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「とんでもなく面白い」「全力でシュール」「おもしろすぎワロタwwwwww」――いま、ネットを中心にじわじわと人気を広げている1コマ漫画がある。その名も、『サラリーマン山崎シゲル』。登場人物はサラリーマンの「山崎シゲル」と、その上司である「部長」の主に2人で、奇想天外な行動をとる山崎シゲルと、そんな彼をやさしくたしなめる部長とのシュールなやりとりが描かれている。作者は、ピン芸人「タナカダファミリア」としても活動する田中光さん。ヒットコンテンツ誕生の裏側には、芸人としての苦労を重ねた道のりがあった。
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2013年から描き溜めてきた1コマ漫画シリーズ『サラリーマン山崎シゲル』が書籍になったのは昨年のこと。それをきっかけに漫画やイラストの仕事がガッツリ増えて、人前に出る機会がずいぶん減ってしまいました。お笑い芸人としてどうなのかという問題はありますが、仕事をいただけて、しかもそれを楽しんでやれているのは、ありがたいことです。いまでは土日を含め、絵を描かない日はないと言っても過言ではありません。
元々、絵を描くのは好きで、小学生の頃は「僕は漫画家になるんや」と、漠然と思っていました。とは言え、特別な練習をしていたわけではなく、ノートに鉛筆でギャグ漫画のようなものを描いていただけ。いま思うと、ギャグになっていたかどうかも分かりません。父親が手塚治虫さんの漫画が大好きで、家には漫画が溢れていましたから、「漫画を描きたい」と思うようになる環境は整っていたのだと思います。絵を描くことがとにかく好きだったので、画家にも憧れを持っていましたね。
それが中学生になると、お笑いにも興味を持つようになり、学園祭では保育園からの幼なじみだった同級生と一緒に漫才をやりました。絵か、お笑いか――高校卒業後にどちらの方向へ進むか迷っていましたが、運良く美術大学に合格することができ、ひとまずは芸術方面に進むことになります。版画を専攻したものの、あまり形にはこだわらず、造形物、映像なども自由につくっていました。いま考えると、映像作品はコント的な内容のものがほとんどで、映像というよりはコントをつくっている感覚だったんだと思います。お笑いの道には進まなかったものの、面白いことを考えたり、人を笑わせたりすることが基本的に好きで、そこに喜びを感じていたのだと思います。そんな性格もあり、僕は“カッコいい”絵を描くのが苦手でした。いかにも、という感じの抽象画を描こうとすると、どうしてもわざと崩して描いているような“あざとさ”が滲み出てしまったり、それを描いている自分が何だか気持ち悪く思えたり……モヤモヤした気持ちが次第に大きくなっていきました。
そんな折、中学・高校と一緒に漫才をやっていた幼なじみが、「お笑いやらへん?」と声をかけてくれた。そうして、入学してわずか1年で大学を中退し、吉本興業の養成所に入りました。そこから10年間は、お笑い一筋。時々、落書きレベルの絵を描くことはありましたが、画材を使って本格的に描く機会は皆無でした。絵を使ったフリップネタをやるときも、きちんとした絵では面白くない気がして、“ヘタウマ”な絵を意識的に描いていました。
「売れる」ために、絵を再開
もう一度、ちゃんと絵を描くようになったきっかけは、10年来の相方とコンビを解散して、吉本興業を辞めたこと。お笑い自体、辞めようかと思っていたのですが、折しもそのタイミングで、後に一緒にお笑いトリオを組むことになる芸人仲間から、「一緒にやらへん?辞めるんやったら、もったいないし」と誘われて。そんなふうに思ってくれる人がいるのが純粋に嬉しくて、もう少しお笑いを続けてみることにしました。絵を描くことを再開したのは、2012年にトリオを結成し、大阪から東京に出てきてからのことです。目的は、簡単に言うと「売れる」ため。遅まきながら始めたTwitterで、ライブの告知などにイラストを添えて投稿するようになったのが最初でした。
というのも、芸歴10年以上になっても、僕はどうやったら売れるのかが分からなかった。バラエティ番組ではどう振る舞ったらいいとか、ずっと笑ったり騒がしくしなきゃいけないとか、そういうことを考えるのが昔から本当に辛くて。それは芸人としてどうなの、という話なんですが…。かと言って、それ以外に芸人として成功する方法が思いつくわけでもなかった。そこで、メンバーの同級生だった、お笑いコンビ・ピースの又吉直樹さんに相談したんです。「好きなものや特技があるなら、それをめちゃくちゃ勉強して、誰よりも詳しくなったほうがいい」「特技はいくつあってもいい。鍛えておいたほうがいい」――そうアドバイスされました。
得意なものと言ったら、僕には絵くらいしかありません。古着やバイク、音楽など、他にも好きなものはいろいろあったのですが、これらを極めるにはお金がかかります。そのためにアルバイトをする時間があったら、一刻も早く芸人として成功したかったので、紙とペンがあれば描ける絵に行き着くのは必然でした。絵を描いては、それを写真に撮って投稿。少しでも人目に触れて、「このトリオ、面白そうだな」と思ってもらいたいという一心でした。
この情報発信は、発想力を鍛えるトレーニングの場としても役立っていました。「世の中にこういうものがあれば面白いな」と思う発明品を図解したり、何の役にも立たない無駄な発明品を考えてイラスト化したり……大喜利的なものの考え方を訓練するのにちょうど良かったんです。番組収録の現場でひな壇から立てず、ふざけたことを考えることはできても実際にふざけることができない僕は、発想で勝負するしかありませんでした。大阪時代は、接客業のアルバイトをしたりと、できないことを必死に克服しようともがいていましたが、もう不得意な部分を鍛えている場合ではない。得意な部分を磨き上げて、早く売れたい。東京に来てからは、できないことを「切り捨てる」作業のほうが多かったですね。面白いことを考えるのは大好きで、それが自分自身、唯一誇れる部分だと思っていましたから、徹底的に鍛えてやろうという発想に変わったんです。
笑わせたい=喜ばせたい
そうして現在に至るまで、絵を描くことが僕のライフワークになっています。僕の毎日は、事務所に出勤して、「〇月〇日生まれの人、おめでとうございます」と題した日替わりのイラストを描くことからスタートします。「拡散希望」という言葉は嫌いだけれど、なるべく多くの人にブログを知ってもらいたい。「お誕生日おめでとう、というメッセージを一人でも多くの人に届けたいから拡散してください!」なら言いやすいのではないかという“下心”から生まれた企画でしたが、「もしかしたら待ってくれている人がいるかも」という思いもあるし、「おめでとう」という言葉で一日をスタートするのはやはり気持ちが良いもので、開始以来途切れることなく続けられています。
「サラリーマン山崎シゲル」は、2013年4月からブログにアップするようになったもの。主な登場人物は、サラリーマンの「山崎シゲル」と、その上司である「部長」。奇想天外な行動をとる山崎シゲルと、彼を優しくたしなめる部長とのほのぼのとしたやりとりが見どころです。会社勤めの経験がない僕が、なぜサラリーマンを描くことにしたのか。それは、周りの人からのアドバイスがあったからでした。同シリーズを描き始めた頃、冗談半分で、「本とかになったらええなあ」とマネージャーに話していたら、「うちに絵が上手い芸人がおるんです」と、いろいろなところに売り込んでくれていたみたいで。徐々にイラストのことを知ってもらえるようになると同時に、周りから意見をいただけるようになったんです。その中に、「もし将来的に本を出すのなら、『サラリーマン』とか『ギャル』とか、テーマを絞ったほうが見やすいのではないか」というのがあった。それで、じゃあサラリーマンを描いてみようと。登場人物に“むちゃくちゃなこと”をさせたいという、ぼんやりとしたイメージがあったので、登場人物自体は“1000年に一度の勇者”などではなく、ごく平凡な存在にしたかったんです。日常を舞台に、一見普通っぽい人が、非日常的なことをやる――そこに面白さがあるかなと思ったのです。
今年1月には、『週刊少年サンデー』での連載『レタス2個分のステキ』がスタートしました。Twitterやブログで1コマ漫画を描いているうちは、多少下手でも「僕、ベースはお笑い芸人なので」という言い訳もできましたし、「芸人なのに絵が上手い」と言ってもらうことができました。でも、少年誌で連載を持たせていただく以上、そんな意識やスキルで臨むのは、読者にも他の漫画家の方にも失礼。連載のお話をいただいた昨年後半からは、もう一度、絵の勉強をし直しています。
僕にとって、「笑ってもらいたい」と「喜んでもらいたい」はイコール。笑わせるということ以外の、人を喜ばせるための手段を鍛えてこなかったんです。だから漫画を描くにしても、“THE 少年漫画”のような、カッコいい絵を描くのは苦手だし、照れ臭い。どんな絵、漫画を描くにしても、どこかに笑いのエッセンスを取り入れたいと思っています。褒めたり煽てたり、言葉で人を喜ばせるのは得意ではないので、笑いを通じて喜んでもらいたいんです。
それこそ、面白いことは意識しなくても思いついちゃうんですよ。大阪でコンビを解散して、一時お笑いから遠ざかっていた時期には、自分が日々思いついてしまったことをどう処理したらいいか、どこで発散したらいいか、と悩んだくらいです。考えたことを表現する手段としての漫画やイラストが、ようやく人に見せられるレベルになってきたことが嬉しい。もちろん賛否両論がありますが、それは多くの人の目に触れるようになった証拠でもあると、前向きに捉えています。
表現の手段は、お笑い、漫画、イラスト以外にも、まだまだたくさんあるはず。面白いことを考えるのは好きだけれど、それを表現する方法としてマイクの前に立つのは、僕にはあまり合っていないのだと思います。でも、ペンを持つようになってからは、歯車がうまく噛み合った感じで、自分にとって生きやすいところをようやく見つけたという感覚がありました。今後もそういう表現方法との出会いがあれば、ジャンルを問わず取り組んでみたいなと思っています。


