※本記事は株式会社マスメディアンの『advanced by massmedian』に掲載された記事を表示しています。
現実の世界にあまり興味がなくて…
イシイさんはこれまで、サウンドノベルゲーム「428 ~封鎖された渋谷で~」やブラウザゲーム「文豪とアルケミスト」など、数多くのゲームを手がけてきました。
「小さいころから妄想しかしていない」と笑うイシイさんは、「現実の世界にあまり興味がなくて。テレビやアニメ、小説のなかの世界が好きで、そのなかにいたかった」と話します。
そんなイシイさんが、ゲームに携わるようになったのは19歳のとき。“クリエイティブな仕事がしたい”という思いから、ゲームクリエイターのアルバイトに応募し、ゲームをつくったそうです。しかし、当時はまだパソコンのスペックが低く「これでは自分の理想とするものがつくれない。『これは僕の作品じゃない!』と現場で泣いて、もうゲームは一生つくらないと誓った」と明かします。
その後、リクルート関西支社に入社。そこでTHE BLUE HEARTSやBUCK-TICKなど、数多くのアーティストのアートワークを手がけるグラフィックデザイナーでアートディレクターのサカグチケンさんと出会い、大きな刺激を受けたと振り返ります。
そして、立ち上げ間もないカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)に関心を抱き、「ルール破りのクライアント転職をした(笑)」とイシイさん。22~27歳まで、同社で広報担当として宣伝に携わり、「(世の中には)こんなにたくさんの映画があるのに、なぜ自分の作品がないんだ。やっぱり自分の作品をつくらなければ駄目だ」という思いを抱いたとか。
30歳手前で、ようやくチャンスが巡ってきたそうで、「僕は遅咲きだったけど、うまくやってこられたのは、20代のときにほかの企業をたくさん経験した。そこで“売れるかどうか”“宣伝しやすいかどうか”などについて、学んだから」と振り返ります。
“アナログゲーム”にヒントが…!?
ゲーム業界に転職したイシイさんは、チュンソフト(現・スパイク・チュンソフト)、レベルファイブを経て、2015年にストーリーテリングを設立。自身で会社を立ち上げた背景には、“あるブーム”があったとか。当時、ゲームクリエイターがアニメの脚本などを手がけてヒットするケースが多く、イシイさんにも「一緒につくりませんか?」と声がかかることがあったそうです。
