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しみじみと長く愛される 大分・日田の資産が詰まった盆栽鉢ができるまで

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大分県日田市でゲストハウスなどを運営するENTOは2022年3月、盆栽鉢「ERASHI」を発売した。地元の伝統産業である小鹿田焼(おんたやき)を用いて、日常のためのプロダクトとして開発したものだ。デザイナーと地元の陶工らが連携し、地域の資産をどのように活かしているのか。

「一子相伝」という小鹿田焼ならではの価値

江戸時代から300年以上続く、大分県日田市の小鹿田焼(おんたやき)。陶工の家に生まれないとつくり手になれない“一子相伝”によって代々受け継がれてきた伝統ある陶器だ。使用する陶土は地元の山を掘り起こして自給しており、登り窯に火を入れられるのは数カ月に一度。地元以外から土を取り寄せていつでも自由に器を焼く産地もあるが、小鹿田焼の場合は全ての材料・工程・つくり手が地元に由来している。その希少性の高さから、1995年には重要無形文化財に指定された。

今回発売された盆栽鉢「ERASHI」は日田市の伝統である小鹿田焼と、日田杉などで知られる林業を組み合わせるという発想から生まれた。

盆栽鉢「ERASHI」。「飛び鉋(かんな)」の柄による装飾と、そそり立つ日田の山地を思わせるくびれた造形にこだわった。

仕掛け人は地元出身でテレビ局などを経て、2019年には日田駅にゲストハウスをオープンしたENTOの岡野涼子氏。市の発信力を高めつつ関係人口を増やしたいという思いがあり、以前から縁のあった博報堂ケトル プロデューサーの日野昌暢氏に相談。窯元巡りが元々好きで、小鹿田焼の里を訪れた経験もあった同社のアートディレクター 永井貴浩氏らが参画することになった。

(左から)ENTO 代表取締役 岡野涼子氏、博報堂ケトル クリエイティブディレクター/アートディレクター 永井貴浩氏。

「ENTOは人口6万人の日田市で小規模な事業を営んでいる会社なので、大手のエージェンシーの方と仕事をするのは初めて。日野さんと永井さんからは『日田には眠っている宝物のようなものがたくさんある。それらを発掘していくことに価値がある』と言っていただいて。何らか日田を象徴するプロダクトをつくって、全国に発信していくことになりました」(岡野氏)。

当初は地元の木材を使った家具やアクセサリーなどの案もあったが、盆栽鉢のアイデアは「鉢の中に日田が持つ資産が詰まった状態」をイメージしたところから生まれた。

「日田は林業の街で、日田杉などで知られています。そこで小鹿田焼の盆栽鉢の中に杉の盆栽を植えたら、日常の暮らしの中に日田が存在するプロダクトになるのではと考えたんです。しかも盆栽は流行り廃りがなく、長続きするので子どもや孫の世代までずっと愛してもらえる、というのも決め手でした。ただし杉の盆栽自体は珍しいもので造成に時間がかかるので、まずは第一弾プロダクトとして鉢をつくろうということになりました」(永井氏)。

「飛び鉋」の柄で機能と装飾を両立

 
盆栽鉢の実現にあたりキーパーソンとなったのは小鹿田焼の陶工で、1990年生まれの坂本創氏。個展や企業とのコラボレーションを通じて、伝統的な手法を現代仕様にアレンジする試みを続けている。地元でも坂本さんの存在はよく知られており、岡野氏も「若き挑戦者」と評する。

永井氏がデザイナーの立場から大事にしたのは、伝統や職人へのリスペクト。自分が考えたデザインを再現してもらうだけではなく、仲間として意見を言い合えるような関係性であることを重視した。岡野氏も「互いに都会が上で地方が下とか、そういう発想は一切なし。友だちみたいに永井さんと坂本さんが楽しそうに器の話をされているのを見るのは嬉しかったですね」と振り返る。

盆栽鉢のプロトタイプづくりは2021年夏にスタート。当初、永井氏が提案したのは海外の民族などを思わせる伝統模様のデザインだった。「今までにない新しい小鹿田焼を、という思いから生まれたアイデアでした。坂本さんは柔軟な考えの方なので、『まずはやってみましょう』ということでサンプルを制作してみたものの、小鹿田焼の良さを活かしきれていないなと気付いたんです。チームで話し合って、僕らが大事にすべきは“小鹿田焼のDNAを残すこと”であると結論付けました」。

そうして生まれたのが、小鹿田焼の特徴である飛び鉋(かんな)の柄を用いた装飾だ。「小鹿田焼の焼きものは土が二重構造になっているんです。黒い土の上に白い土を重ねて、それを削ることで土の色である黒い線が浮かび上がります。模様としてもクラフト感があって美しいですし、削ることで2種類の土が剥がれないよう接合されるのだと聞いて。機能と装飾を両立させる知恵が詰まった、素晴らしい技法だなと思い取り入れました」(永井氏)。

 
鉢の側面が垂直ではなく、くびれがあるのもポイントだ。これはそそり立つ山々に囲まれた日田の土地をイメージしデザインした。

とはいえ前述のとおり、小鹿田焼の登り窯を使えるのは数カ月に一度というハードルがある。「そう簡単に何度も検証できないし、失敗してしまったら代償が大きい。だからこそ製作の過程は緊張感がありました」(永井氏)。

日常の中の「えらしい」アイテムに

発売後の流通は主にECサイトから。日田の資産が持つストーリーを広く知ってもらおうと、日田市内での展示やイベントに加えて東京都内やSNSなどでのプロモーションを実施した。

ターゲットとするのはライフスタイル全般に興味がある人や、感度が高くいい生活を送りたいという人たち。あるいは一子相伝である小鹿田焼のストーリーに共感してくれる人たちに、手に取ってもらいたいと考えていた。大(直径25センチ)、中(18センチ)、小(12センチ)という3タイプを用意したのも、盆栽になじみがない人や、盆栽に限らず植物全般が好きな人に気軽に使ってもらいたいという思いからだ。

ちなみに「ERASHI」というネーミングは、大分の方言の「えらしい」から生まれたもの。「かわいい」「愛らしい」という親しみやしみじみ
とした愛情表現を表す。

「鉢だけではなく、将来的には日田の資産を使って木や植物に関わるアイテムをプロデュースしていきたいです。日田発で、長く愛情をもって日常の中で使っていただけるようなブランドに育てていけたらと思っています」(永井氏)。


スタッフリスト

企画制作
博報堂ケトル
CD+AD
永井貴浩
Pr
日野昌暢
企画
小渕朗人
PRディレクター+Pr
山内遥
撮影
石井小太郎
SNS+サイトディレクター
黒木香緒理
陶芸家
坂本創、黒木昌伸

ECD:エグゼクティブクリエイティブディレクター/CD:クリエイティブディレクター/AD:アートディレクター/企画:プランナー/C:コピーライター/STPL:ストラテジックプランナー/D:デザイナー/I:イラストレーター/CPr:クリエイティブプロデューサー/Pr:プロデューサー/PM:プロダクションマネージャー/演出:ディレクター/TD:テクニカルディレクター/PGR:プログラマー/FE:フロントエンドエンジニア/SE:音響効果/ST:スタイリスト/HM:ヘアメイク/CRD:コーディネーター/CAS:キャスティング/AE:アカウントエグゼクティブ(営業)/NA:ナレーター