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コラム

脳のなかの金魚

「みんな」とは誰か

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「みんなを幸せに」「みんなの笑顔のために」…コーポレートスローガンでも、広告コミュニケーションでも、メディアや日々のソーシャルでの投稿でもよく目にします。聞き心地はやさしく、いつも正しくて誰でも肯定しそうな「みんな」の言葉。でも「みんな」って一体誰ですか?

「みんな」って、誰だ。
この人物は、ちかごろ、ますます大活躍である。

「みんなこう言ってますよ。」
相手が、スキャンダル渦中のセレブリティであれ、犯人や被害者の家族であれ、「みんな」という絶対多数を味方につけ(てるつもりで)、自分たちを絶対正義と信じて疑わない人たちの台詞。匿名はじめとする安全圏に自分がいると判断した時の、人間のとめどない攻撃性は、ネットのみならずあらゆる場面で証明済みだ。

「だって、みんな、知りたがってるんですよ」
たとえ、それによって人生を決定的に損なう人がいても、「みんな」の欲求に応えるこちら側こそ正しいと信じてしまう人たちの台詞。
 
どうしても、女優Aと男性歌手Bとがセックスしたかどうか知りたくなったら、どうすればいいのか。どうしても、殺人犯Cの母親の顔を見たくなったら、どうすればいいのか。
 
答えは、かんたんだ。
がまんするのだ。
なぜなら、その欲求は、いやしいものだから。

パブリックな事柄について知る権利は誰もが持っている。自分に直接関わる事柄について知る権利も誰もが持っている。
かたや、他人のプライヴァシーを知る権利は誰にもない。他人にプライヴァシーを知られないでいる権利は誰もが持っている。
たとえ感じたとしても、絶対に抑制しなければならない欲求というものがある。

『ソーシャル・ネットワーク』のアーロン・ソーキン制作のHBOの連続ドラマ『ニュース・ルーム』は、ニュース番組を舞台に新しい報道のあり方を模索している。事件は本当にあったものを採りあげ、それを報道がどう扱うかをテーマにするというフレーム。これは意外となかった。福島原発爆発事故も第3話で採りあげられている。
ジェフ・ダニエルズ演じるメイン・キャスターが、ニュース番組の意義を最初に定義する。
「アメリカのタックス・ペイヤーが、正当に判断し投票できるように、必要十分な情報を提供する」
たいていの放送局のように、「公正な報道」とか「正義と真実のための報道」とか、証明できない空疎なクライテリアなんか設定せずに、自分たちのできる範囲のミッションに置き換えている。そしてなにより、自分たちがいやおうなく持ってしまっている巨大な力を行使して、どのような影響をカスタマーに与えるべきかのゴール設定がすばらしい。これは、コミュニケーションの問題でありディレクションの問題でもある。

糸井さんが、30年前くらいに、「不特定多数」を、「ふとくておおぜいなんだから、こわいものなんかないだろう」と書いていたと記憶している。正義と善意で肥大化した「みんな」の暴力性を、正確に言い当てている。

例えば、ある若い女性研究者が歴史的な発見をしたとする。「みんな」、競い合うように、もてはやす。
しばらくして、その発見の信憑性に疑惑がもたれたとする。「みんな」最初はおそるおそる彼女に傷を付け始める。けれど、とある瞬間から「みんな」いっせいに攻撃し始めるのだ。その「みんな」には、もともと同じチームだった人も混じっている。そのころ「みんな」は団結している。おそらく無意識に。自分が正義の側に立っていることに、いささか高揚して。
やがて、本筋とはまったく関係ないスキャンダラスな情報も出回り始める。例の“だって、「みんな」知りたがってるんですよ”を、正当性の根拠として。

遠藤周作がエッセイの中で、悪魔に対する“善魔”という存在を発明している。
善魔は、「いつも正義の旗印をかかげる。」「他人を裁く。」自分にも間違っている可能性があることなど思いもよらない。善魔と、ふとくてたくさんな「みんな」とは同じ人物たちだろう。
グレアム・グリーン『おとなしいアメリカ人』の中に出てくる、自分たちの身勝手な善意がベトナム人にもたらしている不幸に気づかない若いアメリカ人兵士。サマセット・モーム『雨』の中の、ひとりの娼婦を救おうとして、彼女を逆に傷つけ苦しめていることにまったく気づかない独善的な牧師が例として挙げられている。
むつかしいのは、善魔もふとくてたくさんも、性格というより状況の問題であり、誰もが、いともかんたんにそうなる可能性があるということだ。

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