コラム

脳のなかの金魚

中毒しなけりゃ意味はない

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このコラムについて
世界一知的でグラマラスな、クリエーティブの教養コラム。著者は日本、海外合わせ200以上の広告賞受賞歴を持つ、電通 コミュニケーション・デザイン・センター長 エクゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターの古川裕也さんです。これまで出会ったさまざまな名作映画、音楽、小説を手がかりに、広告クリエーティブの仕組みや考え方をつづっていきます。

アルコール中毒の定義について、丸谷才一がこんな説を紹介している。

“ 先日わたしは、新聞の婦人欄で、なにがしといふお医者の文章を読み、茫然とした。それには、夕食のとき、ああビールを一杯飲みたいな、と思ふ人間はアル中である。と書いてあつたのだ。いいですか。実際に飲まなくたつて、心に思つただけで、もうアル中なんですよ。”

――当然、彼は、これに対して、予想以上に重い刑を科せられた被告のように力なく反論する。

“ イエス様だつてそんなひどいことは言はなかった。 ”

アルコール中毒と言えば、必然的にセックス中毒を採り上げざるを得まい。これがふつうの市民にまで聞こえてきたのは、15−20年くらい前だと思われる。有名人の中で最初の患者とされたのは、マイケル・ダグラスだったと記憶している。

『危険な情事』『ウォール・ストリート』というキャリアを見ると、“ この世の欲望大肯定→やがてひどい目 ” というロールを演じさせたら世界一のアクターだ。こりゃキャスティングじゃないか、と思ったものだ。

さて、こちらの定義もなかなかむつかしい。丸谷才一が威嚇された定義からのアナロジーによれば、ディナーの後軽く一杯飲んで、気分出てきたところで、「ああちょっとしたいな」と思っただけで、即アウトということになる。たとえなんにもしなくても。こりゃひどい。マリア様でもそんなひどいことは言わなかった。

人間には2種類ある。何らかの中毒を抱えて生きていく人とそうでない人と。
どちらが幸福かはわからない。

ただ、ほんとに優れた仕事をする人というのは、ほぼ例外なく中毒を抱えている。“ とにかくこれなしでは生きていけない何か “ を。お金、名声、肩書き、などほかの目的の手段ではなく、それ自体を愛することと、レベルを上げることこそが、彼ら彼女らの最高のゴールなのだ。

ものを考えたり創ったりという仕事からみれば、中毒者とは、“ とてつもなく優秀 “ と、ほとんど同義のはずだ。なぜか。それは、クリエーティブ・スキルの上達は、ひとえに筋トレによるものだから。脳の中に、大脳基底核尾状核というところがあって、主に、思考の習慣化という任務を負っているらしい。

同じような原理とプロセスで、何度も何度も繰り返し思考すると、それが習慣化される。言ってみれば、その種目に関して考える筋肉がつく。これは、考え方さえ適切なら(これはこれで難度高いがまたそのうち)、思考分量に比例するはずである。いいものを創る人ほどまるで中毒のように考え、考えることをやめない。

よく、おもしろいものを創る人はいつもおもしろいものを創り、そうでない人はいつもそうでないものを創る、というけれど、その原因はこのあたりにあるのであって、必ずしも先天性のようなことが決定的とは限らないのである。


ダミアン・ハースト「Sympathy in White Major - Absolution II」(2006) via www.damienhirst.com Photographed by Prudence Cuming Associates (c) Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2012

ショパンのコンチェルトに完璧な音を出すために、自分でオーケストラをつくってしまったピアニスト、クリスチャン・ツィメルマンの演奏を聴いた時、パリのサン・ジェルマン・デプレを描きつくしたボリス・ヴィアンの曲を聴き、小説を読んだ時、ロンドンのテート・モダンで、ダミアン・ハーストの死んだ蝶を埋め込んだ作品を見た時などなど。優れた中毒者たちの仕事に遭遇することほど、僕たちを勇気づけるものはない。

最近、こういう “ 中毒者 ” が少なくなってる気がする。それだと、世界はつまらない。福岡(伸一)ハカセもよく、「オタクこそ世界を救う」とおっしゃっているではないか。

何かに深く中毒して生きていけるかどうか。
それこそが、人生の意味なのかもしれない。


atcreative-direction

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