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コラム

好奇心とクリエイティビティを引き出す「伝説の授業」採集

14時間目:洗車で空手を教える。教科書を破らせる。他 ~ フィクションの中の伝説の授業

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【前回コラム】「13時間目:マ、ツ、チの3文字で都鳥を描く?北斎の門人たちへの教え方」はこちら

イラスト:萩原ゆか

事実は小説より奇なり。なんてよく言うけれど。

実際、事実とフィクション、どっちが奇なのだろうか?そんなのズルいと言われそうだけれど、僕はどっちも同じく奇かなと思う。

現実の世界と想像の世界は、どちらが面白いかを常に競い合い、インスパイアし合う関係にあるんじゃないか。というのは、古今東西から実在の「伝説の授業」を集め、それをヒントに面白いクリエーティブな授業や問題を作り出す「変な宿題」プロジェクトを立ち上げようとしていた時、1つの大きなアイデアをくれたのは、フィクションの中の教育だったからだ。

小説、漫画、映画やドラマで、学校が舞台だったり、教育に関する物語は、ほんとに枚挙にいとまがない。若干フィクションとノンフィクションがごっちゃになるが、いまパッと思いつくものを挙げても「3年B組金八先生」「GTO」「学校へ行こう」「ごくせん」「二十四の瞳」「まあだだよ」「スラムダンク」「ハリーポッター」「ちいさな哲学者たち」「みんなの学校」「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」「Most likely to succeed」etc。みなさんも頭の中にスラスラとたくさん出てくるのではないだろうか。

この連載ではずっと実際に行われた授業を扱ってきたが、今回は物語、フィクションの中から採集した伝説の授業をお届けする。自分ならあれを選ぶな!とか思いながら、伝説の授業選考委員の気分で、読んでほしい。

まず僕が取り上げたい、外せないのは。映画「ベスト・キッド」である。

1984年製作。原題:The Moment of Truth / The Karate Kid。ジャッキーチェン主演のじゃなくて、オリジナルの方。
(『ベスト・キッド』 デジタル配信中 Blu-ray 2,619円(税込)/DVD 1,551円(税込) 発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント ©1984 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.)

一応ざっくりあらすじを説明すると、カリフォルニアに引っ越すことになったダニエル少年(空手を少々かじっている)は転校早々、空手が強い悪いグループといざこざがあり(女の子のことなどで)、いじめに近い状態になる。ある日、絶体絶命のピンチのところを、沖縄出身の空手の達人ミヤギ老人に助けられ、弟子入りを懇願。様々な修行の後、悪い奴らも出場する空手トーナメントで優勝しギャフンと言わせて、めでたしめでたし。というものだが、このミヤギ氏の空手の教え方が最高にユニーク。

あまりにも有名な作品のあまりにも有名なシーンだから書くのも憚られるが、観たことのない若い人のために、また観た人の復習のためにも書くと、

そのレッスンは、車のワックスがけから始まる。

 
「まず全部の車を洗え。そしてワックス。(First wash all the car, the wax.)」

「右手でワックスをかけ、左手で拭き取る。ワックスかける。ワックス取る。(Wax on, wax off)」

と、右手で大きく円を描いてワックスをかけ、左手でも大きく円を描いてワックスを拭くよう指導される。

それを日暮れまでやらされた次の日は、木の床のヤスリがけ。これも左右の手で大きく円を描いてやれと指示される。次は、塀のペンキ塗り。これはブラシを上下に動かして。最後は、家の壁のペンキ塗り。手の動きは、左右に動かせと。

その壁のペンキ塗りが終わろうという頃、一人だけ釣りに行って帰ってきたミヤギ氏に(彼はいつも指示を出した後は常に少年をほったらかす)ついに少年は喰ってかかる。

「僕も釣りに行きたかった」
「(お前は)カラテの練習だ」
「どこが?あんたにこき使われてるだけだ。教えてくれる約束だろ?4日間下働きだけだ」
「山ほど学んどる」
「そうさ。床の磨き方。洗車に、壁に塀のペンキ塗り」
「表ではわからん」
「もう家に帰るよ」
と、少年がキレて帰ろうとする、その時。遂に、雑用の意図が明かされる。

「ダニエルさん、come here」

 
殴りかかるミヤギ氏。それを驚くほど見事に防ぐダニエル。ワックスがけや、ペンキ塗りと同じ動きで。そう。今までの雑用はすべて、空手の防御の動きの型を教える為のレッスンだったのだ。

現実の教育の世界で面白い授業をかなりたくさんの集めた頃に、ハッと思い出したのがこのシーンだった。

今までの連載で取り上げてきた伝説の授業を、見返してみてほしい。隅田川花火の新聞各社の記事を比べる授業。テーブルを拭く入社試験。バラを分解する社員研修。草で自分がぶら下がれるロープを作らせる授業。etc.

はじめは何をさせられているかわからない。しかし受講者は、最後には意図を理解どころか、深く体得している。僕が好きで集めている授業。ぜーんぶこのベスト・キッドのパターンじゃんと。

この瞬間から僕のストライクゾーンに入る授業は「ベスト・キッド方式」と名付けて、人に説明する時のスライドにこの1枚を加えた。
 

 
 
まず面白そう!と思ってやりたくなり(訳のわからないことをやらせられることもあるが)、やっているとその裏にある出題者の「これを学んで欲しい」という意図を無意識のうちに、いつの間にか体験して、学んでいる。そんな設計になっているのだが、分解すると共通の3つのエッセンスがある。

連載の1回目でも触れてはいたが、再掲しつつ、今回はもう少し詳しく解説しておく。

 

 
 

①「パッと見、かなり面白い。」

学びに一番大事なのは、好奇心。だからまずはそこを初っ端で思いっきりくすぐる。出来る限り聞いたことないような突飛な問題で。先制パンチならぬ、先制くすぐり。そのためには、世の中の普通の問題に埋没するような、既視感のある物ではいけない。一歩も二歩もはみ出した「変」なものがいい。

②「意味がある。為になる。」

面白い、ただそれだけ、の問題では教育である以上、存在価値がない。(これは教育である限り当たり前のことなのだが、広告クリエーターが作りがちなのが面白いだけのこのパターン。残念ながら。)まずは「教えたい、伝えたいこと」を整理して、決める。そして、そのテーマを学ぶためには、どんな問題がいいか?どんなプロセスだと面白いか?を、あの手この手最大限考えて、①のパッと見、かなり面白い状態に仕立てる。なので②→①の順番を踏むのがやりやすい流れ。違う言葉で言うと「何を教えるか(What to teach)」を決めて、「どう教えるか(How to teach)」を考える。

③「その出題意図をはじめに明かさない。」

そして、ちょっとしたことだけど大事なのがこれ。普通、学校や研修だと、今日は数学です、とか、今日はリーダーシップについてです、とか先に言ってしまうが、それだと授業のオチを先に言ってしまうようなもので予定調和になってしまう。だから、最初に何のための授業かを伝えない。なんかすごい問題を出された~、さらに、何のための授業かわからない~!とダブルで受講者を好奇心パニックに陥れる。これで受講者の頭はフル回転。面白い授業が出来上がっていく。

この原稿執筆のために、ベスト・キッドを再度見たが、前回観た時にはスルーしていたミヤギ氏の重要なセリフを見つけた。それは雑用で空手を教えるレッスンを始める前に、固く少年に向かって言う言葉。

「質問はなしだ。」

しかも1度ではなく、約束だろ?質問はなしって、とその後何度も念を押している。頭で色々覚える前に、体で覚える。やっているうちに覚える。そのために何のためのレッスンか教えないということはやはり重要なのだ。

意図を言わないなんて、はじめは少し勇気がいるかもしれない。生徒がついて来れるの?意味不明のままで?って不安になる気持ちはわかるが、自分だけ秘密を持っている、謎の状態を楽しんでぜひやってみてほしい。

このベスト・キッド方式で面白い問題をたくさん考え、「変な宿題」プロジェクトと銘打って展開し始めてから、かれこれもう8年近く。その間に100ケ所以上で実施して受講者数も5千人は超えているが、このすべてはベスト・キッドがなければ、起こっていない。つまりフィクションが現実に影響を与えた流れなのである。

さて、フィクションの中の授業には、他にもインスパイアされたものがたくさんある。いくつかさらに紹介すると。

左から『いまを生きる』、『影との戦い ゲド戦記1』(アーシュラ・K. ル=グウィン著/岩波少年文庫)、『ダイブ!!』(森 絵都著/角川文庫)

「いまを生きる(Dead Poets Society)」のキーティング先生の詩の授業。

教科書の最初に載っている”詩の理解”についてのパート(詩の素晴らしさを数値化して測るようなもの)を生徒に読ませた後に一言。

「そのページを破れ。」

「構わん。そっくり切り取れ。破り捨てろ」「そのページだけでなく概論を全部破れ」「すべて捨てろ。何も残すな。丸めて捨ててしまえ」と、丸々教科書のその部分を破らせてしまう。

痛快である。人生も世界も教科書通り、受験勉強通りには行かない。そこに載っていない豊かな部分が抜け落ちる。教科書もビジネス書も破り捨てよう!だって、ビジネス界隈のちょっと前のバズワード「破壊的イノベーション」「Disruptive」ってそういうことだと思うから。なんてことを、このシーンを見ると考えてしまう。

お次は、ファンタジー『影との戦い ゲド戦記1』に出てくる授業。

この物語の中では、魔法をかけたい対象物の「真の名」を覚えなくては魔法がかけられないという設定になっている。そのため、魔法学校の中のカリキュラムの中に、岬に立つ塔に篭って、世の中の物の真の名前を毎日毎日超絶たくさん覚えるというものがある。例で出されているのが、とある島の岬、湾、瀬戸、入江、海峡、浅瀬、砂州、海岸の岩までを、1日で覚えなくてはいけないというもの。そして、海水の1滴1滴まで真の名を覚えられなければ、海の魔法使いにはなれない、と先生に言われたりする。魔法学校ならではの、面白いストイックな世界。

しかし現実のこっちの世界も、同じではないだろうか。真の名は憶えないが、その代わりにたくさんの物事や事例を憶え、その背景や本質を理解しなくては一流のプロにはなれない。名医は、膨大な症状と薬、学会で発表される最新事例を知っているだろう。名店のシェフは、多種多様な種類の食材、その産地、旬、そして調理法を知っている。そして、そうやって突き詰めた知識を持つ人の仕事は、他業種から見れば、あっと驚く奇跡のようなある意味「魔法」になっている。魔法使いというフィクションを通じて、どんな仕事にも共通する、大切なものを再認識させられたのは僕だけだろうか。

小説『ダイブ!!』から紹介したいのは飛び込みのコーチ、夏陽子。

昨今流行りのコーチングはとにかく質問して相手の気持ちを引き出すのが基本だが、それだけでうまくいくとは限らない。引いてもダメなら押す必要もある。教え子を結果に向かって追い込んでいく声の掛け方や、肝の据わったコーチング。夏陽子のやり方はすごく参考になる。あんまり書くと僕の手口がみんなにバレてやりにくくなるので、『ダイブ!!』についてはこれくらいにしておこう。

以上、フィクションの中の教育から、僕がチョイスしたものを紹介してきた。皆さんのお気に入りはどんなものがあるだろうか。

日本中や世界中からの事例を集める。現在はもちろん過去からの事例も集める。そうやって時空を超えて採集しつつ、そこにさらに「フィクション」という人間の想像力が作った空想の世界の事例も加えたら、リサーチの引き出しがとっても豊かになる。

日本は特に、真面目な気質もあり、様々な産業が硬直してしまっているから、空想の世界からインスピレーションをもらうと効果が高いように思う。

ちなみに、ミヤギ氏やキーピング先生にはモデルになった人物が存在するらしい。事実が元になり、小説や映画というフィクションの世界でイメージがより膨んで、それがまたこうやって現実の世界に影響を与える。現実→フィクション→現実。やはりこのサイクルで、虚実の2つの世界は刺激しあって回っているのだ。

話はちょっと逸れるが、最近色々あって久々にTHE BLUE HEARTSの曲をよく聴いていたのだが、その中にも伝説の授業エッセンスを見つけた。

「情熱の薔薇」の曲にはこんな一節が。

見てきた物や聞いた事いままで覚えた全部
でたらめだったら面白い
そんな気持ちわかるでしょう

また「歩く花」の曲にはこんな一節。

覚えたり 教えられたり
勉強したり するんじゃなくて
ある日突然 ピンときて だんだん わかることがある

高校時代に聞いた曲なのに、今聴くとまた違う意味を読み取れる。伝説の授業や変な宿題で目指すのはまさにこういう学び方だ。

古今東西にフィクションの世界、さらには音楽を初め様々なジャンルまで加えて。引き出しの幅を、みんなでとにかく広くしていくことの重要性を、改めてここで強調しておきたい。

リサーチはとにかく縦横無尽に。そして受けた刺激を、現実に反映していく。そのインスピレーションの循環が、未来を作っていくのだから。