制度だけでは人は動かない 感情と関係性から考える組織行動のメカニズム

企業が新たな制度や方針を打ち出しても、従業員の行動が思うように変わらない。パーパスや理念を掲げても、現場の日々の行動に結びつかない。インターナルコミュニケーション(以下、IC)に取り組む企業の多くが、そうした課題に直面している。
 
では、人はどのような時に自ら動こうとするのか。組織の中で主体的な行動を生み出すために、企業は何を設計すべきなのか。
 
2026年6月23日に開催された「インターナルコミュニケーション・デイ 2026 Summer」では、東京女子大学 現代教養学部 心理学科 准教授の正木郁太郎氏が登壇。「人はなぜ動くのか――感情と関係性から読み解く組織行動」と題し、社会心理学の観点から、組織マネジメントにおける感情と関係性の重要性を解説した。
 
正木氏は、社会心理学を専門とし、組織行動や人材育成、ダイバーシティ&インクルージョン、感謝や称賛のコミュニケーションなどを研究している。講演では、制度や仕組みだけでは人が動かない理由と、行動を促すための実践ポイントが語られた。

人は「言われた通り」には動かない

正木氏がまず指摘したのは、人は制度や仕組み、外的な強制力だけでは動かないという点だ。

企業ではしばしば、新しい制度を導入したり、方針を示したりすることで、従業員の行動変容を促そうとする。しかし、人は誰かに強制されて動くと、かえってモチベーションが下がることがある。社会心理学では、こうした反応を「心理的リアクタンス」と呼ぶ。

一方で、人は「自分で決めた」と感じられると、主体的に動きやすくなる。正木氏は、自己決定理論や自律性の欲求にも触れながら、「厳密に言えば誰かがお膳立てしていたとしても、最後には自分で決めたと感じてもらうことが重要」と説明した。

この視点は、ICにも大きく関わる。経営層や本社が「こうしなさい」と一方的に伝えるだけでは、現場の行動にはつながりにくい。従業員が自ら考え、自分の意思で選び取ったと感じられる余地をどうつくるかが問われる。

写真 人物 東京女子大学 現代教養学部 心理学科 准教授の正木郁太郎氏

東京女子大学 現代教養学部 心理学科 准教授の正木郁太郎氏

制度は「会社の意図」として受け取られる

人は言われた通りには動かない一方で、言われた以上のことを察して動く存在でもある。正木氏は、テレワーク導入に関する研究を例に挙げた。

新型コロナ禍の前後、テレワークを導入できた企業と、なかなか導入できなかった企業があった。正木氏らの研究では、日本の会社員約3000人へのアンケート調査をもとに、テレワーク制度の導入有無と従業員の意識・行動の関係を分析した。

その結果、テレワークを導入できた企業で働く人ほど、「自分の会社は変わることができる」と感じやすく、自発的な提案も高まる傾向が見られたという。重要なのは、自分自身がテレワークを使っていたかどうかではない。制度が導入されたこと自体が、「この会社は柔軟に変われる」というメッセージとして受け取られていた点である。

制度や施策は、それ自体の機能だけでなく、会社が何を大切にしているのかを示すシグナルにもなる。だからこそ、ICでは「何を伝えるか」だけでなく、「その制度や施策が従業員にどう読まれるか」まで考える必要がある。

主体的な行動を生む3つの条件

では、人が主体的に動くためには、どのような条件が必要なのか。正木氏は、「プロアクティブ・モチベーション」という考え方を紹介した。これは、受動的ではなく、自ら行動を起こそうとするモチベーションを指す。

正木氏は、主体的な行動を促す要素として、3つの観点を示した。

1つ目は「Can do」、つまり「自分にもできる」という感覚である。どれほど重要な目標であっても、実現の道筋が見えなければ、人は無力感を抱きやすい。そのため、いきなり大きな変化を求めるのではなく、段階的な目標を設定し、少し背伸びをすれば届くような「足場かけ」を設計することが重要になる。

2つ目は「Reason to」、つまり「なぜそれをやるのか」という理由である。行動変容が必要だと言われても、その理由が十分に説明されていなければ、従業員は納得しにくい。理念や方針を掲げるだけでなく、なぜその行動が必要なのかを繰り返し伝える必要がある。

3つ目は「Energized to」、つまり情熱や喜び、感謝などのポジティブな感情である。人は、楽しい、誰かの役に立っている、前向きに取り組めると感じる時に、行動を起こしやすくなる。ここで重要になるのが、従業員体験や、互いに承認し合える人間関係の設計である。
制度や方針を示すだけでは、人は動かない。「できる」と思えること、「やる理由」が分かること、そして「前向きな感情」が伴うこと。この3つがそろって初めて、主体的な行動が生まれやすくなる。

感謝・称賛が関係性をつくる

講演の後半では、関係性が組織行動に与える影響についても語られた。

組織をまとめるというと、全員に同じ方向を向かせることをイメージしがちだ。共通のミッションや理念を掲げ、それに従って行動してもらうという考え方である。もちろん、共通のアイデンティティは組織にとって重要だ。

しかし正木氏は、それだけでは個人を抑圧しかねないと指摘する。多様な価値観や背景を持つ人が働く組織では、全員を同質化することではなく、個性を活かしながら組織としてまとまることが求められる。

そこで重要になるのが、絆やつながり、信頼、対話といった関係性である。共通の理念だけで一体感をつくるのではなく、「価値観は違っても一緒に働ける」と感じられる関係性を築くことが、協働の土台になる。

写真 イベントの様子

その具体的な手段として、正木氏が取り上げたのが「感謝」と「称賛」である。感謝や称賛は、単に雰囲気を良くするためのコミュニケーションではない。心理学の研究では、感謝には、感謝をする側、感謝をされる側、そして感謝でつながる集団全体に効果があるとされている。

その効果は、精神的健康やモチベーション、エンゲージメントを促す「意識」への効果、誰かのための行動や助け合いを促す「行動」への効果、他者との関係を強める「関係性」への効果に整理できる。

正木氏は、企業との共同研究にも触れた。その企業では、社員同士が感謝や称賛を送り合うアプリを活用している。その利用データとエンゲージメントサーベイを分析したところ、積極的に他者を称賛し合う組織ほど、エンゲージメントの伸びが良い傾向が見られたという。

誰にでも、すぐにできる取り組みであっても、モチベーションにつながる関係性をつくることはできる。感謝や称賛は、その出発点となる。

IC実践に必要な3つのポイント

最後に正木氏は、感情と関係性に働きかけるために、ICで重要となる実践ポイントを3つ挙げた。

1つ目は、人事とICの二人三脚と一貫性である。人事制度や評価制度が発するメッセージと、広報・ICが発信するメッセージが矛盾していれば、従業員は戸惑う。組織として何を大切にしているのかを一貫して示すためには、人事とICが連携し、同じ方向を向いて設計する必要がある。

2つ目は、自律性と自発性を発揮できる参加型の仕組みと、創意工夫の余白である。すべてを会社側が決め、従業員に従わせるのではなく、現場が自分なりに考え、試行錯誤できる余地を残す。自分が関わった、自分で工夫したと感じられることが、主体性を引き出す。

3つ目は、可視化と効果検証の繰り返しである。施策をやりっぱなしにするのではなく、どのような行動や意識の変化が生まれているのかを見える化し、改善につなげていく。感情や関係性は測りにくい領域ではあるが、だからこそ、データやフィードバックを通じて少しずつ検証していく姿勢が求められる。

人は制度だけでは動かない。しかし、感情が動き、関係性が変わることで、自発的な行動は生まれ得る。ICに求められているのは、情報を届けることにとどまらず、人が「動きたい」と感じる条件を設計することにある。

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