第1回 ラジオCMとは音を見せるものだ――「ソニーテープ千一夜 寺山修司 色と音」篇(1984年)はこちら
ラジオCMがテーマのコラムなので、音読バージョンもご用意してみております。
第2回 サントリー/角瓶「父が飲まなかったウイスキー」篇
わたし、ラジオ好きコピーライターの正樂地咲がお届けします「名作ラジオCMの時間」。
第2回は、1985年制作、サントリー「角瓶」のラジオCM「父が飲まなかったウイスキー」篇をご紹介いたします。※文末に全文を記載しています。
舞台はおそらく昭和30年頃。
戦後すぐに生まれた子どもたちが、小学生にまで成長した、そんな時代。
夕方になると、豆腐屋のラッパの音が街に響き、母はその音を頼りに、路地を走り、夕飯の味噌汁のための豆腐を手に入れる。
暗くなる前に、子どもは家に帰る。
やさしい母が家を守り、無口で厳しい父が外で汗水流す。
お酒、その中でも、ウイスキーは、主に男性だけの嗜好品だったはず。
そんなスタンダードな昭和が舞台のお話。
このコラムを書いている私は、このラジオCMが制作されたのと同じく1985年、昭和60年の生まれで、昭和30年頃の話はもう、『ALWAYS 三丁目の夕日』か、はたまた両親の思い出話でしか知らない。
父親は家族の中では絶対で、母親は口ごたえを許されず、子どもたちは何かあればぶん殴られる。そんなイメージを勝手に持っていた。
でもこのラジオCMに登場する昭和の父はちょっと違う。
毎晩、サントリー角瓶をチビリチビリ楽しみ、ラジオから流れる音楽にあわせて鼻歌をうたう。ウイスキーを呑むと、眉間のしわがのび、目が細くなるという。
私の空想の昭和の父親像は、お酒を呑む時は、むしろ眉間にしわを寄せる。どうもこのラジオCMの父は、空想の昭和の父よりも、もう少し親しみの持てる人なのかもしれない。
そしてこの父と小学生になる息子の間に、ある日、ひとつのドラマが生まれる。息子が「ピカピカの自転車が欲しい。」とねだるのだ。
ピカピカの自転車は1万6千円。当時の父の月給の半分を超えていく値段。
それから父は息子に自転車を買ってやり、大好きなウイスキーを長い間やめてしまうのだ。
そして大人になった息子は言う。
- N:僕の父は毎晩ウイスキーを飲んでいた。でも僕が覚えているのは…
- 父さん!あなたが飲まなかったウイスキーだ。
- あのピカピカの自転車と引き換えになった父さんのウイスキーを、僕は、いまでも、覚えています。
広告は時代を映す鏡というけれど、昭和30年頃の父親の像として、愛情を行動で示すことができるこの父のような人は珍しいのか、それとも割と多くいたのか、それは分からないが、この父は、令和を生きている今の私にとっても、すごく新しくうつる。
広告はどうしてもその時代の一番多いタイプの人物を主人公にしたがるけど、そこに当てはまらない、時代と逆行しながらも、おもしろい人生を生きている人が主人公の広告もあっていいはず。
そしてまた、子を思う親の気持ちも行動も、ひとそれぞれで、本来はスタンダードなどないのだろう。
私もいつか、このラジオCMの父のように、大切な誰かのために自分を律せる大人になれたらいいなと、思ったところで気が付いた。
自身は38なのだが、おそらくこの父の年齢はゆうに越えているだろう。精神年齢の未熟さも、時代のせいにできたらなぁ。
- サントリー/角瓶
- 「父が飲まなかったウイスキー」篇(150秒)
- 〇C/中山佐知子
SE:とうふやのラッパ、母の下駄の音
N:とうふやがラッパを鳴らすと、母はいつも下駄の音高く路地を走った。
SE:トントントン、トントントントン、
N:やがて台所でネギを刻む音が聞こえると、きまって父が帰ってきた。
SE:角びんを注ぐ音
N:父は毎晩ウイスキーを飲んだ。サントリー角びんを飲んだ。
小さなグラスで二杯三杯。
あの頃のつつましい暮らしの中で、角びんは父の珍しい贅沢だった。
M:ラジオから流れる一丁目一番地のテーマ
N:父はラジオに合わせて鼻歌を歌う。チビリチビリと措しそうに、小さなグラスを口に運ぶ。そんな時、父は眉間のシワがのびて、目が細くなるのだった。
ピカピカの自転車が欲しい!
ある晩、僕は父にねだった。ピカピカの自転車は
1万6千円。父の月給の半分を越えていたと思う。
SE:自転車のベル、子供たちの声。
N:それから父は長い間ウイスキーをやめた。僕の自転車を買った後、長い間、ウイスキーをやめた。
BG~
N:僕の父は毎晩ウイスキーを飲んでいた。でも、僕が覚えているのは…。
父さん!あなたが飲まなかったウイスキーだ。
あのピカピカの自転車と引き換えになった父さんのウイスキーを、僕は、いまでも、覚えています。
SE:角びんを注ぐ音。
N:あの頃の父さんのウイスキー。いまは僕のウイスキー。サントリー角びん。
本コラムは隔週でお届けしていきます。次回は2週間後の11月24日(金)。また皆さまとお会いできますように。
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