コラム

New York、酒と泪と男とアートディレクション

NY初仕事は、米ロック界のボス、ブルース・スプリングスティーンのベストアルバム

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【前回の記事「キーマン&親友の、ドロガ・ファイブ所属クリエイターとの出会い」はこちら】

ニューヨークは今、極寒です。12年住んでいて、こんなに寒いニューヨークは初めてです!なにせ暖房がきかないくらい寒い……!

空は毎日どんより。雪がやんでも道は溶けかけたシャーベット状の雪で靴はドロドロ。と思ったら次の日にはそれが凍って、アイススケート場のようにツルツルに。先日会社の前で派手に転んで、買ったばかりのジーンズにビンテージ風の穴が開きました…。

そんな冬真っ盛りのニューヨークですが、ここに生きる女性達は「強い」とよく言われます。私もそれに激しく同意。

だって強くなるのには理由があるんです。アメリカ人であろうが日本人であろうが、この摩天楼で一人で生きてゆくのは簡単ではない。異文化の混じり合ったこの街に、統一された秩序はなく、強く自己主張していかないと生き残れないのだから、それは強くなります!

ただでさえデコボコで歩きにくいのに、凍ってしまって命の危険すら感じるこの街の道。隣で手を差し伸べてくれる王子様はいない。誰の手も借りず一人で歩かなければいけないのです。

時にはタクシーの運転手さんと怒鳴り合いの喧嘩もしなければならないし、そこらにいるミリオネアーの独身男達の危険な罠にはまらない様に気をつけていないといけない。

そんなこと、百も承知な「強い」私でも、ここ最近の寒さにはやられ気味。凍えながら徹夜作業をして、寝不足な日々を過ごしていると「なんで私はこんな思いをしてまで異国で一人で働いているのだっけ?」とバッドループにハマります。

そんな時こそ、私の秘伝。すばり、「飲みながら初心に帰る!」療法。まぁ思い出に浸って明日からまた頑張ろう!っていう、ただのオヤジ飲みなんですけどね。

(てことで、勝手ながらチビチビ熱燗飲みながら思い出話をさせて頂きます。ちなみに熱燗は石川県の『天狗舞』です。ニューヨークも日本酒ブームで、かなりの銘柄が揃ってるんですよ~。)

米国国民的アーティストを知らない……。音楽会社で働く価値ゼロ!の烙印からのスタート

話は遡ること、約10年前。

なんとかビザを取得し、ニューヨークのソニーミュージックに就職。まずアートディレクターとして就職したものの、右も左も分からないド新人に変わりはない。そんな私に与えられたのは、マンハッタンを見下ろす「個室オフィス」だった。ここのアートディレクター達は全員個室オフィスで優雅に仕事をしているらしく、なんとも贅沢な待遇に鼻血モノだった。

就職したての頃はどちらかというと放置プレイ。お手伝い業務がメインで、自分から「お仕事下さーい」とお願いしないと何もしないで一日が終わってしまう。

仲良くなった同僚と毎日楽しいランチタイムがあった。その時にアメリカ人同僚に驚かれたのが「なんでランチの時にお財布を裸で持ち歩くの?危ないじゃん!」と言われたことだった。

東京時代はお財布だけを持ってランチに行っていたけれど、なるほどニューヨークでは「お金ここにあります、襲って下さい」と言わんばかりのアピールらしく、それから気をつけるようにした。危ない危ない……。

NYに来て初めてアサインされた仕事が、米ロック界のボスこと、ブルース•スプリングスティーンの『Essential:BruceSpringsteen(エッセンシャル:ブルース•スプリングスティーン)』CDジャケットデザイン。思い入れの深い1枚。

そんなOL気分を味わっていたある日、初めてアサインされた仕事が『Essential : Bruce Springsteen(エッセンシャル:ブルース•スプリングスティーン)』だった。私の最初のリアクションは「ブルース•スプリングスティーンってことは、ブルースミュージックですか?」。

英語の聞き取りうんぬんじゃなくて、本当に誰だか全く知らなくて、上司に白い目で見られたことが今でも忘れられない。

ブルース•スプリングスティーンといえば、ロック界の「ボス」の相性でアメリカ人から絶大な人気を誇るロックンローラーだ(今だから言える…)。日本でも70年代に『BorntoRun(明日なき暴走)』が大ヒットしたとか。ちなみにアメリカ人がカラオケに行くと誰かが必ずこれを歌う。

私は特にそういうジャンルの音楽で育ってないし、生まれたの78年だし、、と自分に言い訳しても上司の驚きは隠せなかった。「ブルース•スプリングスティーン、本当に知らないの?!」と。音楽会社で働く価値ゼロ!と烙印を押された気分だった。

でもそこでひるんではいけない。「アメリカが一番だ、アメリカ人のスターを知ってて当たり前」って思うのなら、私は日本人として「BOOWY知ってるのか?さだまさし知ってるのか?」と言いたい。そんなこと、アメリカのレコード会社に就職したてだった私はとても口に出来なかったが…。

次ページ 「国民的アーティストのベストアルバムを製作」に続く

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