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コラム

すきま時間でちょこっと演習『プロジェクトドリル』

定量指標の設定の注意点を学ぶ。プロジェクトドリル06「医療保険の過剰支払いを抑制せよ」

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本コラムでは、プロジェクトマネジメント力を高めるために必要な思考の型・原則・技法を身につけるドリル(練習問題)を提供します。出題のネタは、古今東西のビジネス事例、歴史上の出来事、SNSで話題になった事例、マンガなどから幅広くピックアップ。すきま時間で楽しく取り組みながら、プロジェクトの計画立案や意思決定の力を高めることを意図しています。今回はアメリカの社会保障プログラムで実際にあった話を例に考えます。学ぶのは、「定量指標の設定の罠」に注意するための考え方です。

定量指標の設定で陥りやすい罠とは?

今年の新規事業の目標は1億円!自社のSNSのフォロワーを年内に10万人に!YouTubeチャンネルの再生回数を100万回に!見込客育成のメール開封率を30%以上に!インサイドセールス1人あたりの月間アポ獲得件数を5件以上に!自社SaaSの解約率を5%以下に!

会社で仕事をしていれば、あらゆる業務でこのような数値目標が課せられます。みなさんはご自身の数値目標を達成するために、どのようなことを考え、活動をしているでしょうか?

数値目標はわかりやすい評価指標としてたいへん便利なものです。数値で表現することで目標達成の行動が具体的に考えやすくなるというメリットもあります。前回のドリルではロボット導入の成果を評価するための指標を考え出す練習をしましたが、今回のドリルでは定量評価の罠に注意することを目的に出題します。

プロジェクトドリル6問目「医療保険の過剰支払いを抑制せよ」難易度★★☆

今回はアメリカの社会保障プログラムで実際にあった話を例に考えます。みなさんは総合病院の院長です。病院では患者の治療・入院にかかる医療費を審査支払機関に請求しているのですが、審査支払機関から医療保険の支払金額が上昇を続けているため、過剰な支払いについては抑制すると通告されました。その指標として「退院後30 日以内の再入院率」が用いられることになりました。再入院率は公表され、平均より高かった病院には金銭的なペナルティが科されるとのことです。

院長であるあなたは素晴らしい理念だと共感しつつも、病院の経営状況は苦しく、再入院率が平均を超えて金銭的ペナルティを受けることは避けたいと思っています。

審査支払機関が期待しているのは、患者が退院したあとに再入院しなくて済むよう、病院に質の高い医療を提供できるようになってほしいということです。それによって過剰支払いが抑制されると考えています。他にも、地域のかかりつけ医と病院が連携をとり合って、服薬などを支援・監督することで、入院が必要になるような容態になるのを日ごろから防ぐことも期待していました。

「プ譜」においては、これらは中間目的と施策に位置付けられます。

実データ グラフィック プロジェクトドリル 医療保険の過剰支払いを抑制する

今回のドリルでは中間目的は考えなくてよいので、ここに記載したものとは異なる 「30日以内に再入院しないようにするための施策」をできるだけ多く考え出して下さい。

みなさんはどのような施策を考えたでしょうか?医師の激務の状況はよく見聞きすることなので、まずは「医師の勤務体制を見直す」「医師の数を増やす」といった施策を思いつかれたかもしれません。

この事例は「メディケア」という、アメリカの高齢者および障害者向けの公的医療保険制度であり、連邦政府が管轄している社会保障プログラムで実際にあった話です。このプロジェクトでは報告される入院率は減少したものの、期待した治療の質は向上しませんでした。なぜそのような結果になってしまったのか?実際に行われた「30 日以内に再入院しないようにする施策」を見てみましょう。

病院が行った施策には、患者を「入院」ではない「外来」患者として受け入れることで、入院者の母数を減らすという小役人が思いつきそうなものや、難しい症例を扱うことを避ける「上澄みすくい(クリーミング)」という戦略を採用するとこともありました。中には、退院後の面倒を自分ではみられない貧困地域の患者は、受け容れないという医療の道義に反するものもあったようです。

実データ グラフィック プロジェクトドリル 医療保険の過剰支払いを抑制する

解説

このドリルの狙いは、「定量指標だけを設定すると、当初の目的からかけ離れた手段を使われたりズルをされたりして、望ましくない結果を引き起こしてしまう」ということを疑似体験することです。これは、社会心理学者のドナルド・キャンベルが提唱した「キャンベルの法則」として知られています。

冒頭に挙げた売上目標、フォロワーや再生回数目標、開封率や解約率目標も、その数字さえ達成すればいいのならいくらでも手段は考えつきます。フォロワー数であれば、「フォローしてくれれば○○をプレゼント」という施策が最も手っ取り早く目標を達成できます。しかし、そのように獲得したフォロワーは、SNSで情報発信してもシェアや「いいね」をしてくれません。そのような10万人のフォロワーでも良いでしょうか?解約率を上げないために色々な更新特典や割引をすることは、そのSaaS事業にとって本当に良いことでしょうか?再生数向上のために過激で非倫理的な行為に及ぶ迷惑YouTuberを見かけますが、その末路はきまってバッドエンドです。

測定される指標に報酬や懲罰を紐づけ、それを実践したときに意図せぬ好ましくない結果が生じるにもかかわらず、こうした信念が持続している状態を「測定執着」といいます。プロジェクトを進める上で定量指標は欠かせません。しかし、それだけでは上述してきた問題が起きてしまいます。長期的目標よりも短期的目標のほうが重視されるようになってしまいます。

このような事態を防ぐには、「どのような10万人にフォローされていれば成功か?」、「解約率が5%以下のとき、ユーザーは製品を使用してどのように業務を行っているか?どんな使用価値を感じているか?」などと問いかけてみることです。つまり、その数値を達成しているときの望ましい状態を定性的に表現することが有効です。

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まとめ

  • ✓ 定量指標だけを設定すると、指標達成のための量を増やす傾向に陥りがちになる
  • ✓ 定量指標だけでなく、その数値を達成しているときの望ましい状態を定性的に表現せよ

このドリルで参照した書籍・Webコンテンツ

『測りすぎ:なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(みすず書房)

写真 書影 『測りすぎ:なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(みすず書房)

 

『プ譜』についての詳細はこちら

『予定通り進まないプロジェクトの進め方』 (前田考歩・後藤洋平著)

ルーティンではない仕事はすべて「プロジェクト」である――独自のフレームワーク「プ譜」を使って、プロジェクトの状況や諸要素の関係性を構造化し、成功に導くための方法を解説。プロジェクトの全体像を俯瞰し、進行の技術を身につけるための実践書。

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