コラム

企画ビジネス温故知新!『日本の企画者たち・番外編』

第5回・「ポスターの真の意義は、商業広告を芸術化するところにある」~デザイナーたちの言葉~

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【前回コラム】「第4回・とと姉ちゃんとスカートをはいた編集長 ~大橋鎮子・花森安治の生き方~」はこちら

杉浦非水は、日本における商業美術の先駆者、近代グラフィック・デザインの父といわれています。1927年、日本最初のデザイン誌「アフィッシュ」が発行され、その巻頭言に次の言葉を記しています。

「明治はポスターの原始状態を離れ得なかった時代であり、大正は過渡期の混沌時代であった。やっとポスター(商業図案)に目覚めてきたのは欧州大戦この方である。ことに関東大震災以後において初めてその要求と研究が盛んになってきたと言えよう。だが欧米の影響を受けた日本は、彼らを追尾している状態である。日本の美術界はひときわ盛んであるが、アトリエに閉じこもっているだけで、民衆と共に実社会に食い入って、芸術を実業に融合しようとは考えていない。広告画は芸術の冒涜であるかのように思っている人さえある。『アフィッシュ』を刊行するのは、この荒地を拓いてひとつの田園を世に提供したい心に他ならぬ。・・・」。

非水の言葉に当時の日本の商業美術の状況が要約されています。そして日本が欧米に学びつつ、いかにオリジナリティのあるデザインをつくりだすことができるか、その苦悩と開拓者の気概が示されます。純粋美術とは別の商業美術の地位を確立しようとする強い決意が表明されています。1930年に出版された「非水創作図案」の中で、非水はポスターとは何かについて記します。

「我々の実生活のすべてを芸術化する文化運動は、建築や、遊歩道路や、農民芸術の台頭や、演劇や、映画の夕べばかりではない。ポスターもまたそのひとつであらねばならぬ。ポスターの真の意義は、我々の生活を向上し、無趣味になりがちな商業広告を芸術化するところにある」。「ポスターは、その色彩によって人の注意を惹かなければならない。ポスターは、その構想図案において人心を刹那に把握せねばならぬ」。「ポスターは広告目的の上に立って、その使命を遂行しなければならない。そこに、装飾的色彩と、簡明直截な図様の単化が必要である」。

非水は、ポスターが広告宣伝の使命を果たす街頭芸術であることを折あるごとに熱をこめて語っています。自ずと芸術であるような広告こそ杉浦非水の理想とするものであったに違いありません。

山名文夫は日本におけるグラフィック・デザイナーの先駆者のひとりであり、繊細な女性美を表現しました。とくに資生堂のデザインは山名の代表的な仕事であり、優雅な企業イメージをつくる中心的な役割を担い、「資生堂スタイル」を確立しました。資生堂意匠のバックボーンである唐草模様について山名はこのように記します。

「唐草は音楽そのものなのである。曲線にも表と裏とがある。表の線の切れ目を裏の線がつなぎ、一方が旋回すると片方は伸長する。高低があり、強弱がり、断続がある。まったく唐草はリズムそのものだった。文学的に形容すれば、それは女の髪の毛だった。カールした髪、ウェーブの髪、ブロンドの髪、ブルネットの髪。それはしなやかであり、なだらかであり、ふかく影をおとし、まぶしく反射する。花をかざすによく、リボンに編むもよい。唐草は女の表情そのものである」。山名の描くアール・デコ調のモダン・ガールは若い女性を魅了しました。

今竹七郎は、日本のモダンデザインの父といわれ、自由奔放な発想とエネルギッシュな行動力で戦前戦後を通じて関西デザイン界の水先案内人をつとめました。モダン絵画の先駆者のひとりでもありました。ランラン油粧品の広告のつくり方に関して、今竹は重要なことを語っています。

「僕は破調が現代美を創造するものと考えましてね。音楽にしても調和音より不協和音に現代美を感じていたわけで、だから隣接する広告面に対してできる限り不協和の画面を作って周りの広告から浮遊させる方法として余白の強調を試みたんです。」

自らの広告のことを考えるだけでなく、置かれる位置を考え、周囲から目立たせるという意識はじつに大事なことだと思われます。関西電力のシンボルマークは今竹の作品の中でも傑作と言えるでしょう。今竹は「ポルノのマーク」と題して自作を解説しています。

「関西電力は日発と関配の二大会社の合併。よく見てください。男性女性の両極がただ今わき目もふらずモウレツに一心同体化の作業中、サイコウの真と和の境地です。アンペアのAとヴォルトのVの組み合わせでもあるわけ。ともあれ、昔から電気とポルノの本質は共通したもの」。いかにも今竹らしい面目躍如たるコメントです。

河野鷹思は多面的な才能を発揮した、オリジナリティに富むデザイナーです。小津安二郎の名作「生まれてはみたけれど」の美術監督をつとめ、小津とは終生付き合う仲になりました。「映画の予告ポスターから似顔絵や肖像写真を完全に駆逐してしまった」と語るように河野の映画ポスターは個性的で、あれから70年以上経った21世紀の映画広告は河野のデザインに追いついていません。ブックデザインも数多く手がけており、それについての発言も多くあります。

「『装丁』という仕事は表紙画を描いて作品を美しく包み込むことではなく、それとは全く反対に大胆不敵にも、作品群をひとたび『裸』にして、もう一度組み立て直す作業だと、私は思う」、と記します。河野のブックデザインは本の価値を高めました。デザインは付加価値ではなく、書物そのものなのです。

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