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「パナソニック宣伝100年の軌跡」(1)広告の真ん中に製品がある―あかりの広告篇

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2018年に創業100周年を迎える、パナソニック流の宣伝に迫る対談。第1回は「あかりの広告」篇。創業者・松下幸之助が初めてつくった広告が「あかり」であり、同社の原点ともいえるテーマです。「ナショナル インバータ」のCMに出演した俳優・岸部一徳氏と、カンヌライオンズのグランプリほか、国内外の広告賞を受賞したナショナルのあかりのCMに携わったクリエイティブディレクター・水原弦氏が語り合いました。

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創意工夫はCM放映後も続く

―「取り替えるなら、インバータ♪」と、岸部さんが照明器具を持ちながら歌って踊るCM。放映は80年代ですが、今でもクスッとさせられます。

岸部: 正直、恥ずかしかったですね。俳優ですから、役を思い切り演じるのは慣れています。でもCMは素の自分をさらしています。

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01.1987年 テレビCM「とりかえましたか」
02.1982年 テレビCM「光のメニュー」

水原: 俳優の普段見られない、“素”の部分が出ると、面白いCMになることが多いです。私もタレントがいる撮影では「出演者のすべてを引き出すまで絶対に終わらせない」と思って毎回臨んでいました。

岸部: CMは楽しくて、簡単な仕事と思われているかもしれませんが、なかなかしんどいんです。コンテ通りに演じたらおしまいではなく、そこからがスタート。その場で新たな演技をどんどん求められるので、瞬発力が必要です。できないと「俳優として恥ずかしい」というプレッシャーもあるんですよ。

CMには“撮影の時に生まれるもの”が大切だと感じたので、冒険やチャレンジとしてとらえ、求められる演技の先を行く表現を目指す必要があると思いました。そう考えると、広告の仕事をしている人たちと付き合うのがますます楽しくなりましたね。

―お二人から見て、パナソニックの宣伝担当者は、どのように映っていましたか。

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岸部一徳(きしべ・いっとく)
1947年京都府生まれ。67年、グループサウンズ「ザ・タイガース」にてデビューし、75年に俳優に転向。90年『死の棘』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞するなど、日本を代表する俳優のひとりとして、ドラマや映画に数多く出演している。「ナショナルインバータ」のCMも話題に。

水原: 僕たち以上に諦めない。コンテ通り撮り終えたら、「じゃあ次は何を撮る?」といった感じで、AからHタイプまで様々なパターンを撮影することもありましたね。パナソニックの担当者のほうが出演者の隠れた魅力を引き出すことに熱心でした。

岸部: 制作側にとっては、かなりプレッシャーがかかりそうですね。

水原: 現場には確かに緊張感がありました。中には、撮影した16ミリフィルムを、自分でフィルムを切ってシーンをつなげて、編集したものを「どう?」と見せてくる方もいて。

岸部: 自分で編集ですか、すごいですね。

水原: その編集が結構よかったりするから、大変なんですよ。オンエア後も、彼らの指示で撮り直したこともありました。宣伝部長、課長をはじめ、本当に広告の目利きが多く、厳しかったんです。当時の宣伝部門は、事業部の予算を預かって企画から制作までを担う、広告会社のような機能を持っていたので、部長や課長はクリエイティブディレクターといったところ。こちらよりいいアイデアが出てくることもよくありました。

岸部: そういったアイデアが実際に採用されることもあるわけですか。

水原: ええ。でも、現場ではもっと面白いものにしようと一緒に取り組むので、そこでは誰のアイデアかといったことは、あまり問われなかったように思います。

―水原さんが企画、制作に携わられたCM「光のメニュー」も、そうした切磋琢磨の中から生まれたわけですね。

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水原 弦(みずはら・ゆずる)
クリエイティブディレクター。1977年博報堂に入社。ユニークな撮影方法やCG、音楽、編集ソフトを駆使し、ビジュアルインパクトを中心に据えるクリエイティブスタイルが高い評価を受ける。現在は、博報堂プロダクツの映像エキスパート集団「ONE★PUNCH」エグゼクティブクリエイティブディレクター。

岸部: フルーツの皮をむくと、あかりが漏れ出てくる。美しいCMですね。このCMで賞をたくさん受賞されたんですよね。

水原: 博報堂の関西制作には面白いCMを次々とつくる先輩がいまして、同じ土俵で戦ったところで僕は絶対に勝てないから、まるで違う方向で芽を出すしかないと思ったわけです。

岸部: アイデアはどこから?

水原: オリエンテーションで、果物や料理をおいしく見せる照明の研究をしているという方のレクチャーがあって、それを聞きながら、何とはなしに果物のいたずら描きをしていたんです。それを見直した時に、ふと。

岸部: すごいなあ。

水原: いたずら描きは夜中のわずか10秒ほどのことだったのですが、その10秒がなかったら……と思うとゾッとします。

岸部: アイデアは、そういうふとした時に、ポッと出てくることがあるんですね。

水原: ただ撮影は苦労しましたね。合成の技術はない時代でしたし、なかなかOKも出ませんでした。宣伝部門の課長から「いいものができるはずだから、徹底的にやろう」と言われて撮り直しのチャンスをもらい、何とか完成にこぎつけました。

このCMをはじめ、パナソニックの仕事をすることで本当に鍛えられました。育ててもらったと思っています。

次ページ 「人とのつながりが感じられる広告を」へ続く