その1行が、10代を照らしてきた。
審査会に至るまで目を通してきた、何千ものコピー。その一枚一枚に、誰かの「言いたくてたまらなかったこと」が宿っています。「宣伝会議賞」の中高生部門が生まれて、今年で11回目。後半は審査員長として、私はそのすべての年に立ち会ってきました。次の審査員長へバトンを渡すこのタイミングで、10年間の言葉たちを、もう一度ここに並べてみたいと思います。
コピーは、時代の体温計です
広告のコピーは、世の中を映す鏡だとよく言われます。けれど中高生の言葉は、鏡というより体温計のようにも感じます。その年その年の空気を、誰よりも先に、誰よりも正直に測ってしまうのです。
私は、書くことは光を当てることだと思っています。同じ景色でも、どこに光を当てるかで、意味がまるごと変わる。中高生は、その年いちばん心が動いた場所を、まっすぐ照らしてくれる。だから受賞作を並べると、10年分の「時代の明るさ」が、そのまま地図になるのです。
中高生部門が始まった2016年。グランプリは「本気で殴りたい政治家ができました。」(読売中高生新聞)でした。18歳選挙権がスタートした年です。それまで他人事だった「社会」が、自分の一票と地続きになった。その実感が、行儀のいい言葉ではなく、こんなにも血の通った一行になって噴き出した。怒りでも諦めでもなく、関心が高ぶった先の言葉だと、私は読みました。
2017年には「クリーニングじゃ 明日の告白に間に合わない。」(菅公学生服)というコピーがグランプリに選ばれました。制服も、片想いも、間に合わせたい明日も、どんな時代でも変わらない。新しさを追う部門でありながら、普遍はちゃんと普遍として強い。この両立こそが大切なのだと、最初の数年で確信しました。
スマホとSNSが、まなざしを変えた
やがてSNSが日常の真ん中に居座りました。ここから、言葉の「見られ方」そのものが変わっていきます。象徴的だったのが「たまに眼鏡が1番可愛い」(ジョンソン・エンド・ジョンソン ビジョンケアカンパニー)。
自撮りと「映え」が当たり前になり、人の目に映る自分を、嫌でも意識させられる時代。本来はコンタクトを売るための課題で、あえて眼鏡の日を肯定してみせる。見られることに少し疲れた世代が、見られ方の主導権を、自分の手に取り戻す。その小さな反転に、私はこの世代のしたたかさと優しさを、同時に見ました。
息苦しさを、責めるでも嘆くでもなく、くすっと笑える角度でひっくり返す。これは、SNSを呼吸するように使ってきた人にしか書けない芸当です。そして、画面の向こうに友だちがいるのに会えない日々もやってきました。言葉が外へ向かいづらくなったぶん、まなざしは内側へ、そして手の届く範囲の大切な人へと、静かに、深く潜っていきました。
AIの時代に、言葉はもっと人間に近づいた
近年、最も私の価値観を揺さぶったのは、2024年のグランプリ「AIは、私の志望校を笑わない。」(ベネッセホールディングス)です。AIという最新の道具を、受験生の繊細な心の機微とぴたりと結びつけた力作でした。普通なら、新しい技術は「便利」「すごい」と消費されて終わる。けれどこの一行は、AIを、自分の弱さやさみしさを預ける相手として描いた。
技術の話なのに、こんなにも体温がある。道具が進化するほど、人はかえって「ひとりの人間に戻れる場所」を、言葉で探しはじめる。その逆説を、たった一行で証明してみせたのです。
直近のグランプリは「プロポーズに使いたいお店じゃなくて、プロポーズしたあとに通いたいお店。」(コロワイド)。特別な一日ではなく、その先に続いていく長い時間のほうを選ぶ。等身大でありながら、確かに大人びている。10年の積み重ねの果てに、こういう成熟したまなざしが立ち上がってきたのかと、私は静かに唸りました。
変わったのは時代、変わらないのはひとつだけ
こうして並べてみて、確信したことがあります。中高生の言葉は世間の正解をなぞりません。「みんながそう言うから」ではなく、「私の心の声として、こう思うんだ」があります。
本音を書くのは、いちばん怖い。けれど、いちばん力が生まれる。整いすぎた言葉より、まだうまく形になっていない気持ちのほうが、不思議と相手の胸までちゃんと届く。受賞作にはどれも、書いた人の体温が透けています。
その思いがあふれた一行は、何年経っても色褪せません。時代は変わり、道具も変わる。けれど、自分の感じたことを、自分の言葉にしようとする姿勢だけは、10年間ずっと変わらなかった。それどころか、変わりゆく時代のなかで、年々その純度を上げてきたのです。
「ありがとう」は、もともと「有り難し」。有ることが難しい、めったにないこと。10年分の受賞作を読み返すたび、私はありがとう、と言いたくなります。これほど正直な一行に出会えたことは、めったにない有り難さだったのだと、いまになって思うのです。
では、なぜ中高生の言葉は、これほどまでに大人の胸を打つのか。その「構造」は、次回ひもといていきます。
10年分の言葉は、これから挑む人への、最高のお手本です。さあ、次の中高生部門が、もうすぐ始まります。その先で、どんな一行に出会えるだろう。中高生部門の審査員から離れたとしても、私はいまから楽しみでなりません。
