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コラム

そのイノベーションが、未来社会の当たり前になる。

松岡正剛×坂井直樹 対談 — 会社からオフィスが消え、街から強盗が消える?

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コンセプターの坂井直樹さんが、今起きている社会の変化の中でも、少し先の未来で「スタンダード」となり得そうな出来事、従来の慣習を覆すような新しい価値観を探る対談コラム。第1回目は編集工学者の松岡正剛さんと語り合います。松岡さんの蔵書2万冊が壁一面に広がる編集工学研究所内のブックサロンスペース「本楼」で対談を行いました。

左)松岡 正剛 氏
右)坂井 直樹 氏

データが街を安全に、人を倫理的にする

坂井 直樹 氏

坂井:これまで「会社」というと、オフィスがあって、社員が通勤するものと思われてきましたけれど、今や仕事もミーティングも、どこにいてもできるようになりました。

僕の会社は、自前のオフィスを完全になくしました。今71歳ですが、まだもう少しやりたいことがあったので、極力スタッフを減らして、場所もなくして、コストゼロに近い形にしたんです。そのほうが好き勝手できますから。それで海外にばかり行っています。

オフィス自体をなくす選択をする企業は出てきていて、社員が集まって働くスタイルが崩れれば、会社の未来のスタンダードは、従来とは違うものになるんじゃないかと思います。

思い返せば、僕が日産「Be-1」のコンセプトを出したとき、街中には四角い車しかなくて、奇妙な車と言われましたけれど、今や丸いデザインがスタンダードになりました。

イノベーションというのは、そういう新しいスタンダードを作ることなんじゃないか、僕らがまだ見ていない未来のスタンダードの兆しが生まれているんじゃないか、そんなことを考えています。

松岡 正剛 氏

松岡:そうか、坂井さんも71歳だ。でも暴走しているね。僕は74歳だけれど古稀のときに再暴走を決断しました(笑)。

ところで、オフィスで働くとか、通勤するとか、そういったこと自体すべてがネーションステート(国民国家)の官僚と工場がつくりあげた「デファクトスタンダード」の塊なんですよ。定められた規格はないけれど、結果として事実上標準化している「バカ常識」みたいなもの。

ある部屋ができると、誰もが入り口があるだろうと思い、きっと窓があるだろうと思ってしまい、やがて全体にデファクトスタンダードというものができあがります。

でも、デファクトスタンダードに埋もれていると、ニュースタンダードはなかなか生まれてきません。

例えば駅の改札を切符から自動改札に変えた電子マネーのように、新しい発見がいります。PCの出現からスマホまで、あるいはミサイルからドローンまで、病気からゲノム情報まで、この数十年の変化を考えると、既存のスタンダードで埋まり過ぎた時代が長かったんだと思います。

坂井:今、上海へ頻繁に行っているのですが、決済は、ほぼすべて電子マネーで、日本の5年、10年先の未来を見ている感じがします。QRコードにスマホをかざすだけで決済できて、現金を持ち歩かないから、ホームレスの人もQRコードを付けてお金を集めています。強盗も街から消えちゃうわけです、人を襲っても意味がないですから。そういう状況を目の当たりにすると、「現金通貨」自体がいらなくなってしまうのは確実だと思われます。

松岡:ビットコインがうまくいけば、通貨自体も変わっていくかもしれないね。

坂井:そもそも「現金通貨」が流通しなくなれば、ATMも造幣局も、いずれは銀行もAIなどを含むシステムやインフラに吸収される可能性が高くなります。僕から見ると中国はフィンテックもビッグデータも日本では追いつけないぐらい進んでいて。

例えば、最近本家のUberを買収した配車サービスの「DiDi」は、リアルタイムで運転手の運転状況をIoTで把握して、ビッグデータからいい運転をしている運転手には給料を9段階で上げている。そうした仕組みができると、ゲーム的な評価システムが自然と機能して人々は不思議に倫理的になるんです。街も安全になる。

これは「北風と太陽」みたいなもので、データによって人々を統制している国と、軍事で壁を作っている国を比べたら、データ統制のほうがディフェンスが頭一つ上にあるように思います。電子マネーは、アフリカなど、銀行口座が普及していない場所にも広がっていくでしょうし、金融面は、大きな社会変化やイノベーションが起きて、新たなファイナンスのスタンダードが生まれつつあります。

データでディフェンスという意味で言うと、電子政府のエストニアも面白い。IT立国に成功したエストニアは、すでに行政サービスの99%が電子化していて、結婚・離婚届けと不動産売却以外の、あらゆる行政手続きをオンラインで完結できるため、「世界最先端の電子国家」と言われています。

行政サービスをオンラインで完結させて、人口134万人だから東京23区の2つの区を合わせた人口ぐらいだけれど、エストニアは「estcoin」構想を発表し、国家として史上初のICO(新規仮想通貨公開)を行い、自国の仮想通貨を発表する計画を立てています。

松岡:僕がやっているイシス編集学校で一番若い高校生が、自分がこれから学ぶべき環境としてエストニアを選んで、去年エストニアに行きました。両親がハイコンシャスだったんですね。社会の変化や新しい価値観に対して、これはニュースタンダードになりそうだ、と見なせる、この両親や坂井さんのような意識のスピードが本来は必要なんですよね。でも案外それがみんなできない。

実際に変化が起きているのに頭の中が変わっていない。これまで自分が馴染んでいた基準自体が変わってしまったんだ、と認める情動感覚が追い付かないんです。

坂井:日本は特に変わりたくない国ですからね。iPhoneをニュースタンダードだと認識するとすれば、発売から10年以上経っています。それぐらい経った時に初めて、これがスタンダードになったんだなとボーッと気がつくものなのかもしれません。

ただ今の上海を見ていると日本は学ばざるを得ないなと。ガソリンスタンドができるより先に電気自動車が普及しているし、アリババがつくった生鮮食品スーパーのフーマーは、スマホからの注文受けると店頭の商品をスタッフがピックアップして届ける仕組みを作っている。自宅にいながら店で買い物しているのと同じ経験ができて、オンラインとオフラインがマージしているんです。

松岡:ニュースタンダードがどこから生まれるかというと、最初は既存のスタンダードの隙間やウィークポイントを埋めるような、新しい発見から変化が始まるのでしょう。でもスタンダードになるには、おそらくそれだけではダメで、世界観を先に持ったほうがいい。気持ちいいとか、欲望とか、情動とか、そういったものに基づく世界観です。

その点、IoTとかAIとかロボットとかも、そこがまだ足りていない感じがしますね。だから、オフィスのない、通勤のいらない新しい「ハイコンシャスな会社」が成り立つ包括的な環境が作り出されていても、その隙間を、働き方改革だとかコンプライアンスだとかで埋めてしまう。デファクトスタンダードからニュースタンダードモデルに、頭が切り替わらないんですよね。

坂井:IoTやビッグデータの利用によって新しいサービスが次々と押し寄せて成長しつつあるけれど、松岡さんのおっしゃるとおり、情動を伴う経験価値の完成度を高めないと、使いにくいもので終わって、スタンダードと認識されるまでには時間がかかるんでしょうね。

りそな銀行がチームラボとタッグを組んで、次世代の銀行利用体験を創出するべく、新たなアプリをリリースしました。りそなホールディングスは、そんな使い勝手の良い新しい「銀行」を作ろうとしています。

2018年2月19日から配信されている新しいスマホアプリは、顧客の資産状況などにあわせて様々な金融商品を提案し、興味を抱いた顧客は、店舗を訪れなくてもそのまま電話やチャットで資産運用について質問したり、アドバイスを受けたりできる。このあたりは中国の「平安保険」を彷彿とさせるアイデアですよね。

従来の銀行アプリは、いわば「ATMを手のひらの上に持ってきた」位置づけ。今後はATMはどんどんなくなるわけだから当然のビジョンでしょう。りそなのように銀行側から提案したり相談に応じたり、「銀行そのものを手のひらの上に持ってくる」スマホアプリは、まだ珍しい。

それからソフトバンクグループとトヨタ自動車が、モビリティサービスの合弁会社「モネ テクノロジーズ」の創設を発表しました。自動車産業のメガトレンドとなっている自動運転や電動車両、コネクテッドカー、シェアリングサービスは業界の変革が狙いですね。将来的に完全自動運転車が実現してライドシェアが普及すれば、サブスクライブ型のビジネスモデルに変更される可能性が高く、移動する手段としてクルマを保有する必要がなくなります。

自動車ビジネスもIoTで変化している産業のひとつです。2社の提携は、自動運転技術の先にある自動車ビジネスが従来と違ったものへ変化していくという見通しがあるからで、新会社では、自動運転車両がオフィスやレストラン、病院となって、オンデマンドで利用できるモビリティサービスを提供しようとしています。その背景にある考え方は、移動のための自動車というハードウエアは、モビリティサービスにおける単なるパーツでしかないということ。ネット社会におけるiPhone、端末と同じです。

車両を販売しているだけでは儲からなくなっているわけで、ビジネスの「利益の上げ方」自体が、大きく変わってきています。トヨタは部品の共通化を進めてきましたが、自動運転化が進めば、部品の点数はますます少なくなります。

松岡:部品メーカーには世界中の発注先の叡智が高速に詰まっていきます。そこに家電からロケットまで、VR技術から脳神経回路解析技術までが集まる。電子も脳もゲノムも部品として見るとつながっていく。ここには社会の変化の紐解くヒントがありそうです。

続きは、書籍『好奇心とイノベーション』をご覧ください。

松岡 正剛
編集工学者、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長

1944年京都生まれ。早稲田大学出身。71年工作舎を設立し、オブジェマガジン「遊」を創刊。87年編集工学研究所を設立。情報文化と情報技術をつなぐ方法論を体系化し様々なプロジェクトに応用。2000年「千夜千冊」の連載を開始。同年、eラーニングの先駆けとなる「イシス編集学校」を創立。近年はBOOKWAREという考えのもと膨大な知識情報を相互編集する知の実験的空間を手掛ける。また日本文化研究の第一人者として「日本という方法」を提唱し独自の日本論を展開。著書に『知の編集術』『フラジャイル』『擬』ほか多数。2018年5月に、文庫シリーズ「千夜千冊エディション」(角川ソフィア文庫)の刊行を開始した。

 

本コラムが書籍化されました。

『好奇心とイノベーション~常識を飛び超える人の考え方』

コンセプター坂井直樹の対談集。
―新しい働き方、新しい生き方、新しい産業の創造。激変する世界を逞しく乗り切るヒントがここにある。
 
<目次>
 
■対談1 松岡正剛(編集工学者)
会社からオフィスが消え、街から強盗が消える?

 
■対談2 猪子寿之(チームラボ代表)
脳を拡張するものに、人間の興味はシフトする

 
■対談3 陳暁夏代(DIGDOG代表)
中国のサービスを世界が真似る日が来るとは思わなかった

 
■対談4 成瀬勇輝(連続起業家)
お金が無くなったら生きていけない、と思っていないか?

 
■対談5 清水亮(ギリア代表)
人工知能を語る前に……そもそも人間の知能って何?

 
■対談6 山口有希子(パナソニック)
強い組織をつくるには?そろそろ真剣に「ダイバーシティ」と向き合おう

 
■対談7 中川政七(中川政七商店会長)
300年の老舗が見据える、ものづくりと事業のありかたとは?

 
■対談8 田中仁(ジンズホールディングス代表)
視界が開け、アイデアがわくようになったきっかけとは?