コラム

片岡英彦のMPR(Marketing PR)な人々

本田美奈子の命日に考えた戦略広報の「ストーリー性」とは

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11月6日の命日には実家のある朝霞駅前のモニュメントに
沢山のお花が供えられていました。

こんにちは。片岡英彦です。今回から「戦略広報」について書かせて頂くことになりました。誰もが知っている著名人の活動などを「MPR(Marketing PR)な人々」として紹介させて頂き、戦略広報の「型」を知って頂ければと思っています。初回のテーマは「ストーリー性」についてです。

今日(2011年11月6日に執筆しています)は、2005年に急性骨髄性白血病で亡くなられた歌手の本田美奈子さんの7回忌となるご命日です。彼女の死について、この場で触れるのは不謹慎だとも思いましたが、彼女から我々が学ばせて頂くという趣旨で書かせて頂きます。

広報戦略を成功に導く上で「ストーリー性」が重要だとよく言われています。ただ、この「ストーリー性」について、どういうものが「ストーリー」としてふさわしく、どういうものがふさわしくないのか、その本質についてはあまり触れられていません。私は以下のように思います。

ストーリー性に欠かせない3大要素

  • リアリティー(人生の「浮き沈み」「メリハリ」など)
  • ニュース性(誰もがアッと驚く事実、意外性)
  • 伝説性(人から人へ「語り継がれる」結末)

上記の3つの要素を本田美奈子さんの生涯に当てはめてみます。

リアリティー

’85年に歌手デビュー。4枚目のシングル「Temptation(誘惑)」がヒット。多数の新人賞を受賞。’86年「へそだしルック」の「1986年のマリリン」が大ヒット。

’90年にオーディションを受けたミュージカル「ミス・サイゴン」でヒロイン役に選出。歌唱力、演技力が賞賛された。「屋根の上のヴァイオリン弾き」「レ・ミゼラブル」など多数のミュージカルに出演。高く評価される。

“日本語で歌える”クラシックに関心を抱くようになる。’03年に初のクラシックアルバム『AVE MARIA』をリリース。クラシックの名曲に日本語の詞をつけて歌うという新境地を開く。

ニュース性

’05年1月に受けた血液検査の結果、急性骨髄性白血病であることが判明。闘病生活が始まる。一進一退の状態が続くなか、希望を捨てずに前向きに闘病を続ける。入院から10ヵ月後、05年11月6日に他界。38歳と3ヵ月の生涯。

伝説性

入院中に難病患者を支援するための活動として自ら発案した“LIVE FOR LIFE”が、彼女の逝去後も遺志を継ぐ関係者たちにより運営される。亡くなった2005年当時19万8000人だった骨髄提供希望者(ドナー)が49万9352人(2011年9月現在)に増加。

本田美奈子さんの「想い」によって、多くの方が骨髄提供希望者の不足問題を知り、自ら行動するに至りました。

虎は死して皮を留め、人は死して名を残す
Live well and live forever.

彼女の歌と人生に秘められた「ストーリー性」が、日本の骨髄移植を、今でも推進しています。本田美奈子さんは、これからも「MPRな人」であり続けるのだと思います。

来週は「メッセージ性」についてマクドナルドの事例を紹介いたします。

それではみなさま。また来週。

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