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コラム

好奇心とクリエイティビティを引き出す「伝説の授業」採集

3時間目:テーブルを拭く。という入社試験。

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【前回コラム】「2時間目:同じ隅田川花火について、4つの新聞社が書いた記事の、違いを比べる授業。」はこちら

イラスト:萩原ゆか

2018年6月、「世界最難関大学」の学生たちが僕らのところにやってきた。

その大学は、ミネルバ大学。

今となってはご存知の方も多いと思うけれど一応簡単に説明すると、サンフランシスコをベースにした大学で、色々とユニーク。まずキャンパスがない。1年生はサンフランシスコの寮に一緒に住んでいるが顔を合わせての授業はなく、全てオンライン講義。2年目以降は世界7カ国を転々と移動し、各地の企業にインターン。世界中で課題を解決しながら、学びながら、次の国へ移っていくという課題解決型移動大学。施設がない分学費が安い(と言ってもアメリカの大学と比較して)。そして、世界中から入学希望者が多く、2万人以上が出願し合格率は1.2%で、世界最難関と言われている。

日本は行き先の7カ国には入っていないのだが選択制ツアーの行き先になっていて、希望した学生たちは夏休みを使って、日本企業でのインターンにやってくる。その年の希望者は23名。「彼らに対して、東京到着後の最初の授業をしてもらえないだろうか」というのが僕らの「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」への依頼だった。

もちろん面白そうなので快諾しつつ、さて何をやろうかと、研究所のメンバーの1人、キリーロバ・ナージャと考え始めた。ナージャは世界6カ国で教育を受けて育った世界屈指のコピーライター。こういうときにさくっとグローバル視点でプロジェクトを作り上げられるのは、彼女と仕事をする醍醐味の1つだ。

「それぞれがインターン先に行った時に面食らわないようにしてあげといた方がいいですよね。」

ということで、こういうタイトルの講義にした。

「Secret Tour Inside Japanese Communication Culture」

日本独特のコミュニケーション文化をこっそり教えてあげる授業。いきなり日本の会社に行ったら、たとえそこがどんなに若いスタートアップだとしてもコミュニケーションで困るだろうから、その予習。ただし、もちろん普通のやり方ではなく。面白いけど、色々と試される難題をいきなりぶつける、いつもの僕らのやり方で。

6月7日。ミネルバ大学ご一行様、電通に来社。

国籍はほんとに多様。カナダ、南アフリカ、ベトナム、韓国、中国、バングラディッシュ、スウェーデン、チリ、などなど。疑似国連状態。

ミネルバ大学への授業の写真。スクリーン前で話しているのがナージャ。
写真:鳥巣智行

まず彼らからミネルバのことを少し紹介してもらい、僕らからもやってる仕事をざっくり説明して、さあ、お待ちかねの、授業へ。

まずは、「テーブルの下にポストイットが貼ってある人、出てきてくださーい」と言って前に出てきてもらう。あらかじめ5枚貼っておいた、その席に座った5人が前に出てくる。

そして、1問目を出題する。「皆さんにやってもらいたいのはこちらです。ジャン!」そう言って出した問題は、僕の伝説の授業採集リストから出したものだった。

 
「ここにあるテーブルを、布巾で拭いてください。」

「制限時間は1分です!」

世界最難関学生たち、どよめく。「え!?」「なになに!?」「拭けばいい…んだよね?」

前に出た5人は、順にテーブルを拭き始める。1人目は、テーブルを縦に拭く。縦に拭いては横にずれて、また拭いては横にずれてを繰り返し、1分でかなり一生懸命テーブルの表面を拭いた。2人目は、布巾を持った手でクルクルと円を描き、隅々まで拭いた。3人目は両手で持って力強く拭き…。

そんな感じで全員が拭き終わり、テーブルの表面がピカピカになったところで、ナージャが僕に聞く。

「さあ倉成さん、この中で何人が合格しましたか?」

「合格者は…、0人です。」

衝撃を受ける世界最難関大学ご一行様たち。その理由を説明する。

 
「皆さんが今やったこの問題は、日本で最も有名なコピーライターの事務所に入るための問題です。copywriting と cleaning は、何の関係があるの?って、そう思いますよね?」

「みなさんのおかげで、テーブルの表面はとってもきれいになりました。でも、テーブルのエッジ(横)はどうだろう?誰かが何かをこぼしたときにそこも汚れた可能性はないだろうか?テーブルの裏はどうだろう?人はテーブルを動かすときにテーブル板の下を持って動かしますよね?そこも汚れてるかもしれない。じゃあ、テーブルの足はどうだろう?そう考えて拭こうと思った人はいましたか?」

そして、ナージャが1つ目のJapanese Communicationのキーワードとして「Thoughtfulness」を挙げる。日本語で言うと「気遣い」。相手を想像して、行動すること。

「この問題では、How thoughtful you are(どれだけ気遣いを持てるか?)が試されているんです。つまり、机を見るだけでなく、机を使う人までも想像できた人が合格、ということです。」

そして、この問題を考案したコピーライターの話をする。

その方は…仲畑貴志さん。これは仲畑広告制作所の昔の入社問題だったのだ。

もちろん彼らは仲畑さんのことを知らないので、代表作を紹介する。例えばJR九州の「愛とか、勇気とか、見えないものも乗せている。」を「A train carries love, courage and many other things you can’t see. 」と英訳して。

使う人を想像してテーブルを拭くのと、見る人を想像してコピーを書くのは同じスキルだ。いやコピーに限らず、仕事とは全て、そういうことだ。

そんなメッセージを添えて、次の問題に移る。この日はこの後、あと4問、二人で考案した様々な面白い問題を出題して、「Humbleness」(へりくだる)、「Compassion」(思いやり)など日本のコミュニケーションの裏にある5つの大事な考えを体感&理解してもらった。そして彼らは翌日から企業インターンへと向かった。

日本からの出国直前、彼らにはもう一度会う機会があり「現場でとても助かった!何より面白かった!」とか「この授業はぜひミネルバ大学の本体でやってほしい!」とか、たくさんの嬉しい感想をくれ、このやり口が成功だったことが証明された。そして、そんなご縁から次の2019年には、イギリス人とモロッコ人の2名のインターン生を僕らの電通Bチームで受け入れることに繋がっていった。

さて、この「テーブルを拭く問題」。

僕が知ったのは、コピーの勉強をしていた駆け出しの頃である。仲畑さんの講演の中でチラリと出てきただけだったけれど、これは面白い!すごい!と心の中で「採集」していた。そして機会があればいつか、この問題の周辺事情について仲畑さんに聞きたいなあとずっと思っていた。

時は随分と流れたが、伺うには連載の今が良いチャンス。なのでここで実現させてもらった。このご時世なのでリモートで、本家本元にインタビュー。

まさかzoomで仲畑さんとお話しする時が来るとは。

倉成「仲畑さん、テーブルを拭く問題はどんな感じで出題してたんですか?」

仲畑「実際にやってもらう時と(テーブルをどう拭くかを)筆記で書いてもらう時があったけど、筆記はちょっとつまらないね。口頭で出題して、行為でやってもらうから面白い。だから面接の時にやってた。文章なら書けるやついるんだよ、結構。行為を伴って返すというのは、人間にとってはすごく難しいことなんだろうね。瞬発力が違うんだろうね、身体で解決するというのは。」

「出題された側はどんな反応だったんですか?」

「裏まで拭ける人はほとんどいません。そこまで行かなくてもね、その人の考えていることが見えるよ。一生懸命拭くとかね、グルグル拭くとかね。でもせめて、側面まではやってほしいよね。それで『もっとない?』と聞くと、裏まで行く人もいた。そのくらいのやりとりまでできると面白いよね。桃を食べたあと手を机の裏で拭くとかさ、人間のやりそうな行動に思い至らないとね。」

「なんでこんな問題を出し始めたんですか?」

「オレは人を見る目が全くないんだよ。飲み屋で会った面白いヤツ入れちゃうから。小さい事務所なんで、一人が大事なんだ。それで試験をし始めたんだけど、こういう問題は一気に思いついたわけじゃなくて、少しずつね、足していって最後の方はこうなった。広告ってのは伝える相手がいるわけじゃない?伝えるためには想像力がいるってだけだよ。創造力じゃないよ、想像力。そのイマジネーションの広がりとか深度とかを見るためにああいう試験をやってるわけ。」

「他にはどんな問題があったんですか?」

「『東京駅についたお爺さんに電話で国会議事堂までの道を教える』。これは机拭くのとおんなじだよね。心遣いを見る。『輪ゴムの使い方を書く』。これは瞬発力なんです。それと量。なんでもいいからたくさん出すのがいい。『金持ちのすることと、貧乏人のすることを書け』。これは先入観にどれだけ侵されているかを見るものなんです。金持ちはケチだとか、田舎の人は素朴だとか、嘘でしょ。世の中の見方がフェアじゃないと。そして最後に出すのが『あなたがいいと思う広告を10個挙げて』。いいと思うものなわけだから、その人が目指す広告なわけじゃない。それが良くないとゴミの山に登るようなものでしょ。これがダメだと、これまでの答えがいくら良くてもダメ。」

「仲畑さんの、後進の教育方針はどんなものですか?」

「一つは、プロとしての技、塁に出る技術。せっかく入ってくれたからには塁に出してあげたい。ヒット打つのは、技を教えれば結構いけるのよ。それともう一つ、一番大事なのは物の見方、考え方なんだけど、こんなものはすぐ指導しても伝えられないんだ。こっちが教えられるのは飲んでるときだけ。そういう時に、みんな出るわけよ。ずるいとことか、心遣いとか。」

まさかzoomで仲畑さんとお話しする時が来るとは思ってなかったが、zoom越しでも仲畑さんは面白かった。そして、テーブルを拭く問題は、仲畑さんだから出せた問題だなと思った。人間が大好きだから、人間性を問う。問題というものは、出題意図だけじゃなく、出題者が大事にしてるものが出る。

ビジネスの世界ではここ15年くらい「人間中心設計」「Human Centered Design」なんかが流行ってるけど、僕はあんまり好きじゃない。それは結局、人間のスケール(大きさ)や行動を中心に考えているというだけで、人間味までを包括していない。さらには人間が中心だと、自然とか資源とかへの配慮が欠け、こうやって地球の未来がおかしくなる。結局経済活動のための人間中心じゃないか。

だから、やるんだったら「人間“性”中心」「Human“ity” Centered Design」の方がいい。というか、これからはこれだなと思う。人間同士、相手を思い、人間らしい心の動きを中心に据えて、全てを考えていく。

これこそ、今世界中の人類が考えている「AIにはできないこと」「人間にしかできないこと」。プログラミング教育もいいけど、同時にこういうお互いの心遣いを問う、人間性を育む問題を出す教育をした方がいいんじゃないかな。その両方ができる人間が、これからの未来に活躍する人間じゃないかな。皆さんはどうお考えだろうか。

そして、最後に、こういう下世話な質問もしてみた。

「仲畑さん、ちなみにこの試験を受けて入る倍率って、どれくらいだったんですか?」

「一番多いときは500倍。1人募集したら、500人来たわけよ。」

これって、つまり。世界最難関のミネルバ大学の入試より、90年代の仲畑広告制作所の入社試験の方が、はるかに難関だったってことか。

次、ミネルバのみんなに会ったときには言ってあげなきゃ。あの問題を出す会社は、ミネルバより難関だから気にすることないよ。そして、みんなが解けなくてがっかりしたあのテーブルを拭く問題。裏まで拭けた人、ほとんどいなかったんだってよ、って。

では、また4時間目で。