コピーを考える前に「誰がデザインするか」を考える
権八:僕が大好きな秋山さんのコピーにキヤノンのカメラのAE-1の広告のものがあります。一眼レフカメラの広告で、舞台が高校野球の甲子園。甲子園のグラウンドに白線を引いているところを俯瞰で撮ったような写真で、そこに「ただ一度のものが、僕は好きだ。」というコピーで。
「うわ、そうだな」と思っちゃうわけですけど、当時、『D.J.SHOW 秋山晶の仕事と周辺』を読んだときに、このコピーが出てからもう何年も経っているんですけど、未だに秋山さんが逡巡されているんですよ。「なぜ、“ただ一度のものが”なのだろう。“ただ一度のことが”ではないのか、“ただ一度のなにかが”ではないのか、あるいは、“ただ一度が”ではないのか。その答えは出ていない」と。出稿してもう何年も経ってから未だにそういうことを考えているということに新入社員の僕は「あんなすごい人がこんなことを言っている」とビックリして。ちなみに秋山さん、これについて答えは出たのでしょうか?
秋山:答えが出ないのは、「ただ一度のもの」というのは言葉として明らかに間違えているからなんですよね。本来は“もの”じゃなくて、“シーン”。
中村:「ただ一度のことが」とか、「ただ一度のなにかが」というほうが本当は正しいかもしれないけど、秋山さんの中では何かどうも「ただ一度のものが」という感じだったということでしょうか? ロジカルというより、感性の世界というか。
秋山:文章、あるいはコピーとしてはそのほうがいいなと思ったけど、ちゃんとした言葉じゃないですよね。
権八:「ただ一度のものが」が、僕は好きですけどね。
澤本:「ただ一度のことが」というとまた違いますよね。
秋山:生々しいよね。
澤本:ものっていうとそこの生々しさが消えますね。この「ただ一度のものが、僕は好きだ。」のコピーと白線をずっと引いている、ちょっと上空から撮ったような美しい写真がすごくマッチしていますよね。僕が会社に入ってすぐの頃、コピーライターの人とADの人がコピーを巡ってケンカしているのをよく見たんですよ。
コピーライターはコピーを武器に「これでやりたい」と。デザイナーは「いや、デザインでやるんだ」と。それでガーッと言い合いになって、地面にデザインとコピーを置いて、その場で広告をつくっていく・・・というところを見ていました。でも、今はコピーライターがコピーを書いてきて、それをデザイナーが受け取って、デザインがあがったら「これいいね、悪いね」と。つまり、コピーライターとアートディレクターがやり合って、コピーをよくしていくという姿を見ないんですよね。
それは僕らが代理店だからかもしれないけど。秋山さんはADの方とそうやって闘ったり、ADを説き伏せるようなコピーを書けば勝ちだ、というような感じはあったんですか?
秋山:全くそういうことはないですね。僕はまず「誰がデザインするか」を考えます。それからコピーを考える。キヤノンの場合は細谷巖がADだったので、ビジュアルは空間がいいだろうと。細谷は納得しないとなかなか動かない。「どうしてこうなんですか?」と言うから、市川崑監督の映画『東京オリンピック』のラストロールを思い出せと。
あれでグラウンドを整備、掃除しているところがあったろうと。あれは終わりのシーンだったけど、今回はこれから始めるのに整備してるんだよと。そうすると、東京オリンピック、市川崑と来て、「あ、いいんじゃないかな」と思うんですよね。
澤本:ということは、コピーを書いているときに秋山さんの頭の中に世界観も映像もあるということですね。
秋山:だいたいありますね。その代わり、デザイナーから出てきたものには一切口を出さない。
澤本:闘うということもなく。
秋山:大げさに言うと美学の話になりますからね。
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