かれた

──なぜ広告の道へ進んだのですか。

大学では法学部で国際法を学び、国際関係の仕事を志していました。ところが、アメリカに短期留学をした際に受けた「クリエイティブライティング」という授業が、僕の進路を大きく変えることに。当時はシリコンバレーが世界を沸かせていた時代。授業で紹介されたアップルの広告、「Think different」にとても心が高揚したのを覚えています。それから「言葉で世界を動かす仕事」に惹かれていきました。

帰国後すぐに宣伝会議のコピーライター養成講座に通いました。講義は刺激的で、同じ志を持つ仲間もできた。「この道を進もう」と、自分の中でスイッチが入りましたね。

写真 沖之城典生氏

フリー
Executive Creative Director
沖之城典生氏
早稲田大学法学部を卒業後、2003年にコモンズにコピーライターとして入社。日本経済広告社、ビーコンコミュニケーションズ、ジェイ・ウォルター・トンプソン(現・VML)と広告業界で活躍したのち、2022年に事業会社へ転身。ラクスル/ノバセルにて、ストラテジー&クリエイティブリードを務め、2024年10月より現職。

とはいえ、新卒でコピーライターになれる人はごくわずか。大手の広告会社から中小規模の制作会社まで応募して、唯一コピーライターとして内定を出してくれたコモンズに2003年に入社を決めました。

最初はグラフィックやページものの仕事が中心でした。イメージしていた華やかなコピーライター像とは違って、とても泥臭い仕事。それでも、自分の言葉が少しずつ世の中に出ていくのは嬉しかったです。

──外資へ転身した背景を教えてください。

25歳のとき、もっと大きな案件に関わるため、日本経済広告社に転職。約5年間の在籍中は、ひたすらテレビCMをつくり、毎年「ヤングカンヌ」に挑戦しました。もともと帰国子女だったこともあり、世界中の若手がアイデアを競い合う状況にアドレナリンが出たのと、海外のコンセプチュアルな広告表現への思いも強く、結果的に外資系広告会社であるビーコンコミュニケーションズに移るきっかけになりました。

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荒川 直哉(マスメディアン 取締役 国家資格キャリアコンサルタント)

マーケティング・クリエイティブ職専門のキャリアコンサルタント。累計4000名を超える方の転職を支援する一方で、大手事業会社や広告会社、広告制作会社、IT企業、コンサル企業への採用コンサルティングを行う。転職希望者と採用企業の両方の動向を把握しているエキスパートとして、キャリアコンサルティング部門の責任者を務める。「転職者の親身になる」がモットー。

荒川 直哉(マスメディアン 取締役 国家資格キャリアコンサルタント)

マーケティング・クリエイティブ職専門のキャリアコンサルタント。累計4000名を超える方の転職を支援する一方で、大手事業会社や広告会社、広告制作会社、IT企業、コンサル企業への採用コンサルティングを行う。転職希望者と採用企業の両方の動向を把握しているエキスパートとして、キャリアコンサルティング部門の責任者を務める。「転職者の親身になる」がモットー。

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